9章:都市に灯る色①
【1節.静かな記録、揺れる色】
リュミナとの会話を終えたアストは、鉱山と貧民街で得た情報をまとめ、都市長ハルドのもとへ向かった。
血咳症の現状。
そして――リュミナのような“特異な感覚”を持つ市民の存在。
それらを踏まえ、アストは健康診断という名目で、市民全体の能力確認を提案した。
『グラナテイルの行く末を左右するかもしれない』
そう説明されたハルドは重く頷き、協力を約束した。
グレンは費用を計算して頭を抱えていたが、強く反対はしなかった。
こうして、都市全体を対象とした大規模健康診断の計画が動き始めた。
表向きは血咳症の事後調査。
だがアストの真の目的は、魔素適応者の判別と記録にあった。
症状の程度に応じて診断場所が振り分けられ、重症者は大病院へ。
軽症者や無症状の者は、アストが担当する町の病院へと案内された。
そこは貧民街にほど近く、参加率を上げるため軽食の支給も行われていた。
グレンの頭を悩ませる要因の一つでもある。
リュミナは看護助手として、アストの問診に同伴していた。
診断を終えた受診者が退出すると、リュミナがそっと耳打ちする。
「今の人は緑色でした。ちょっと薄かったような気がします……」
「分かりました。備考欄に4Cと記入してください。次の方をお願いします」
アストが看護師に指示を出すと、次の受診者が呼ばれた。
入ってきたのは、腰の曲がった年配の男性だった。
アナライザーによる検査と問診を終えると、アストはこれまでのように助言を添える。
「内臓や骨密度に問題はありませんが、筋肉量が少し落ちていますね。歩くときは無理のない範囲で太ももを意識して上げてみてください。食事も、肉や魚などタンパク質を意識して摂ると良いでしょう」
「聖獣様は何でもお見通しですなぁ。そういえば、うちの息子が商人をしておりまして……以前あなた様に助けられたと感謝しておりましたよ。アイツは少し重い症状が出ていたようで、こちらには来られませんでしたが……」
長話の気配を察したアストは、穏やかに話を切り上げる。
「そのお話はまた今度にいたしましょう。健康診断で帰りが遅くなっては、ご家族も心配されるでしょう」
「おぉ、それもそうですな。それでは、今日はこれで失礼いたします」
「はい、入口で軽食の支給がありますので、受け取りをお願いします。お気をつけてお帰りください」
退出を見送った後、リュミナが再び耳打ちする。
「今のおじいちゃんは、強い黄色でした」
「分かりました。備考欄に3Aと記入してください。今日の予定は、あと4名ですね?」
入口で控えていた看護師が外を確認し、あと3人だと伝える。
「やはり全員は来ませんか……分かりました、あと少し頑張りましょう」
看護師たちは「はい!」と元気よく返すが、リュミナだけは黙ったままだった。
「疲れましたか?」
アストが静かに尋ねると、リュミナは首を振る。
「大丈夫です。あと3人ですね、頑張ります」
その笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
アストは思う。
きっと彼女は、これまでずっと、誰かに気を使いながら生きてきたのだろう。
「ええ、お願いします」
優しく微笑みながら、次の受診者の案内を頼んだ。
――その日の診断が終わり、看護師たちが片付けを始める頃。
病院の入口に、一人の男性が現れた。
濃紺の長衣に銀の留め具を添えた端正な装い。
無駄のない裁ち方と磨かれた革靴が、彼の几帳面さを物語っていた。
アストが気づいて声をかける。
「グレン様、視察ですか?」
「ええ。少し診断の様子を見に……それと、確認したいことがありまして」
グレンの視線が、部屋の隅でカルテを整理していたリュミナに向けられる。
彼女は気づかず、黙々と作業を続けていた。
「アスト殿に“受診者の色”を伝えているという……あの子の名前は、リュミナと言うのではありませんか?」
アストは少し驚きながらも頷いた。
「はい、彼女のことをご存知なのですか?」
グレンは静かに息を吐き、言葉を選びながら語り始める。
「数年前、都市で“奇跡の力”を持つ子どもを保護する名目で隔離政策が実施されました。ですが実態は、能力者を探し出して強制的に収容するもの。裏にはエーテ・ミラ神教の関与も噂されていましたが、真偽のほどは分かりません」
その言葉にリュミナは反応し、手を止めて振り返った。
表情は硬く、怯えを含んでいた。
「彼女の両親は、能力者の子を逃がしたことで罪に問われ、投獄されました。私は当時の記録を整理する立場にあり、彼女の存在を知っていました。……ただ、保護記録には“所在不明”とだけ記されておりました」
アストが静かに尋ねる。
「その後、ご両親はどうなったのですか?」
「あまりに強行なやり方から政策の異常性が訴えられ、都市長がハルド・メイラン様に代わられた後、罪に問われた人々は解放されました。ですが、彼らは投獄中の過酷な扱いで衰弱……死亡が確認されています」
グレンはリュミナに向き直り、静かに告げた。
「私は、ずっと君の所在を気にかけていました」
リュミナは震える声で言う。
「私……ずっと、両親には貧民街に捨てられたんだと思っていました。あの時、離れていく二人の色が……怖かった。だから、その色も避けるようにしていたんです……」
アストがそっと膝の上に乗り、魔力を同調させていく。
「魔素の波長は、個人差だけでなく、その時の心の状態にも左右されます。別れの瞬間に発せられた色は、あなたの記憶に強く残ってしまった。でも、それは……“心からの心配”の色です」
リュミナの視界から、魔素の光が少しずつ薄れていく。
やがて、グレンの顔がはっきりと見えるようになった。
「あ……」
その表情を見た瞬間、リュミナの声が震えた。
「……これほどあなたを案じてくれている人が、悪意を持っていると思いますか?」
静かに首を振るリュミナに、アストは優しく続けた。
「色だけでは伝わらないものがあります。その色が心の内の何を表しているのか――あなた自身が見て、感じて、確かめるものです」
リュミナはアストを抱きしめ、ぽろぽろと涙をこぼした。
その場にいた誰もが言葉を失い、ただ静かにその光景を見守っていた。
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