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5章:聖獣村②

【3節:奉納と邂逅】


リンネの家に招かれたアストは、扉を閉める音と同時に、空気の変化を察した。

振り返ると、リンネの瞳がギラついていた。まるで上等な素材を前にした職人のような、熱意と執念の光。



「さあ、奉納の儀を始めましょう!」



そう言うや否や、彼女は奥から次々と衣装や装飾品を運び出す。

白銀の刺繍が施された礼装や淡い青の羽織──どれもがアストの体にぴたりと収まった。



「……サイズが完璧すぎるのでは?」



疑問を口にするが、リンネは得意げに笑うだけである。


アストはふと、村の象徴となっていた自分の像を思い出した。

そこにもわずかに衣装の意匠が施されていた。

あれは彼女の手によるものだろう。


ほぼ等身大とはいえ、像からは測れない部分もあるはずだが……そこは目測で補ったのだと察する。



「像にここまでの装飾をすることは許されなかったのでしょうね……」



そう呟きながらも、アストは彼女の熱意に押されるように、奉納をしばらく受け入れた。

しかし、次々と着せ替えられるうちに、村の確認を続けなければという思いが頭をもたげる。


そのとき、外からイリスの声が響いた。



「アスト様、いらっしゃいますか?」



アストは天の助けとばかりに返事を返しつつ、リンネへと視線を向ける。

諫められた彼女は名残惜しそうに衣装を抱えながら、渋々アストを解放した。



――外に出ると、イリスが待っていた。


彼女に連れられ、アストは再び村の散策を始める。



「最近はお父さんが外交に忙しくて、村の実務は私が取り仕切っているんです。私に分かることであれば何でも聞いて下さいね」



イリスはそう言いながら、畑や倉庫を案内していく。

アストは気づいた点を指摘しつつ、彼女と意見を交わした。


その途中、銀色の髪をした青年が近づいてくる。


気づいたイリスが手を振りながら声をかけると、その青年も片手を上げて応じた。

軽装の上にレンジャーの紋章をつけた彼は、すぐそばまで来たところで礼儀正しく頭を下げる。



「レオン・ブラックウッド……です。聖獣様の贈り物を見つけた一人、です」



口調に少しぎこちなさを感じたが、アストも挨拶を返す。



「初めまして、アスト・ロカスと言います」



レオンは、アストを迎え入れた時の門番や鍛冶師の男と共に、アスト像を持ち帰ったことを語った。



「しかし、“あの像”にとても似ていて驚きました。あれは自分が残したものだという証明に?」



アストは少し目を伏せて答える。



「実のところ、それに関しては私自身不本意なのです……できれば、あまり触れないで頂けると助かります」



レオンはよく分かっていないようだったが、素直に頷き、話題を変えた。



「村についての情報を集めていると伺いました。自分が分かるのは周辺の治安ぐらいですが……。聖獣様の活動やリュンカーたちの協力もあって、最近は目立った事件は起きていません」



アストは“プライマル・ナレッジ”から村近辺の情報を再確認する。



「リュンカーさんたちはこの近辺では生態系の上位のようです、彼らの協力を得られているのは僥倖と言えますね。そういえば、鍛冶師の方がいるとのことでしたが、この村には工房が?」



レオンは頷くと、村のはずれを指さした。その方向に視線を向けると一筋の煙が上がっているのが見えた。



「グラットさんという鍛冶師が工房主をしています。最近、新しい人が入ったという話で……その……です」



先ほどから感じていた口調の違和感を指摘すると、レオンは少し戸惑いながら目を泳がせる。



「普段の話し方で構いません。敬称も不要です。イリスさんも私のことは“アスト”と呼んでください」



アストの提案にイリスが頷き、レオンもようやく肩の力を抜いたようだった。


その後もしばらく話を続けていたが、分かれ道に差し掛かったところでレオンは別れを告げる。

そして、少し表情を引き締めたかと思うと、アストに顔を寄せて耳打ちした。



「さっき目立った事件はないといったが……リュンカーたちによると、森の奥に大きな獣の影があるという話が出ている。何か分かったら伝えるよ」



アストが頷き返すと、レオンは少し距離を取って手を振った。



「俺はまた森の方へ見回りに行ってくる。イリス、後はよろしく頼む」



それだけ言うと、森へ続く道を去っていった。


その後ろ姿を見ながら、アストは考えていた。

村の平穏の裏に、まだ語られていない何かが潜んでいる──風のように胸をかすめた予感は静かに残った。




【4節:熱意の職人】


レオンを見送った後、アストはイリスと共に鍛冶師の工房へと向かった。


村の外れにひっそりと構えるその工房は、煤けた壁と鉄の匂いに包まれていた。



「こんにちは、グラットさんはいるかしら」



イリスが声を掛けながら中に入ると、頑強な体格をした男の姿が見えた。


彼はフライパンの取っ手を接合しながら、手を止めずに言った。



「おう、あんたが“像の本人”か、村中噂になってるぞ。俺の名前はグラット・フェルドだ、よろしくな」



職人気質な感じもするが、その歯に衣着せぬ話し方がアストにとっては新鮮で、好感が持てた。



「初めまして、アスト・ロカスと言います。少し工房内を拝見させていただいてよろしいでしょうか?」



グラットは「おう」と一言頷くと、再び作業に集中し始める。二人は邪魔をしないように工房の見学を始めた。


見たところ、ここでは武具の修理だけでなく、農具や家財の修理もしているようだ。

新たに刀剣を打つには金属が足りず、そもそも農村では買い手も少ないのだろう。

現実的な制約が、今の工房の様相を示していた。


その時、額のバンダナを締め直し、灰色の髭を揺らしながら奥からやや小柄な男が現れる。



「なんだ、新しい依頼人でも来たのか?」



工房の入り口から差し込む逆光に目を細めていた彼は、アストの存在を認めると目を見開いた。



「……あんた、あの時の御仁か!」



感極まったように言い、深々と頭を下げる。



「アンスビーと申します。イルミランデ大山脈の洞窟で、命を救っていただいた者です。像の噂を聞き、いつか恩人に会えるかもしれないと思って待っておりました」



アストは驚きつつも静かに頷いた。



「アストと言います。あの時のことは覚えています、あれはあなたでしたか。すぐに別の場所に行く必要がありましたので、気絶したあなたを介抱できなくて申し訳ありません……」



謝罪を述べるアストに、アンスビーは慌てて首を振る。



「命をつないでいただいたこと、それだけで十分過ぎる恩義です。それにしても……」



あの時は影しか見えなかったが──と前置きし、今こうして間近で見るアストの容姿に感嘆の言葉を並べた。

そして特に、その瞳に強く惹かれたようだった。



「何よりその目……まるで宝石のようだ。青く、深く、聖獣の名に相応しい輝きですな」



アストは少し照れながらも説明する。



「これは、私の世界にある“ブルーゴールドストーン”と呼ばれる石を模したもの。人工的に生み出されたものです」



人工の石と聞いて興味津々のアンスビーは、詳しく教えてほしいと身を乗り出す。

アストは使っていい材料はあるかと尋ねると、作業を終えたグラットが工房の隅から一抱えの箱を持って来た。


必要な材料を指定したアストは作業台の上に並べてもらい、“アークテクト”を使って実演してみせる。

光に包まれたそれらは、瞬く間に煌びやかな輝きを放つ蒼球に仕上げられた。


そのあまりの美麗さに一同は感嘆の声を上げる。



「実際には、超高温の炉でガラスを溶かし、着色して、銅の粉末などを混ぜて練り上げる必要があります。かなり高度な技術ですが、人の手でも再現は可能です」



精製された宝石を手に眺めていたアンスビーは、その言葉に職人魂を燃え上がらせた。



「こいつは村の特産品になるかもしれん! やってみないか!」



グラットは腕を組み、しばらく考えた後に頷いた。



「ちょうどフライパンの修理も終わったとこだ。依頼が無けりゃ暇だしな、やってみるか」


「この辺りは銅が比較的多く採れるし、工芸品に使う程度なら問題ない。器は作れんが、廃棄されたガラスなら山ほどある」



棚の隅には、カレット状に砕かれた色とりどりのガラス片が積まれていた。



「それに、今ある分が無くなったら“お得意さん”から融通してもらえばいい」



その言葉に、アストは耳をぴくりと動かした。



「“お得意さん”……?」



引っかかるものを感じたが、アンスビーの勢いに押されて言葉を飲み込む。



「できたら、いの一番に見せに行くぜ! 楽しみに待っててくれ!!」



いつの間にか敬語も消え、鼻息荒く宣言する彼に、アストは苦笑しながら応じた。


作業に集中し始めた二人の熱意に水を差すのも野暮だと、アストたちは静かに鍛冶場を後にした。

お読みいただきありがとうございます。

次話も引き続きよろしくお願いいたします。

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