第6話 許
「ごめん、大丈夫?」
それは、こっちのセリフだ。
「いや、ごめん」
私は、ゆっくりと自分の体の在り処を確かめ、そして深呼吸をした。
落ち着こう。
「ごめん、カイトのこと、・・・こんなに、グスッ、」
「いや、ホントごめん。だからさ、泣かないで、」
カイトはかなり焦っているみたいで、ソワソワとしながら「ほら、俺こんなに
元気だし!」と目の前で走ってみせたりしてくれた。
「・・・っぷ、」
つい、私は吹き出してしまった。
「え、元気になった?元気になったの、」
カイトが、座り込んだままの私に近づいてくる。
・・・でも、なんだろう。
さっきまでは、なんだか苦しかったんだけど、今は、温かいというか。気持ちに温度なんてものがあるかわからないけど、それでも、胸の奥がじんじんとしてくる。
「いや、もう元気?大丈夫?いや、本当にごめん。俺のせいだからさ、」
「いや、」
私はカイトの手を掴む。そして「立たせて」といい、彼に引き上げてもらった。
私は立ち上がり、服についた土埃を払う。
そして、「ちょっと、そのまま立ってて」とカイトに言ってから、彼の背後に回って、彼の背中についていたゴミを払った。
そして、優しく背中を撫でて、「ごめん」と小さくつぶやいた。
(ちょっと前の話)
「とっておきの場所に連れて行ってあげるよ」
彼が、私の手を引っ張っていく。
「ちょっと、どこに行くの?」
なんだろうか。胸のドキドキというか、ワクワクというか。
外の世界なんて、知らなかった。
彼はどんどん私を引っ張りながら進んでいく。
街の中心から離れて、視界の左端の方に、街の端の高台の方にある教会が見えてきた。
すると、彼は交差点を左に曲がった。
通りを歩いている大人が、私たちを避けて道の端の方に寄っていく。
それにしても、色々な人がいるものだ。
黒い、ピタっとした服を着ている人もいれば、鎧を着ている人もいる。
そして、案の定というか、ぐるりと教会につながる道を上り、高台にある教会へと、彼は私を引っ張っていったのだ。
協会も、よくよく考えれば来たことはなかった。
「あのさ、あっちの方を見てみてよ、」
私は、彼の指さす方向を見た。
森だ。
ずっと、森が広がっている。本当に、地平線の先まですべてが森だ。
「世界って、すごい広いと思わない?こんなところに、俺達住んでたんだよ。ほら、あれ俺の家」
確かに、世界は私が思っていたよりも、よっぽど広いみたいだ。
「でも、木ばっかりじゃん」
正直に思ったことを、私は彼に伝えた。
「でも、外には、海とか山とかさ、もっと色々あるんだよ。それに、魔王なんていうのもいるんだって」
「なにそれ?」
私は景色を見るのをやめて、彼の方を見た。
「世界の人を苦しめる、悪い人」
そんなものが、いるのか。
なんだろう、この気持ちは。
「俺さ、勇者になりたいんだ」
また知らない言葉だ。
私は、「へえ〜」と適当に相槌を打った。
「で、勇者になったら、いろんな人を助けたい」
私はパン屋になろうと思ってたけど、でも、それってもしかするとこの街の人たちだけにしか、パンを食べさせてあげられないのではないだろうか。
パン屋になっても、この街の人しか幸せにならないのではないだろうか。
いや、私は彼から目線を外して、街の方も見てみる。
街ですら、私が思った以上に広い。
「それでさ、俺もお父さんとかお母さんと一緒に冒険できたらいいなって思うんだよ」
「魔王はいいの?」
私は彼の方を向いて尋ねる。
彼は、街の外を見渡したまま、「魔王を倒したあとでね」と言った。
彼は、澄んだ瞳で世界を見渡しながら、そんな彼の可愛らしい夢の話を、私にしてくれた。
世界は広い。
きっと、パンを作って売るだなんて、ちっぽけなことだ。
でも、彼もそんな世界を見ながら、両親と冒険をしたい、というちっぽけな夢を抱えているのだ。
なんだか、素敵だな、と思った。
「私、すごいいいと思うよ」
そもそも、こんな自然の中で暮らしている私たちなんて、きっとちっぽけなものなのだろう。
「お父さんとお母さんは、すごい冒険者?なの?」
カイトはこちらを向く。
「わからないけど、きっとそうだよ」
そうなのか。
外に出れば、わからないことだらけだよな。
「応援するよ。私は、パン屋をそのまま継ぎたいって思ってるんだ」
カイトは「おいしいもんね」とはにかんだ。
「ルナちゃんの作るパンが、楽しみだよ、俺」
(現在)
「ルナは、大丈夫なの?」
カイトが心配そうに、私に声をかけてくる。
「大丈夫」
カイトの目をまっすぐと見る。
「私こそ、手加減するつもりだったんだけど、」
というとカイトは「え、それは酷いよ!暴力だ!!」と言ってきた。
「ごめんごめん」
もちろん、手加減したつもりではあったのだ。
その、暴発というやつだ。まあ、暴発してもしなくてもあまり変わらないがな。
「なんか、安心したらまた痛みが、」
カイトは私に「もう一回背中撫でてよ」と言ってきた。
「仕方ないな〜」
私は彼の背中を、優しく撫でる。
「あのさ、そろそろ依頼とか受けてみようよ、」
私が彼の背中を撫でながら言うと、彼は顔だけこちらに向けて「いいじゃん」と言ってきた。
「これで、魔王討伐に一歩近づくね」
彼は、まだそんなことを考えていたのか。
私は、いつの間にかパン屋なんてどうでも良くなっちゃったんだよな。
でも、覚えてるよ、私。
パンなんて、いつでも作れるよ。
だって、これから一緒に冒険するんだから。
だから、楽しみにしていてほしいな。
一応、パンを作る練習もしてるし。
「背中、大丈夫?」
「ちょっと、めくって確認してくれない?」
私は恐る恐る彼の着ている服をめくった。
率直に言えば、見なければよかった、と思った。
真っ赤だった。人間の肌は、こんなにも赤くなるんだ、と思った。
「ねえ、どうだった?」
私は、「まあ、ええ、多分大丈夫」と彼に言った。
「結構まだ痛むんだけどね、」
カイトが「ありがとう」と言ってくるりと振り返って私の方を見た。
「いや、本当にごめん、」
「大丈夫だって、」
さすがに、気にせずにはいられない。
そりゃ、「あんなに注意したのに、」という他責の念もあるにはあるが、やはり自分のやってしまったことなのだ。
「まあ、今日はもう帰ろうよ。帰りに、ルナの家のパンでも買ってくよ。そうだな、乳母さんにも買ってあげるか」
そう言ったあとに、「さあ、帰ろう」と私の手を握ってくる。
「その、」
「もういいって、」
しかし、あの大アザを見たあとでは、やはり「ここからは明るく切り替えよう」という気持ちよりも、「申し訳ない」という気持ちの方が上回る。
私は、彼に引かれてとたとたと歩いていく。
「あのさ、気にしなくていいよ。でもさ、その代わりっていったらなんだけど、」
私は顔を上げた。
彼は、前を向いて歩いたままだ。
「一緒に、冒険行こうね。その、頼りにもしてるし、」
彼の顔が、先程の背中にも負けず劣らず赤く染まる。
そうだな。
「じゃあ、それで許してもらえる?」
「その、許しているんだけど、・・・どうしてもっていうならついてきてよ」
別に、こんなことになってもならなくても、私はカイトと一緒に冒険に行くつもりだったもの。
「私、美味しいパンを作れるように頑張るから、」
というと、カイトが立ち止まって、「そういえば、パン屋になりたかったんだっけ?あれ、」と焦りだした。
「いや、もう変わったからいいの。私は、」
世界だって、街だって、私が思ったより広いけど、でも、カイトだけなら、私が、
「新しい夢ができたからさ。だから、一緒に冒険行くよ、私も」




