第3話 変わらぬ、出会い
外は、案の定日差しが強かった。
店の出口から出る。
私はあまりの眩しさに、眉の辺りに手を当てて光を防いだ。
そして、目を細めながら周囲を見渡した。もう、色々な人たちが出歩いているみたいだ。
私の家(パン屋)は、街の中でもかなり幅の広い通りに面している。人だけでなく、馬車なんかも結構行き交う賑やかな場所だ。
それに、両親が時々陰口を叩いている「冒険者ギルド」なるものが、隣には存在している。家の窓から見下ろしているだけだが、そこには多くの冒険者と呼ばれる人が集まっており、魔獣やらの討伐でお金を稼いでいるらしい。
そして、近くには酒場もあるので、いつも冒険者の人たちで賑わっている。
夜中もうるさいので、私は好きではない。
・・・。
なんだろうか、店から少し離れたところにずっと突っ立ってこちらを見ている私と同い年くらいの男の子がいるではないか。
私は額に手を当てたまま、彼の方を見た。
すると、彼も時を同じくして私の方を見てきた。
自然と、目が合う。
なんだ、何者なんだ。
それにしても、ずっと見つめてくるな。同年代の子とは話したことはほぼない。
私は彼のことなんか気にせずにどこか別のところに行こう、と思ってくるりと踵を返そうとしたのだが、すると、「あの、」と、先程の男の子がこちらに声をかけてきた。
「あの、キミってそこのパン屋にいる子だよね」
私は、黙って頷いた。
少年がこちらにてくてくと歩いてくる。
「いつも、お父さんとかお母さんのお手伝いしてるよね?」
もう一度、黙って頷いた。
「あのさ、俺隣に住んでるんだ、」
ちょっと照れくさそうにうつむきながら、彼は私の家の隣にある冒険者ギルドを指さした。
ここの息子なのか。
「あのさ、俺カイトっていうんだ。名前を教えてよ、」
・・・・・。
なんだろうか。不思議な感覚だ。
知っているような、どこかで会ったことがあるような。
まあ、ずっと隣なんだから一回くらい会ったことがあってもおかしいことはない。
お母さんとお父さんは毛嫌いしているけれども、最低限のご近所付き合いは必要だもんな。
「私、ルナって言うの」
そういって、私は彼に手を差し出した。
すると、彼は「よろしく」と言って手をブンブンと振ってきた。
「ちょっと、痛いって、」
「あ、ごめん、」
・・・。
すると、彼は不思議そうに私を見つめてきた。
「・・・あのさ、俺達どこかで会ったことがあるよね?」
申し訳ないけど、覚えていない。
しかし、覚えてないとは言えないな。
「ああ、確かにね、あったよね」
なんとなく会話の歩調を合わせた。
すると、彼はニコニコとしながら「でも、どこで会ったんだっけ?」などと言いやがった。
そんなんなら、「会ったことあるよね」とか言うな。
「あのさ、今日はなんで一人なの?」
「その、たまには外で遊んでこいって、言われて、」
カイトは「へえ〜」と言って、少し考え込むような仕草をした後に、「俺と一緒に遊ばない?」と言ってきた。
まあ、一人で遊ぶと言っても、街中を歩き回って、おしゃれな服を眺めたり、広場にあつまるカラスを蹴散らしたりするくらいのつもりだったし、良いかもしれない。
それに、きっとお父さんもお母さんの「たまには外で遊んでこい」というのにも「友達を作ってこい」という意味がきっと含まれているのだろう。
それなら、またとないチャンスだ。
「じゃあ、いいよ。でも、夕方までには帰らないとお父さんとお母さんに怒られちゃうから、」
私がそう言うと、カイトは「じゃあ、こっち来てよ」と私の手を引っ張った。
乱暴な子だな、と思ったが、私は彼について行った。
街の大通りを駆け抜け、たどり着いた先は、街の噴水広場だ。
結局、私が行こうとしていたところとなんら変わりないではないか。
カイトは、「ハア、ハア、」と言いながら膝に手をついて息を整えている。私も、同じように息を整える。本当なら、地面に寝転がりたいくらいだが、この汚い地面に寝転がるのは死んでも嫌だったので、その場をぐるぐると回りながら少しずつ息を整えていった。
「ハア、あのさ、ハア、」
私は「大丈夫?」と言ったあと、つい吹き出してしまった。
「ゆっくりで大丈夫だよ、焦りすぎ!」
「いやあ、ハア、ごめんごめん」
私は引っ張られるようにして彼についていったのだから、彼には私以上の負担がかかっていたのかもしれない。
「ハア、・・・ごめんごめん」
カイトは膝から手を離し、起き上がる。
「あのさ、ルナちゃんっていつも家にいるの?その、俺パン屋の手伝いしているキミのことは見てたからさ、」
私は「もしかして、こいつ、私がつまみ食いしているのに勘づいているのでは、」と思い、背筋が一瞬凍りつく。
「え、その、・・・なんで知ってるの?」
「知ってるって、その、見てるからさ、」
「え!!ちょっと、」
私は彼の両手首をしっかりと掴んで、彼の顔を引き寄せる。
彼は目を見開き、顔を少し赤くする。
「私がつまみ食いしてるの、絶対に誰にも言わないでよ」
耳元で囁いたつもりが、結構大きな声が出てしまっていたみたいだ。
すると、彼は少し間を開けてから、「え、いや、あはは、違うよ違うよ、ルナちゃんそんなことしてたの?」と言った。
「え、違うの?知ってるって、」
私は、自滅したことを悟り、焦った。
「ちょっと、その、違うの、」
「大丈夫大丈夫」
彼は笑いながら私のことを見て、「誰にも言わないってば。俺達だけの秘密だね、」と言った。
「ほんと、誰にも言わないでね、」
もう、雨の中家の外に締め出されるなんてことは嫌だ。
「そんなに、怖いの?」
カイトは焦る私を、完全に面白がっていた。
こっちは、そんな余裕なんかないのに。
「ルナちゃんのお父さんとお母さんは、結構厳しいの?」
どうなのだろうか。
別に、厳しいという程ではないと思う。私が、家の手伝いをせずに遊んでばかりだったら、もしかしたらもっと怒られていたかもしれない。
「別に、そんなに厳しいわけじゃないかな?」
するとカイトはまた、「へえ〜」と相槌を打った。
「そういえば、カイトくんの家って冒険者ギルドってことなの?」
彼が私の家の隣に住んでいる、というなら、そういうことになる。
あの、悪名高い冒険ギルドだ。
「まあ、そうなんだけど、」
「ギルドの中って、どんな感じなの?」
いつもあんなにうるさくしてるのだから、気になって仕方がない。
私とカイトは、噴水の縁の部分といえばいいのか、へりの部分といえばいいのかわからないが、そこに腰掛けて横に並んだ。
「ギルドはね、大人がいっぱいいるよ。ものすごいでっかいおじさんとかいっぱいいるし、おっぱいの大きいお姉さんもいっぱいいる」
「へ〜、」
なんとなく、中の感じを想像する。
デカいおじさんに、おっぱいのでかいお姉さん。
なんだか、狭苦しそうだな、と思った。
「その、お父さんとお母さんは未だに冒険に行ってるから、代わりに育ててくれるおばさんがギルドで昼間働いてるんだよ」
「ええ!お父さんとお母さん家にいないの!?!」
完全に、知らない世界だな、と思った。
家に両親がいないなんて、とてもじゃないが考えられないことだ。
「だから、昼間は一人で外で遊んだりしてるんだ」
「すごいね一人で!!」
素直に、すごいと思ったのだ。
私は、このままお父さんとお母さんと一緒にパン屋をやっていくんだろうな、となんとなく思っていたのだから。
「まあ、家に帰れば乳母さんがいるから、その人に世話してもらってるんだけど、」
「えー!そんな人いるんだ!!」
私が驚くと、カイトは「俺は、ルナちゃんみたいにお父さんとかお母さんの仕事の手伝いしてるのも羨ましいけどね」と言ってきた。
「ええ、でも、一人で遊んでるのもすごいと思うよ!!」
羨ましがられて誇らしい気持ちはあったものの、やっぱり一人で色々できる人への憧れ、というようなものはある。
「カイトくんは、将来なにかになりたいとかあるの?その、冒険者ギルドをやるの?」
ほんと、あそこに入っていく人たちは皆物騒だ。
あの、強そうな人たちをあんなに集めて、何をするというのだ。怖くて仕方ない。
できれば彼が大人になるころには、あの冒険者ギルドには潰れてほしいな、と願っているのが私の本心だろう。
「俺さ、冒険者になってみたいんだよね、」
冒険者か、
「ん〜、じゃあ、大人になったらあの、冒険者ギルドはなくなるってことでいいの?」と私が聞くと、カイトは「それは、どうなんだろう」と言った。
「私はね、パン屋をやるんだ。お父さんとお母さんと一緒に、」
足をブランブランと揺らしながら、私はそう言った。
「俺も、お父さんとお母さんと冒険してみたいんだよ、」
カイトは、少し悲しそうにうつむきながらそう言った。
後ろでは、噴水から吹き出る水が更に細かい粒となって、ほんのりと私たちの背中を湿らせていた。
「あのさ、とっておきの場所があるんだけど、そこに行ってみない?」
私は「もちろん」と答えた。
私は立ち上がり、彼の手を引っ張って無理やり立たせた。
「ちょっと、痛いよ、」
「そんな力入れてないもん、早く連れてってよ」
そういって、私たちは手を繋いだまま、とっておきの場所とやらに向かっていった。




