Fear and Unfair⑧
「……何だ……これ……?」
東の光に向かって自転車を走らせていた悠真は、田園地帯を抜けて市街地に差し掛かった瞬間、眼前の光景に絶句した。
多くの人が血を流して倒れている。
生死は不明だが、夕日とともに血が地面を紅に染めているのを見る限り、望みは薄いだろう。
「何が起こっているんだ!?何だこの異常な破壊の跡は!?」
驚きのあまり、自転車を停めることも忘れて歩き出してしまい、ガシャーンと自転車が倒れた。
しかし、この異常な光景と比べればそんなことはどうでもよかった。
ビルや家が倒壊している。
それも地震や台風で倒れたものとは明らかに違う。
鉄筋が大きくねじ曲がり、内部から崩壊している。
まるで鉄筋自身が意思を持った大蛇のようにのたうち回り、建物を喰い破ったような跡だ。
そして至る所で火の手が上がっている。
四ツ辻で見た赤い空は、この火が原因だったのだ。
「どうやったらこんな破壊のされ方するんだ……?生存者はいないのか?」
血と焦げ臭い匂いが満ちた空気に鼻と口を手で塞ぎながら辺りを見回す。
「そもそもこんな被害が出てたらニュースになってるだろ!!警察は何をやって──」
崩壊した市街地の歩道を進み、交差点を右折した瞬間、悠真の目に大きな白い金属の塊が飛び込んできた。
「……ッ!!何だこれは!!」
よく見るとサイレンや警察のマークが見える。
かつてそれはパトカーだったのだろう。
しかし形は歪にひしゃげ、窓ガラスは砕け、内部から無数の刃が生えていた。
まるで口を閉じた鮫が中から覗いているようにも見えた。
「ゴホッ……ゴホッ……酷い血の匂いがする……。」
塞いだ手越しにも感じる血の匂いに思わずむせる。
恐らくこの中には何人かの警官が──。
しかし、それを確認する勇気はなかった。
悠真はパトカーに背を向け、反対側の道へ走る。
「一体この街はどうなっているんだ!!災害なのか?テロなのか?それとも大掛かりなドッキリか何かなのか?」
数分の出来事で思考は混乱していた。
マシンガンのようにあらゆる可能性を撃ち出すが、どれも核心を撃ち抜かない。
やがて弾切れが訪れ、何も浮かばなくなった。
状況は分からない。
しかし次に気になったのは華音たちの安否だった。
御代学園には部活動中のクラスメイトもいる。
彼らはこの被害を知っているのか、安全な場所に避難しているのか。
そう思った悠真は踵を返し、自転車を置いてきた方へ走った。
崩壊した歩道を走っていると、突然ガッ!!と脚を掴まれた。
「うおぉっ!!」
驚いて情けない声を出してしまう。
見ると、路地裏の小道に小学校低学年くらいの少女がいて、悠真の脚を掴んでいた。
服は汚れだらけで、この未曽有の災害から命からがら逃げ延びた生存者であることが分かる。
「お兄ちゃん……助けて……」
少女は縋るような目で見上げてきた。
「大丈夫か?一体何が起こっているんだ!?街がめちゃくちゃで、人も沢山死んでいる!!」
「うっ……うっ……分かんないよぉ……。急におうちが全部崩れて……車もぺちゃんこになっちゃって……うっ……うっ……。」
突然知らない男に捲し立てられたことと災害のショックで、少女はわっと泣き出した。
「ごめんな!!急に大きな声出して悪かった……。俺は悠真っていうんだ。大丈夫だから。ゆっくりでいいから落ち着いてな……。自分の名前は分かるか?」
子供の相手などほとんどしたことがない悠真は、慌てて少女をなだめる。
「マリン……堀マリンっていうの……。」
「そうか……マリンちゃん。俺はキミの味方だから安心していいぞ。」
悠真はマリンの頭を撫でながら微笑む。
「それで、俺はさっきここに来たばかりで何が起こったのか分からない。分かるところまででいいから教えてくれ」
「うん……分かった……。」
涙を拭いてマリンは話し始める。
「パパとママとマリンの3人でおうちにいたら、急に大きな音がしたの……。お外を見たら、おうちやビルがどんどん崩れてきて……危ないから逃げようってお外に出たの……。そしたらマリンたちのおうちも崩れて……。」
悠真はその話を聞き、この惨事がただの自然災害では説明できないと確信した。
「車で逃げてたんだけど、車も動かなくなって……どんどん車がぺちゃんこになっていって……。お母さんが窓から逃がしてくれたからマリンは逃げられたけど……パパとママはぺちゃんこになっちゃった……。パパ……ママ……うっ……ひぐっ……会いたいよ……。どこに行っちゃったの……?」
再びマリンは泣き出した。
彼女が嘘をついているとは思えない。
災害やテロでは説明がつかない超常現象ばかりだ。
そして彼女はこの災害で、自分や華音と同じように親を失ったのだと胸が痛んだ。
「大丈夫……マリンちゃん……。まだパパとママがどこかで生きているかもしれない。とにかくここは危険だから、安全なところに避難しよう……。」
彼女の説明を聞く限り、両親は道中で見たパトカーの警官と同じように──
だが、そんな残酷な真実を幼い少女に告げられるはずがない。
「うん……。」
少し落ち着いたのか、マリンは返事をした。
悠真は立ち上がり辺りを見回す。
破壊は広範囲すぎてどこまで及んでいるのか分からない。
──アイツが心配だ。
スマホを取り出し、電話帳から「灰月 華音」を選択する。
数回のコール音の後、ガチャッと通話が繋がった。
「あぁ……カノン……俺だ。もう家に帰ったか?そっちは大丈夫か……?」
先刻のこともあり、少し気まずそうに切り出す。
「……ザ……ザザザ……」
向こうから不気味なノイズが流れる。
「オイ!!カノン!!大丈夫か!?今どこにいる!!」
「……ザ……ザザ……今……ザザ……公園……だけ……」
微かに華音の声が聞こえた。
「早く逃げろ!!街がめちゃくちゃで、人がたくさん死んでいる!!何か分からないが、とんでもないことが起きている!!」
どこまで向こうに聞こえているかは分からないが、惨状を伝える。
「……ザ……ザザ……どういう……?……どこに……るの……?」
向こうから尋ねる声が聞こえる。
一応こちらの声は聞こえているようだ。
「今すぐ安全な場所に──」
ザーーーーッ!!プツッ!!
言い終える前に通話が切れた。
「クソッ!!通信障害まで起きているのか!!」
真っ黒の画面に余裕のない自分の顔が映る。
電源すら点かない。
完全に壊れたようだ。
「お兄ちゃん!!危ない!!後ろ!!」
マリンが後ろを指さして叫ぶ。
振り返ると、歪んだ車がこちらへ飛んできていた。
「うおぉっ!!」
悠真はとっさにマリンを抱えて道路へ転がり込み、車の軌道から外れる。
ドゴーンと車が歩道にぶつかる音が背後で響き、車の部品や歩道のタイルの破片が背中に当たった。
「いってぇ……。大丈夫か?マリン?」
背中がヒリヒリするが、マリンの安否を確認する。
「うん……大丈夫……。」
「そうか、なら良かった……。しかし……なんで車が飛んでくるんだ!?」
立ち上がって辺りを見回すと──
「何やら騒がしいと思ったら、まだ生き残りがいたのかァ!!」
上から声が響いた。




