6章:命の責任④
【7節.知と守り】
翌朝。
アストはまだ眠っているヴァルティスをそっと寝床に残し、村の広場へ向かった。
昨日の魔獣騒動の顛末と、今後の方針を村人たちに伝えるためだ。
広場には全員ではないものの、多くの村人が集まっていた。
アストの姿を見つけると、挨拶より先に声が飛ぶ。
「ヴァルティスの容体はどうだ?」
「急に倒れたっていうから私は心配で心配で……」
「またいっしょに遊べるよね……?」
彼はすっかり村の人気者になっているらしい。
「順調に回復しています。今日には元気な姿を見せてくれるでしょう」
その言葉に、村人たちはほっと息をついた。
アストは広場の中央――自分の像の前に立ち、静かに口を開く。
「昨日現れた獣……皆さんが“魔獣”と呼ぶ存在ですが、彼らは魔素というエネルギーの乱れから生じるものです。魔素の流れを整えることで、発生を抑えることができます」
魔獣発生の原因は、これまでの調査でおおよその見当がついていた。
レオンが腕を組みながら問いかける。
「アストがいつも使ってる不思議な力……あれも魔素ってやつなのか?」
「すべてではありませんが、魔素はその源の一つです」
アストは魔素の基本的な性質を、できるだけ分かりやすく説明した。
「魔素はこの世界の一部です。水や空気のように常に存在していて、目には見えませんが、あらゆる現象に関わっています」
村人たちは首を傾げつつも、真剣に耳を傾けていた。
その中で、ひとりがぽつりと呟く。
「じゃあ……聖獣様も、魔獣と同じような存在なのか?」
アストを迎え入れた門番の一人、フルク・ローカスという青年だった。
魔素を操る獣──魔獣とアストの類似が、疑念を呼び起こしてしまったらしい。
広場がざわつき始め、わずかにアストを疑う声も混じる。
その空気を断ち切ったのは、村長トーマだった。
「馬鹿を言うな。アスト殿がどれだけこの村のために尽くしてきて下さったか、忘れたのか」
続けてリンネが強い口調で言う。
「アスト様を魔獣などと同列に語るなど、不敬にもほどがあります」
アンスビーも頷きながら言葉を添える。
「俺も旅の中で魔獣ってのを何匹か見たが、アストの旦那とは似ても似つかんぞ。あいつらはドロドロしてて、旦那みたいな“品”も“風格”もねぇ」
フルクは気まずそうに頭を掻き、謝罪した。
「スマン……そんなつもりじゃなかったんだ……」
他の村人たちも次々と謝ろうとするが、アストはそれを静かに制した。
「構いません。皆さんの疑問はもっともです。厳密には、私と魔獣は違う存在です。ですが、本質的には“似ている”とも言えます」
村人たちは息を呑む。
アストは落ち着いた声で続けた。
「魔獣は一概に悪ではありません。縄張りに入った外敵を攻撃することもありますし、知性が乏しいため生物を襲うこともあるでしょう。ですが彼らもまた、魔素の乱れを正そうという“意志”で動いています。そして私は――あなた方を助けたいという意志で、ここにいる者です」
その言葉に、村人たちは静かに頷き、表情に安堵が戻っていった。
ただ、疑ってしまった気まずさが少し残っているようだった。
その空気を払うように、レオンが声を上げる。
「で、魔素の乱れってやつをどうすればいい? 俺たちでもできるのか?」
アストは頷いた。
「魔素の乱れは、魔素の量が偏ることで起こります。特に木々の密度が高い場所や、大型の獣の死骸が残っている場所で発生しやすいのです。ですが、私だけでは間伐も死骸の発見もすべてを網羅できません。皆さんの協力が必要です」
村人たちは口々に「手伝う」と声を上げた。
広場には再び温かな空気が満ちていく。
その時──アストの耳に、元気な声が近づいてきた。
広場にいなかったリリーが、ヴァルティスに背負われて駆けてくる。
元気を取り戻したヴァルティスの姿に、村人たちから歓声が上がった。
アストの元まで来ると、ヴァルティスは伏せの姿勢で視線を合わせ、吠えるように言った。
「母上! 僕、お手伝いするよ!」
アストは微笑み、ヴァルティスの鼻先をそっと撫でる。
「ええ。あなたの鼻が役に立ちます」
そう言うと、アストは軽やかにその背に乗った。
「お手すきの方は同行を願います。間伐や死骸処理の方法を説明します。ヴァルティス──これから森に向かいます。変な臭いや気配がしたら教えてください」
「分かったよ、母上!」
ヴァルティスが歩き出し、その後ろに数名の村人とレンジャーたちが続いた。
アストはその背に揺られながら、これからの計画に向けて静かに思考を巡らせていた。
――本来なら自分ひとりで十分にこなせる作業だ。
だが、ヴァルティスのためにも、村の未来のためにも。
皆と共に歩む方が良い。そうするべきだと感じていた。
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