第17話 フェイトマジック
男は、私の魔法で吹き飛び、またたく間に壁に打ち付けられ、頭をクラクラとさせていた。
私と男の呪文はほぼ同時に唱えられたので、フィンは男が吹き飛ぶ前に男の呪文を喰らってしまったみたいだ。安息を与えられたフィンはあくびをしながらその場に座り込んでしまった。
仕方なく私が壁にぶつかって気を失っている男の両手両足を縄で縛った。
で、そのあとに一通りの魔法を空撃ちして、「エンデュルカム」と男に向かって唱えると、男はすっかり安心したようで、大人しくしていた。
少しすると、カイトが目を覚ます。
「お〜い、フィンでもルナでも、どっちか起こしてくれ」
と寝転んだ状態のまま彼が言うので、私はカイトを支えるようにして立ち上がる。
「・・・それにしても、結局ルナに助けられちゃったわけだけど、俺はあれを喰らわなきゃ駄目だったの?」
せっかく私がこんなに頑張ったのにそんなことを言うのか、と少し呆れそうになったが、「別に、私一人でもできたのに、」とその時の私は彼に対して少し強がったのだった。
それにしても、やっぱり「エンデュルカム」の力は偉大だな、と思わざるを得ない。
強さも何も関係なく、こうやってただただ相手を落ち着かせるための魔法なのだから。
男は、壁に寄りかかった状態でヒョコんと座っている。
「あれ、もうこの人大丈夫なの?」
「私が魔法でどうにかしたんだから、」というと、カイトは少し私に顔を近づけて「本当、助かったよ」とそっと私の耳に言葉を置いた。
まあ、手の縄くらいはほどいてもいいか。
私は男の手の縄をほどく。すると男は「どうも」と少し頭を下げた。
フィンも立ち上がって男に、「まあまあ、お茶でも飲みませんか?」とカバンの中からコップを取り出そうとしていた。男も、「それじゃ」と言ってなんのためらいもなくそれを受け取った。
こんなのが、魔王軍の幹部なのかしら、と思いたくなるが、先程の戦闘でわかった通り、私よりも魔法使いとしての力量は上だし、魔法以外の戦闘もお手の物なのだから、やっぱり魔王軍っていうのはすごいのだな、と思わされた。
フィンが「二人も飲みなよ」とコップを渡してきたので、私とカイトは顔を見合わせてから、「まあいいか」と言って、四人で路地裏でお茶会を開くことになった。
フィンがそこら辺のそこら辺に落ちている燃えそうなものを集めたので、私がそこに「フレイ」の魔法を唱え、その上でお茶を沸かした。
と言っても、お菓子とかは用意していなかったので、ただお茶を飲んだだけになったのだが。
「あの、魔王ってどこにいるんですか?」
カイトが言い終わったあとに、ずず、とお茶をすする。
「ああ、最近は森の中に拠点を作って、そこで暮らしているらしいね」
言い終わると男もお茶をずず、とすすった。
「それにしても、このお茶ってなんだか、甘い香りがしていいですね。その、苦さもありつつって感じで」
と男が言うと、フィンが「いや〜、そうですよね。なんか、スッキリしてていいんですよ」と言う。
路地裏は、ジメジメしているので若干お茶の味も霞んでいるように思うのだが、魔法を喰らった二人はそんなことお構いなしにお茶を楽しんでいた。
「その森ってどこですか?」
私はずず、とお茶をすすったあと、男にそう尋ねた。
すると男も同じようにお茶をすすってから、「この街の、出口の方の検問を抜けて外に出たところにある道をまっすぐと進むと、わかると思いますよ」と答えた。
こんなにあっさりと聞けるとは思わなかったな。
それに、これでこの街にいる魔王軍もほぼ全滅したわけだ。
私は隣にいるカイトを見て、「これで、だいぶ魔王に近づいたんじゃない?」と言った。
すると、カイトは少し遠くを見ながら「そうだけど、」と言葉を濁した。
「え、どうしたの?お父さんとお母さんに認めてもらうんでしょ?」
「まあ、そうなんだけど、なんだかもっと大事なことがあった気がするんだよな〜」
大事なこと、か。
でも、案外自分の気持ちって自分でもわからないものだ。
「大丈夫だって。そんなのは、これから探していけばいいじゃない!!」
私がそういうと、カイトは「まあ、そうかもね」と私の方を見て言った。
そして、男から一通り情報を聞き出し、私は念のためもう一度「エンデュルカム」の魔法を男に使用した。男は完全に安心しきったようで、「ちょっと、俺寝ますわ」と言って赤子のようにすやすやと眠りだした。
フィンの方は、少しずついつもの調子に戻ってきたようで「そろそろ帰るか」と言ってお茶会の片付けを始めだした。
「それにしてもさ、魔法ってすごいね。こんな、敵と話し合うなんて思ってなかったよ」
だからといって、いいことばかりじゃないけれども。
「魔法は万能というか、怖いものだよ。だって、どうにも拒否できないんだもん」
魔法使いなんだから、色々とわかっているさ。
この力は、特別ではあるが、人間の力なのだから、実に人間らしいように思える。
きっと、他人からの思いとか感情っていうのは、拒否することができない。
魔法は、きっとそれと同じようなことなのだ。
一時的に回避できても、完全に拒否することはできない。
「とりあえず、この人警察に連れて行こうよ」
カイトが「そうだな」と頷いた。
「あ、でもまだ微妙に手が痺れてるみたい。ちょっと、フィン!」
すっかり心が綺麗になったフィンが、「なんでしょうか」と見たことのない腰の低さでこちらに小走りで向かってくる。
「あのさ、この人運んでよ」
フィンは「了解」と言って、男を肩に担ぐ。もう片方の手にはお茶の道具が握られていた。
私たちは男を警察に届けた。
警察は、またか、とため息交じりに対応をしていた。
この街の平和を乱していた大元を倒したというのに、この反応なのだ。そりゃ、この街が嫌になる人だっていっぱいいるだろう。
金を渡せば大人しくなるわけでもない。彼らの日常というのは、日中働いた金を、夜全部使う、というものなのだから。金なんて、すぐに使って終わりだ。
賢い人間は、みな夜店を開けて客を誘い込むわけだ。
初日に行ったレストランだって、金持ち用ではなく、散在用の店なのだ。
まあ、それが悪い、というわけでもなにだがな。
「でも、これでこの街ともお別れだよな〜。ちょっと寂しいかも」
警察に男を届けた帰り、私とカイトはそんな話をしていた。
フィンは、自分の宿が私たちとは違う場所にあるので、そこに帰っていった。
街で一番広い通りを歩きながら、私は行き交う人々を見ながら、「そうだね」となんとなく相槌を打った。
「でも、なんかモヤモヤしない?」
この街に住む人達の問題は、何も解決していない。
しかし、街行く人は皆普通の生活を送っているように見える。
「その、やっぱりさ、ここにはここの価値観みたいなのがあるんだよ」
私がカイトの方を見ると、彼も住民を見渡しながら「ここが合わないと思う人はさ、外に出られるようになればいいんだよ。そのためにもさ、俺達で魔王を倒そうよ」と彼が言った。
「・・・それって、関係あるの?」
私が冷静に聞き返すと彼は、「・・・え〜、じゃあどうすればいいんだろう」と悩みだした。
「でも、魔王を倒して勇者になればさ、この街もなんとかできるかもね」
本気でそんなことを思っていたわけではない。
きっとその場しのぎでしかないと思ったけど、でも、その問題を本気で考えているカイトの前で、私が諦めるのはよくないと思ったのだ。
カイトは、まだ不服そうな顔でこちらを見てきた。
私は立ち止まる。
「あれ、どうしたの?」
そして、カイトの耳を掴んで引き寄せ、「そんなことはあとでいいからさ、まずは勇者を倒そうよ!」と耳元で言った。
私がカイトの耳から手を離すと、カイトは耳をさすりながら、「怖いよ、そんな急に、」と言ってから、「まあ、そうなのかもね」と言った。
一度繋がりを持ってしまったのだから、逃れることはできない。
けれども、今はなんとかそこら辺に落ちている物を身代わりにして行くしかないのだろう。
「今日はつかれたし、早く帰ろうよ、」
そういうとカイトは耳をさすりながら、「そうだね」と言った。
これでこの街ともお別れなのだから、もうちょっとカイトと何か思い出を残したいと思ったのだ。
「あのさ、まだ夜まで時間あるしさ、やっぱりもうちょっと買い物してきてもいいかな?」
カイトは空を見上げ、時間を確認してから、「そうだね」と言った。
「一緒に行こうよ」
今度は、隣を歩くカイトの手を引く。
まだ、彼の手は少しプルプルと震えていた。




