1章:別れと目覚めの記憶③
【6節.謎の存在テップ】
その言葉に、テップは満足げに頷いた。
「うんうん、話は決まったようだね~。」
軽い調子の声とともに、テップは椅子からひょいと降りる。
その瞬間、空間に白い扉がふっと現れた。
先ほどのメイド服の女性――那琉が、手のひらほどの箱を抱えて姿を見せる。
彼女は箱と一枚の紙を机の上にそっと置き、足元に寄ってきたテップを抱き上げた。
「それじゃあ、後のことはよろしく頼むよ~」
立ち去ろうとするテップに、ミラが慌てて声をかける。
「あの、テップ様、那琉様……こちらは?」
テップは一瞬だけ思案する素振りを見せ、ニヤリと笑った。
「それはお土産だよ~。その紙に描かれているのがアスト君の以前の姿。転生の参考にしてね~。
箱の方は……まぁ、後々必要になると思うから、大事に取っておいてね~」
ミラは立ち上がると、姿勢を正して深く一礼した。
「この度は、良き巡り会わせを賜りましたこと、心より感謝申し上げます。テップ様」
テップは軽く手を振りながら扉をくぐり、那琉と共に姿を消した。
――静寂が訪れる。
まるで空間そのものが息をついたように、圧がふっと軽くなる。
ミラはしばらくその場に立ち尽くしていたが、ようやく机の上の紙を手に取った。
「……まあ、これは……」
驚きと、どこか微笑ましさが混じった声。
アストと紙を見比べ、満足げに頷く。
そして、もう一つの置き土産――謎の箱に手を伸ばそうとしたその時。
扉が勢いよく開いた。
「あ、そうそう~。その箱は、アスト君を送ってから開けてね~」
突然の声に、ミラは肩を跳ねさせ、思わず手を引っ込める。
テップは意地悪そうに笑いながら、アストにも声をかけた。
「それじゃあアスト君、頑張ってね~。世界を救った頃に、また再会しよう~」
アストは礼を返す。
「ありがとうございます、テップ様。またお会いできる日を楽しみにしております」
テップは短い前足を振り、再び扉の向こうへと消えていった。
扉が閉じ、今度は完全に消失したことを確認したミラは、ようやく深い息を吐いた。
「……本当に、計り知れないお方です」
俯きながらも、どこか安堵の滲むミラの姿に、アストはふと、
かつて大きな仕事を終えた後の結希乃の姿を思い出した。
「彼は……世界の神であるあなた以上の存在なのですか?」
思わず漏れた問いに、ミラは神妙な面持ちで答える。
「あの方を“神”と呼ぶ者もいますが……本来、そのような枠に収まる存在ではありません。
あの方に比べれば、私など……いえ、この場におらずとも、お耳に届く可能性があります。
これ以上は、やめておきましょう……」
その表情には、先ほどまでの悩みとは異なる、別種の疲労が滲んでいた。
それは、力の差を知る者だけが抱く、静かな畏れの色だった。
ミラは小さく息を整え、アストへ向き直る。
「……では、アスト様。あなたの転生の準備に入りましょう。
決めておかなければならないことが、いくつかございます」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
アストは理解していた。
これからの話が、自身の未来――そして世界の行く末を決める重要な工程になることを。
「マスター曰く、“転生チートは盛り過ぎるくらいで良い”……。
出来る限りの能力をいただかなくてはいけません」
「ち、チート……? 盛る……?
その……神と言えど、私ではできることにも限りがあるので、あまり期待されますと……」
「大丈夫です。そのためのご相談を、これからさせていただければと思います」
冷静に応じるアストに、ミラはほっと息をつく。
それでも、アストの声音には、どこか好奇心と期待が滲んでいた。
――そして、二人は転生の詳細へと話を進めて行く。
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