6章:命の責任③
【5節:異変】
屋敷の一室で、いつものようにクレイドルを使った研究に没頭していたアストの耳に、
外から騒がしい声が飛び込んできた。
村の広場の方角──子どもたちの泣き声が混じっている。
アストはクレイドルへ注いでいた魔力の流れを遮断し、急ぎ外へと飛び出した。
広場に到着すると、リリーをはじめとした子どもたちが泣きじゃくり、イリスが必死に彼らを落ち着かせていた。
「森で遊んでたら、紫色の変なのが出てきて……!」
「ヴァルティスとリュンカーたちが残って、僕たちを逃がしてくれたんだ!」
アストはなだめるように、落ち着いた声で言う。
「大丈夫です。ヴァルティスなら小型の魔獣程度は問題ありません。すぐに向かいますので、皆さんは家に戻ってください」
そう言いながらも、胸の奥が強く締め付けられる。
ヴァルティスが今も魔獣と対峙している──その事実だけで心がざわついた。
森へ向かおうとするアストを、レオンが制した。
「俺たちも行く。森に行く許可を出したのは俺たちだ、責任は一緒に負う」
レンジャーたちも集まり、臨戦態勢を整えながら森へと進む。
アストは“サテライト・アイ”を展開し、魔素の反応を探った。
少し進んだ先――森の開けた場所に、ひときわ大きな魔素の塊。
その周囲を、小さな魔素の点が取り囲んでいる。
「もうすぐです。皆さん、準備を」
レオンが頷き、レンジャーたちも武器を構える。
茂みをかき分けて広場へと踏み込むと、十数匹の魔獣が円陣を組んでいた。
魔獣は細長い体躯をしたイタチに似た姿で、地を滑らせるように紫黒色の体を走らせ、
低い姿勢のまま獲物を囲むように動いている。
その円陣の中心で、ヴァルティスが雄々しく立ちはだかっていた。
リュンカーたちも傍らで唸り声を上げている。
「村の近くに……こんな数の魔獣が……!」
レオンたちは異様な光景に息を呑む。
「兄貴!」
アストの姿に気づいたリュンカーが声を上げ、魔獣たちの注意が一斉にこちらへ向いた。
「こいつら、噛んでも引っ掻いても全然効きません!」
賢そうなリュンカーが訴える。
見たところ、彼らに目立った傷はない。
ヴァルティスが囮となって注意を引きつけていたのだろう。
「魔獣は結晶を核とした魔素の集合体です。物理攻撃はほとんど通りません」
アストは魔素の流れを解析し、構造を見抜いた。
先日のイノシシ型とは違い、核は体内ではなく額に露出している。
リュンカーたちがその習性から、首や目を狙っても効かないのは当然だった。
「額の石を狙ってください。あれを砕けば倒せます!」
レオンとレンジャーたちが剣を振るい、リュンカーたちも狙いを修正する。
だが、魔獣は弱点を守るように動きを変え、攻撃はことごとく空を切った。
「くそっ、当たらない!」
小柄な体躯を活かし、魔獣は巧みに攻撃を躱す。
しかしアストは、その動きに奇妙な偏りを感じ取った。
――反撃はしない。避けた直後、必ずヴァルティスへ向かう。
理由は分からない。
だが、このままではヴァルティスでも持ちこたえられない。
「ヴァルティスが囮になっています! 皆さんは彼を守るように動いてください。その間に私が結晶を砕きます!」
即座に陣形が組み直され、ヴァルティスを中心とした防壁が築かれる。
互いの死角を補い合い、魔獣の牙を一切通さない鉄壁の守りとなった。
その間にアストは次々と額の結晶を砕いていく。
魔獣も反応しようと身をよじったが、アストの動きに追いつくことはできなかった。
それでも意識の矛先だけは、なおヴァルティスへ向けられていた。
――やがて、広場に静寂が戻った。
レオンたちは肩の力を抜き、大きく息を吐く。
戦いの終わりを感じたのか、ヴァルティスがふらりと揺れ、地面に倒れ込んだ。
「ヴァルティス!」
アストが駆け寄る。
外傷はほとんどないが、魔素の損耗が激しく、体は酷く弱っていた。
直接攻撃ではなく、魔獣に魔素を奪われたのだろう。
アストが魔素を注ぎ応急処置を施すと、
レオンたちがヴァルティスを担架に乗せ、屋敷へと運び始めた。
アストはリュンカーたちに、しばらく警戒を続けるように伝える。
だが胸の奥では、別の感情が渦巻いていた。
――結希乃を失った時とは違う。
けれど、それに匹敵するほど強く、そして耐え難い感情。
守るべき命が傷ついたことへの怒り。
そして――自らの甘さが生んだ結果への、深い後悔だった。
【6節:決意】
魔獣による子どもたちへの襲撃。
そして、魔素の損耗によって昏睡状態に陥ったヴァルティス。
アストは、星の浄化作用という解釈に安易に寄りかかっていた自分の甘さに、静かな怒りを覚えていた。
改めて考えるべきだ。
この世界で“魔獣”と呼ばれている存在の正体と目的を。
そして、村を守るための防衛機構を築く必要性を。
その決意が、胸の奥で確かに形を取り始めていた。
――その夜。
月明かりとランタンの柔らかな光が、執務室を静かに照らしていた。
アストは机に広げた解析図と過去の記録を見つめ、魔獣に関する考察を進めていた。
レオンたちの反応を見る限り、村の警備隊ですら今回のような大量発生は経験がない。
だがアスト自身は、転生して以来すでに何度も遭遇している。
普段の魔獣は人里に近づかず、生物を襲う習性も薄い。
では、なぜ今回に限って子どもたちを狙ったのか。
「……ヴァルティス」
魔素濃度の高い生物――思い当たるのは、彼の存在だった。
以前出会った怪鳥は、魔素濃度の高い鉱石や魔素結晶を狙い、商隊や騎士隊を襲っていた。
イノシシ型の魔獣は魔素濃度が低く、肉体が不完全だった。
もし魔獣が“魔素を取り込み、自らを強化する”ことを本能的な使命としているのだとすれば──
狙いは子どもたちではなく、ヴァルティスだったのだ。
「母上……」
静かな声が、執務机の横から聞こえた。
ヴァルティス用の寝床の上で、彼はゆっくりと体を起こし、アストを見上げていた。
「僕のせいだったのかな……」
賢い子だった。
アストが断片的に呟いていた言葉から、自分が原因かもしれないと察してしまったのだろう。
「僕がリリーたちと一緒に森に行っちゃったから……」
その声には、深い悲しみと後悔が滲んでいた。
仮説である以上、否定することは簡単だ。
だが、もしそれが真実だった場合――軽々しく慰めることは、彼にさらなる傷を与える。
アストは静かに言葉を選んだ。
「あくまで仮説です。それに、仮に事実だったとしても……あなたがリリーたちを守ったことに変わりはありません。あなたがいなければ、他の獣に襲われていた可能性もあるでしょう」
それでもヴァルティスの表情は晴れなかった。
その瞳には、まだ自分を責める色が残っている。
アストは少し考え、そっと声をかけた。
「もし責任を感じていて……それでもリリーたちと一緒にいたいと思うなら。──私を、しばらく手伝ってくれませんか?」
「母上のお手伝い……? 僕にできることがあるのかな……」
その声は、どこかすがるようでもあった。
自分の存在価値を、誰かに認めてほしいという願いが滲んでいる。
アストは机から飛び降り、ヴァルティスの寝床の前に立つ。
その目をまっすぐに見つめ、静かに言った。
「子の居場所を作るのが、親の責任であり、役目です」
「責任……役目……。母上も、僕に“悪い”って思ってるから、何とかしようとしてくれてるの?」
アストは首を横に振った。
「責任があるというのは事実です。申し訳ないと思う気持ちも確かにあります。ですが──」
アストはそっと微笑む。
「これは義務感ではありません。私はただ、あなたのためにそうしてあげたいと……心から思っているのです」
その言葉に、ヴァルティスはようやく安心したような表情を浮かべた。
瞳には、わずかに涙が滲んでいた。
「……ありがとう、母上」
そう呟くと、彼は再び静かな眠りへと戻っていった。
アストはそっと鼻先を撫で、窓の外の星空を見上げる。
その夜、アストの決意は静かに、しかし確かに形を成し始めていた。
守るべき命のために──
この村に、もう二度と同じ悲しみを繰り返させないために。
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