第2話 転生
外には、あまり出たことがない。
私は思うのだ。
天気とか、虫とか花とか、皆意地悪だって。
雨が降れば、街からは悪臭が漂ってくるし。
花は咲いても、すぐに枯れる。
自然は神様だってお父さんやお母さんは言う。
すごい、納得できる。
だって、神様は意地悪だから。
というか、きっと意地悪が好きなんだ。
壁の向こうから色々な人の声が聞こえてくる。
今日も、街は賑やかだ。
「ちょっと、ルナ、手伝ってもらえる?」
母の声だ。
私は階段を駆け下りる。
「何手伝えばいい?」
私はルナ、七歳。
家の手伝いが好きな、普通の女の子だ。
「ちょっと、パンが焼けるのを見張っててよ」
私の家は、街のパン屋だ。
といっても、他にもパン屋は結構ある。
そのうちの一つだ。
小さい頃からずっと、家の手伝いをしてきた。
パンを食べるのも作るのも好きだ。
将来だって、私はこの店を継ぐのだろう。
この家の一階は、広い製パン室となっており、大きなかまどが一つあり、家で作っているパンは、必ずそこで焼かれ、そこから出てくるのだ。
ホント、パンって不思議だと思う。
ただの小麦を丸めたものが、かまどに入れるとあんなに膨らんで全然違う見た目で出てくるのだ。
食べるのは、作るのより好きだ。
いつも、焼き上がったパンをこっそり食べているんだけれども、以前母にそれが見つかったときは、こっぴどく叱られ、家から締め出されてしまった。
その上雨まで降ってきて、本当に散々な日だった。
まあ、だからといってやめられるわけではないので、今ではこっそり焼き上る前のパンからほんの少し引きちぎったものを丸めて、一緒にかまどに入れて焼くことで、なんとかつまみ食いを成功させている。
もう七歳だというのに外に出されるのは、ごめんだ。
「どう?まだ?」
母は、忙しそうに生地をこねている。
父は、今は小麦の買い出しに出かけている。
いつも母と父が二人でパン屋の切り盛りをしている。
私が手伝うと言っても、せいぜいパンが焼けているか見張ったり、掃除をしたりするくらいだ。
早く、私もパンを焼いてみたい、そう強く思っている。
「まだだよ、お母さん」
「焼けたら言ってね!」
そう言って、母は仕事に戻った。
パンを作れば、みんなが喜んでくれる。
食べることは、皆が好きなはずだ。
小麦の焼けるいい香りがしてくる。
自然と腹の虫も鳴く、というものだ。
そんなこんなで、夜になればさすがにパン屋は閉店となり、私たち家族は二階で夕飯を食べる。
っと、その前に公衆浴場に行ってから、夕飯を食べる。
夕飯は、大体パンを食べる。
今のところ、飽きてはいない。
父親は私が「ちょうだい」と言っても基本パンを分けてくれることはないので、私は母に「ちょっと分けて」とねだる。
すると、機嫌の悪い日以外は「仕方ないわね」と分けてくれる。
「なんか、最近ちっちゃい男の子がよく来てるわよね」
「ああ、お隣のガキだろ?まあガキもそりゃ来るだろ。でも、あいつ奥までジロジロ見てきやがる」
父と母の世間話のようなものにはまったく興味が無いので、その時間は、黙ってパンにかじりつくことにしている。
「お隣、冒険者ギルドだっけ?いつも物騒というか、うるさいわよね。冒険者って意味がわからないじゃない、」
「そりゃ、あいつらは楽して稼いでるろくでもない連中だからな。俺達は冒険者なんていなくても生きていられるけど、あいつらは俺達無しじゃ生きていけないだろ。ホント、冒険だなんて、バカバカしい。全員死んでしまえばいいんだ」
「それに、急に来て、大量に頼んでくるじゃない。本当、面倒だわよね、」
なんとなく父と母の話を聞いていて思うのは、父と母はあまりパン作りのことを楽しんでいない、ということだ。
いつも、周りの愚痴ばかり。
まあ、それら色々が犠牲となって、美味しいパンが出来上がっているのかもしれない。
色んな人がパンを食べるのだ。そのパンを作っている人って、なんだかすごい人だと思うのだ。
だから、私もそんなふうになりたいな、と思う。
みんなを支える人に。
でも、外へ出るのはあまり好きではない。
自然と触れ合うのが良い、と両親に言われて街の外へ抱えられながら出かけたことはあったが、やはりいい思い出はない。
それに、ここにいればパン屋として十分に色々な人を笑顔にできるのだから、外に出る理由なんてものはない。
「そういえばさ、隣の子供が今日来た時に、「おばさんって子供いるの?」って聞いてきたのよ。ほら、家のルナはあんまり外に出してなかったからさ、」
私自身、あまり外が好きじゃない、というのもきっとあるだろう。
「あのさ、ルナ」
「どうしたの?」
私は、あと一片ほどの大きさとなったパンを口の中に放り込み、母の方を向く。
「たまには、外で遊んできたら?そのね、」
「え、嫌だよ!!」
母は、少し悩んだように首を傾げ、「あなたも、外に出した方がいいと思うわよね?」と父に同意を求めたのだ。
ちょっと、それはずるいわよ。
「そうだな。ルナ、明日はどこでもいいから外で遊んできなさい!夕方には、戻ってくるんだ」
「ええ、嫌だよ、私」
私は一応最後の抵抗として駄々をこねてみたが、どうやら効果がないどころか逆効果となってしまい、父が「黙って外に行ってこい!」と私に言ってきた。
仕方ない。
食事が終われば、あとは自分の部屋に戻り、明日が来るのを待つだけだ。
夜は、一人で寝る。
外になんて行きたくないから、明日なんて来なければいいと思っていた。
ベッドの上で、眠らなければ明日なんてものは来ないんじゃないか、と思ったから、横たわったまま両手で目をパッチリと開いていた。
が、寝てやるもんかなんて思っていたけれども、七歳の体には睡魔に対抗する手段なんてない。
私は、いつの間にかしっかりと布団の中に体をしまって、目をつぶり眠りについていた。
翌朝。
まあ、誰に起こされるでもなく自然と私は目が覚めた。
まあ、よくよく考えれば外に出るだなんて別にどうってことないことだ。
まあ、嫌なのは事実だが。
私は一階に下りる。
すでに、パンの芳醇な香りが漂ってきている。
今は、いつくらいだろうか。
私は一度二階に戻り、部屋の窓から太陽の位置を確認する。かなり、高いところまで登ってきているみたいだ。
いつもより寝過ごしてしまった。まあ、両親も今日は勝手にしろ、という感じなのだろう。
普段は外になんか、出かけない。
そりゃ、街にいるんだから出かければ子供が歩いていたりする。
同年代で仲の良い子は今のところいない。
・・・、
仕方ない。
本当なら、このままずっと両親の手伝いをして、そのままなんとなく大人になって、パン屋を継げばいいと思っていたけれども、そうは行かないのだろう。
私は、外に出る用の服に着替える。
靴も、履き替えよう。
それにしても、今日はかなり日差しが強そうだ。
一度、ベッドに座る。そして、寝転ぶ。できれば、行きたくはないな。
「ルナ!起きたの?」
母親の声だ。私は寝転んだ体勢のまま母に「起きてるよ!」と返事をした。
「起きてるなら、外に出かけてきなさ〜い」
仕方ない。
私は足を上げ、下ろす反動で起き上がる。
「・・・行くか、」
私はのたのたと階段を下る。
一階では、父と母が忙しそうにパン作りに励んでいる。まだ、店が開く時間ではないみたいだ。
「行ってきます!!」
とだけ言って、私は店の外に出た。




