7章:幕間
【幕間:結希乃とミラ5】
「さて、今更だけど――ここらで一度、用語と魔素理論の整理をしましょうか」
結希乃が指を立て、まるで講義の始まりのように空気を切り替える。
ミラは思わず背筋を伸ばした。
「……誰に向けて話しているんですか、結希乃さん」
苦笑しながら問い返すミラに、結希乃はひらひらと手を振る。
「まぁまぁ、気にしない気にしない。まずはアストが命名した“魔素”と“魔力”、それから“魔力素子”。この三つの関係と違いを整理しようか」
「なんだか最近、結希乃さんの雰囲気がテップ様に似てきた気がします……」
ミラは肩をすくめ、困ったように視線を逸らす。
「まずは“魔素”。空気中や物質に含まれるエネルギーの一種よ。物質に入り込んでその性質を強めたり、熱や運動エネルギーのキャリアになったり、アストが“サテライト・アイ”を使う時みたいに粒子や電磁波みたいな振る舞いもする。――つまり、まだまだ謎だらけなのよね~」
結希乃は空中に指で図形を描くように説明する。
ミラはその動きを追い、真剣に耳を傾けていた。
「パルカ・アストリアの生態系の一部は魔素で維持されています。アスト様が蘇らせたアマルティアも……その一つです。もし魔素が世界から失われたら――」
ミラの声が沈み、胸元で手を握りしめる。
「はいはい、もしもの話は置いといて。次は“魔力素子”ね。こっちを先に説明した方が分かりやすいと思うの」
結希乃は軽く笑い、ミラの不安をさらりと流す。
「魔力素子は、この世界の生き物の体内にある細胞器官。魔素に働きかけて、いろんな現象を起こせるの」
「それによって“魔法”の行使も可能になります。アスト様の肉体にも、もちろん備わっています」
ミラは胸を張り、どこか誇らしげだった。
「でも、初めのうちはすごく効率が悪いみたいね。アスト、突然の空腹で倒れ込んでたでしょ?
まぁ、慣れないことをするのって疲れるもんねぇ。あの子も新しいプロジェクトのたびに私が死にそうになってた理由、よく分かったでしょ」
「アスト様の転生体……お腹が減らないようにした方が良かったでしょうか?」
「何言ってんの。そのおかげで、アストが村の実りを良くしようって親身になれたんじゃない!
それに、物を美味しく食べるには空腹って最高のスパイスなんだから!」
話が逸れたことを感じて、結希乃は一つ咳払いをする。
「で、その魔力素子でエネルギーを与えられた魔素が、体内外で“力として流れている状態”――それが“魔力”。しかも魔力って、遺伝子みたいに情報を記憶する媒体でもあるのよ!」
結希乃は手をぐるりと回し、“流れ”を描く。
「アスト様に授けた“スターリコール”も、その情報を読み取る能力です。……ただ、魔力がある状態だと“アークテクト”は働かないようで……」
申し訳なさそうに俯くミラ。
「まぁアストはかえって安全だって満足してるみたいだし良いんじゃない? 生きてなければ木の加工とかも問題ないみたいだしさ。ナマモノ相手に強制分解なんてしたら……それはもうスプラッター物よ……」
想像してしまったのか、結希乃は引きつった顔を浮かべる。
結希乃の言葉を聞きながら、ミラはふと別の疑問を思い出した。
「そういえば……魔素が単体で空気中を漂っている状態は、どう定義されるのですか?」
ミラは首を傾げ、理論の隙間を探るように問いかける。
「粒子とか電磁波みたいな状態のことね。そこは……まぁ、今後アストが解説してくれるでしょ、多分! ここでは“魔素”と“魔力”の違いだけ覚えておけば十分。簡単に言うなら――“電子”と“電流”の違い、みたいなものよ」
結希乃は指を立てて比喩を挟むと、ミラは「なるほど……」と小さく頷いた。
「それにしても結希乃さん……理解が早いというか、深いというか……。私よりも管理神に向いているのでは……」
ミラは感心しつつ、少しだけ肩を落とす。
「伊達に現世でキャリアウーマンしてないわ! まぁ研究成果が出なくて徹夜続き、そのままこんな年であの世行きになっちゃったんだけどね!」
結希乃は笑いながら肩をすくめる。
重い話なのに、どこか軽やかだった。
「言ってることは重いのに……全然そう聞こえないのがすごいです」
ミラは苦笑しつつ、少し憧れの色を浮かべた。
「それほどでもないわ!――というわけで、これからもアストのこと、よろしくね!!」
結希乃が明るく手を振ると、ミラは柔らかく微笑み、静かに頷いた。
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これにて第7章は終了となります。
次章も引き続きよろしくお願いいたします。




