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4章:知らぬが聖獣②

【4節:村の聖獣様?】


思考に一区切りついたところで、アストは最も基本的なコミュニケーションを取り忘れていることに気づいた。



「申し遅れましたが、私の名前はアスト・ロカスと言います。アストとお呼びください。あなた方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」



少女の方を見上げて問いかけると、彼女は笑顔で応じた。



「私の名前はリリーだよ! リリー・ウィンター!」



元気いっぱいに答えるリリーにつられ、アストも自然と笑みを浮かべる。



「リリー・ウィンター様ですね。ご丁寧にありがとうございます。リリー様はこの近くの村にお住まいですか? あの森へは木の実を採りに?」



質問を続けると、リリーは背中のカバンをごそごそと探りながら答えた。



「リリーでいいよ! 聖獣様にあげる木の実を集めてたんだ~、はい!」



リリーの手に乗せられた木の実に手を伸ばしながら、アストはさらに疑問を投げかける。



「分かりました。では、今後はリリーと呼ばせていただきます。聖獣様とは、私のことでしょうか? 出会った時にもそう呼ばれていましたね」



木の実の出っ張りに手を添え、左右から力を加えると、パキッと綺麗に二つに割れた。

半分を受け取ったアストが口に運ぶと、もう半分をリリーが楽しそうに食べ始める。



「うん、アストは聖獣様なんだよ! でも、木の実は元々村の聖獣様にあげるものだったんだけどね!」



『村の聖獣様』という言葉に、アストは木の実を齧る手を止める。



「村にも、私と同じ存在がいるのですか?」



あり得ないとは思いつつも、その疑問は口にせざるを得なかった。



「いるよ! いつも村の真ん中にいて、みんなで毎日お祈りしてるの!」



リリーの答えに、アストの中で次々と疑問が湧き上がる。


これ以上聞いても混乱が増すだけかもしれないと判断し、一旦情報を整理することにした。



(もう一人の私が村で祀られている? 考えられるのは、マスターが見ていた作品にもあった“なりすまし展開”? 私の名声を利用した何者かの仕業でしょうか……しかし、そこまで目立っていたつもりは……)



現時点では答えが出ないと結論づけたアストは、次に獣たちの方へ視線を向ける。


彼らは互いに顔を見合わせ、どう答えるべきかずっと迷っていたようだった。



「もしかして、あなた方には個別のお名前はないのでしょうか? それでは、種族名などはありますか?」



アストの問いに、獣たちは嬉しそうに反応する。



「はい! こうやって色々考えられるようになったのは、つい最近のことですからね。種族名っていうのも分かりませんが、姉さんたちからは『リュンカー』と呼ばれてます!」



アストは“プライマル・ナレッジ”を開き、『リュンカー』の項目を作成。

以前の記録と照らし合わせながら、情報を整理していく。



「リュンカー……外見はイヌ科のシベリアン・ハスキーに類似。相違点はサイズがやや小さいこと。体毛の模様などに個体差は見られませんが……あなた方はご兄弟でしょうか?」



質問されたことが嬉しかったのか、リュンカーたちは我先にと口々に答えた。



「兄妹だよ!」


「俺が一番上っすよ!!」


「母は違いますが父は同じです」



それぞれの答えを聞きながら、アストは記述を進める。



「なるほど。では、ご家族はどうされていますか? 普段の食事などは? 以前、人を襲っていたこともありましたが……」



質問を受けたリュンカーたちは、少しバツの悪そうな表情を浮かべる。


他の四匹が黙る中、賢そうなリュンカーが伏し目がちに答えた。



「……仕方なかったんです。自分たちは森の奥で狩りをして暮らしていたんですが、他の動物が減ってきていて、獲物を探していたところに姉さんが……」



食料不足で野生動物が人里へ降りてしまうことは、この世界でも珍しくない現象だった。


アストは、言いにくそうにしているリュンカーを慮り、なるべく雰囲気が軽くなるように努める。



「それは自然の摂理です。気にすることではありません。それに彼女は無事でしたし、今のあなた方は“人を食べない”のでしょう?」



アストの言葉に、リュンカーたちは明るい雰囲気を取り戻す。



「そう言ってもらえると助かります」



賢いリュンカーに合わせて頭を下げる仲間たちに、アストは次の疑問を投げかける。



「では、その後の食事はどうされていたのですか? それに、村との交流はどのように?」



また騒がしくなるかと思ったが、どうやらアストの受け答えを続けたことで、話の主導権は賢いリュンカーに委ねられたようだった。



「兄貴に指導してもらった後、覚えのない記憶があることに気づいたんです。そのおかげで、森には生き物以外にも食べられるものがたくさんあることを知って、食べ物には困らなくなりました」


「特に木の実!」


「割るとあんなに美味しい中身があるなんてねー」


「キノコも悪くない」



後ろで食べ物談義を始める三匹をしり目に、話は続く。



「村と交流を始めたのは最近です。兄貴に貰った記憶から、人間という存在が自分たちにとって危険だと知ってからは、群れとしてもなるべく避けるようにしていました」


「良い人たちだよ!」


「頭なでなでしてくれるしー」


「お腹もポンポンも悪くない」



茶々を入れる三匹を睨みつけるリュンカーに、アストは同意を示す。



「それは正しい判断ですね、人にとって肉食の動物は危険な存在です。安易に接触すれば、敵対される可能性もあったでしょう」



(だからこそ、リリーと一緒にいることに疑問を思ったのですが……)



再び思案を巡らせていたアストに、リリーが突然口を開いた。



「この子たちはアストの御使い様? だからだよ! 村を元気にしてくれたの!」



一瞬戸惑ったが、リリーはどうやら過程をすっ飛ばして“結果”だけを語っているらしい。



「御使い様だから安全な生き物……ということでしょうか。村に元気にした、とは?」



アストが再びリュンカーたちに問いかけると、彼らが順に説明を始めた。



「どうも姉さんが村に着いてから、自分たちの存在を知らせたみたいで。確認のために村の人が森の奥まで来たんです」


「家族を逃がすべきか様子をうかがっていたんですが、なぜか姉さんも一緒に来ていて……」


「一区切りついたところで、姉さんたちが木陰で休み始めたので、見つからないように森の奥へ行こうとしたのですが……親分が……」


「兄貴! 俺、姉さんを助けたんすよ!!」



その場面を思い出したのか、親分と呼ばれるリュンカーは誇らしげに胸を張る。



「姉さんが休んでいた木に折れかけた大きな枝があったんです。それが落ちてきた時に、親分が飛び込んで身代わりに受け止めて……気を失ってしまって……」



賢いリュンカーが続ける。



「それで、姉さんが親分を見た途端に『聖獣様に成敗された個体です!』って言いだして……」


「なんで分かったんだろうね?」


「全員見分けてくれるの、姉さんとリリーくらいだよねー」


「姉さん好き、リリーも」



ここまで聞いて、ようやく一連の出来事が線として繋がった。



「なるほど。聖獣に成敗された獣が心を入れ直し、御使いとなった……ということでしょうか」



(助けた彼女は私の姿を見ていた。そして、村の豊穣とともに現れた人語を話す獣たち。得てして人は理解の及ばない現象を、神聖視してしまうもの……)



アストが考え込んでいたところに、リリーが指を指して声を上げた。



「アスト! 見て、村に着いたよ!」



リリーに促されて意識を戻す。


前方には木製の門があり、柵に囲まれ家々が立ち並ぶ村が見えた。


昼時だからか人影は少なく、煙突からは穏やかな煙が立ち上っている。


これまで見てきた中でも、比較的規模の大きな村のようだった。


門の近くには守衛らしき人物が一人。板金で補強された革鎧を身に纏い、シンプルな長槍を手にしている。



「おーい! リリーの嬢ちゃん! あんまり遅いから、お姉さんが心配していたぞ!」



守衛はこちらに気づくと、手を振って呼びかけてきた。



「私はこのまま入って大丈夫なのでしょうか?」



アストがリリーを見上げて尋ねると、少女は満面の笑みを浮かべて答える。



「アストは聖獣様だから大丈夫!」



その底抜けの笑顔に、アストは心なしか勇気をもらえたような気がした。



(マスター曰く『不安になるだけの考えごとは無駄』。もう一人の私が何であれ、実際に会ってみないことには分かりませんね)


(もし悪意ある者が不当に搾取を行っているのなら、対処を考えるとして。村人が私と似たような動物を象徴として祀っているだけなら、それは彼らの自由でしょう)



そもそも自ら“聖獣”を名乗っているわけでもない。


どちらが"本物"かなどと論じる必要はないのだと、アストは静かに割り切ることにした。

お読みいただきありがとうございます。


2週間の連続投稿にお付き合いくださり、ありがとうございました。

本日より更新は水・土の週2回に切り替えていきます。

4章の次回続きは土曜日の更新となります。

引き続き楽しんでいただけますと幸いです。

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