4章:知らぬが聖獣③
【5節:聖獣様(石像)、ここにあり】
門に近づくにつれて、守衛の姿がはっきりと見えてきた。
先日見かけた騎士団ほどではないが、ただの農村にしては装備がしっかりしている。
守衛はリリーが抱えている獣に気づいたようで、一瞬目を見開くと、前のめりに顔を寄せてアストを凝視した。
「おい嬢ちゃん、まさかこの……えーっと、お方はもしかして?」
リリーはアストの脇を抱え、ぐっと持ち上げて誇らしげな笑顔を浮かべる。
「聖獣様のアストだよ!」
鼻先まで持ち上げられたアストは、ヒゲをひくひくさせながら、予めシミュレーションしていた会話を開始する。
「初めまして。紹介に預かりましたアスト・ロカスと申します。あなた方が言う聖獣様であるかは定かではありませんが、こちらの村と交流を図りたく訪ねて参りました」
守衛は一瞬目を丸くしたが、すぐに姿勢を戻し、ニカッと笑った。
「こいつはたまげた。こりゃ大事だぞ! ちょっとひとっ走り村中に知らせて来るぜ!」
ガチャガチャと音を響かせながら、守衛は勢いよく走り去っていった。
「兄貴! 俺たちは姉さんのところに行ってきやす!」
そう言って、リュンカーたちも元気よく村の奥へと駆けていく。
アストはリリーに抱えられたまま、門を抜けて村の中を進んでいった。
「ほら、あれ!」
リリーが指をさした方に目を向けると、そこには広場のような場所があり、中央には一体の石像が祀られていた。
「あ……あれは……」
立派な土台の上に鎮座するその姿を見た瞬間、アストの脳裏に三ヶ月前の記憶がフラッシュバックする。
「なぜ……『アレ』がここに……」
青い体をさらに青ざめるようにして、アストはカタカタと震えながらも、どうにか声を絞り出した。
「あたしたちの聖獣様なの!」
リリーが誇らしげに呼んだそれは、アストが転生直後に“アークテクト”の能力を試すために作った、自分自身の石像だった。
「前に村の近くで見つかったの。その時みんながすごく喜んでて、『聖獣様の祝福だー!』って。『村の守り神』として祀ることにしたんだよ!」
リリーが楽しそうに語るが、アストは顔に手を押し当てて俯いていた。
(自分が作った石像が祀られているなんて……これが“恥ずかしい”という感情でしょうか……)
初めて訪れた感情の波に耐えるように、アストは静かに呼吸を整える。
「聖獣様ー? どうしたの?」
リリーの声に我に返ったアストは、恥を忍びながらも前を向く。
「いえ……リリー、これから私のことはアストと呼んでください。もし可能であれば、村の方々とお話をさせていただきたいのですが……」
そう言った途端、広場の奥がにわかに騒がしくなり、家々から人々が姿を現し始める。
「聖獣様がいらっしゃったって本当か?」
「リリーちゃんが連れて来たらしいわよ」
「言葉を話したって! 見たこともない綺麗な毛並みをしていたらしいよ!」
村人たちは口々に話しながら広場へと集まり、リリーに抱えられたアストを見て驚きの色を浮かべる。
中には膝をつき、手を合わせる者までいた。
その光景に、さすがのアストもどう対応すべきか迷っていた。
すると、一際凛とした声がリリーを呼ぶ。
人だかりが割れ、一人の少女が走り寄ってくる。
オレンジ色の髪を肩のあたりで軽く結わえた少女は、リリーに似た雰囲気を持ちながらも、その瞳には年長者らしい落ち着きが宿っていた。
「リリー、あまり騒ぎすぎてはだめよ。村の皆さんが驚いてしまうわ」
周囲の人々に向けて軽く頭を下げる彼女に、リリーは元気よく応じる。
「お姉ちゃん! 見て見て、聖獣様だよ!」
抱えたアストをぐっと掲げると、少女は一瞬目を丸くしたが、すぐにふわりと微笑んで言葉を続けた。
「ウィンター家の長女、イリスと申します。父……村長もすぐに来ると思いますので……どうか驚かせてしまったことをお許しください」
アストは丁寧に頭を下げる。
「初めまして。アスト・ロカスと申します。こちらこそお騒がせしてしまい、申し訳ありません」
ちょうどその時、人々の背後から一人の男性が歩み寄ってきた。
日焼けした肌に刻まれた穏やかな皺、肩にかけた革製のマントには門でも見かけた村章が縫い付けられていた。
「……はじめまして。私はこの村を束ねる者、トーマ・ライマと申します」
アストに向けて丁寧に挨拶をしながら、イリスとリリーに目を向ける。
その視線には、家族としての誇りと、娘たちが連れてきた存在への驚きが滲んでいた。
「皆の興奮ももっともだが、あまり騒ぎ立てるのも失礼だろう。アスト殿、よければ我が家へお越しください。少し話をさせていただければ」
トーマは周囲に解散を促し、礼儀正しく頭を下げる。
アストも姿勢を正し、丁寧に礼を返した。
こうして一同は広場を後にし、村長宅へと向かうこととなった。
【6節:村長宅、再生の決意】
村の中心から少し離れた、丘の緩やかな傾斜に建つ石造りの家。
屋根には苔が茂り、蔦が絡まる木枠の窓辺には、色鮮やかな花々が並んでいた。
応接の間に通されたアストは、リリーに促されるまま椅子の上にちょこんと座る。
トーマはアストの正面に、イリスはその左隣に腰を下ろした。
程なくして、部屋の奥から一人の女性が姿を現す。
艶のある銀髪に控えめな刺繍の入ったスカーフ。背筋の通った姿勢と、ゆるやかな微笑。
「ようこそ、聖獣様。私はトーマの妻、エリシア・ウィンターです。娘が世話になりましたね」
一礼した後、エリシアはトーマと並んで腰掛ける。
アストはふと、二人の姓が異なることに気づいたが、それを口にすることはなかった。
アストは頷き、ゆっくりと口を開いた。
「改めまして、私の名はアスト・ロカスと言います。リリーにも言いましたが、アストで構いません。この度はご招待いただき、ありがとうございます」
頭を下げるアストに、一同も合わせて頭を下げる。
「それで、アスト殿がこちらにいらした理由は……もしや『あの像』を聖獣様として祀る我が村の噂を聞きつけて、ということでしょうか?」
トーマはアストをじっと見つめながら問いかける。その瞳には、わずかな疑念の色が混ざっていた。
それは、アストがこれまで人間との接触を避けてきた理由の一つだった。
(やはり、得体の知れない存在を警戒することは当然の反応……)
どうしたものかと思う反面、ただ手放しに受け入れないその姿勢に、アストは知性と誠実さを感じていた。
(私の論理回路は、真実をそのまま伝えるべきだと言っています。ですが、マスター曰く『信じてもらうには、受け入れやすい嘘を混ぜるのが効果的』……)
何を話すか決めたアストは、生まれて初めての“嘘”をつくことにした。
「噂は聞き及んでおります。ですが、今日この村に来た理由は別です。私は神に遣わされて来ました。目的は、この世界を豊かにすることです」
その言葉に、リリー以外の三人は息を飲んだ。
「この地に来てしばらく、私は独自に活動をしていました。しかし、それでは根本的な解決にならないと分かりました」
何か思い当たることがあったのか、トーマはわずかに反応を示したが、黙って続きを待っていた。
「見ての通り、私は人ではありません。ですが、よりこの世界を知り、人々の生活を豊かにするためには、あなた方と行動を共にする必要があると考えました」
アストは三人の目を順に見据え、頭を下げながら言葉を結ぶ。
「そして、この村を拠点として活動させていただきたいと思い、ここに来ました」
トーマは静かに目を閉じ、一拍置いてからエリシアと顔を見合わせる。
二人は無言で頷き合い、改めてアストに向き直った。
「……実は、ここ最近、近隣の村々で奇妙な噂が広まっておりましてな」
「危険生物の討伐や災害の救助に現れる“謎の動物”──森の獣によく似ているが、一回り大きく、青みがかった毛並み持つ存在が、瞬く間に現れては姿を消すと」
「目撃者は皆、あまりの速さに正体を見定められず、ただ“聖獣”と呼んでいました。ですが今こうして目の前にいるアスト殿を見て、ようやく確信が持てました。“聖獣”の正体はあなただったのですね」
アストは静かに目を伏せ、わずかに頷いた。
「幾人かの人に見られていたのは分かっていました。なるべく身を隠していたつもりでしたが……」
トーマは深く息を吐き、エリシアと再び目を合わせる。
「我々としても、アスト殿の助力があれば村はさらに安定し、未来への希望にもなりましょう。心より歓迎いたします。“フロック村”へようこそお越しくださいました」
アストはその様子を眺めながら、小さく息を吐いた。
(マスター曰く『人付き合いは挨拶から』……)
「こちらこそ、これからよろしくお願いします」
その言葉を聞いた瞬間、リリーがぱっと顔を輝かせた。
「今日からずっと一緒だね! アスト!」
歓声とともにアストを抱き上げる。
イリスとエリシアは慌てて諫めようとするが、アストがまんざらでもなさそうにしているのを見て、思わず苦笑を浮かべる。
窓の外では、風がゆっくりと花々を揺らしていた。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第4章は終了となります。
次章も引き続きよろしくお願いいたします。




