Fear and Unfair⑦
「俺は……。」
ウラニウムは少し考えて話し出す。
「俺は……正直人類に関しては何とも思っていない……。お前たちが何をしようが俺には関係ないからな……。」
華音は少し寂しそうな顔でこちらを見る。
「だが、俺とお前達は近い存在だと思っている……。」
「どういうこと……?」
華音は少し驚いた様子で尋ねる。
「俺はお前たちと同じで寿命がある存在なんだ……。質量保存の法則ってわかるか?」
「うん……。化学反応の前後で物質全体の重さは変化しないっていう基本的な法則でしょ?それがどうしたの?」
「あの法則は、ある元素が急に他の元素に変わったりしないということを意味している……。つまり、基本的に元素とは不変なんだ……。だが、ウランは違う……。重すぎて不安定なんだ……。だからある時、もっと軽い元素に崩壊し変化してしまう……。この時に膨大なエネルギーと放射線が出される……。故にウランは寿命を持ち、俺もいずれはこの宇宙から消滅する定めにある……。」
「ウランってそんな元素だったの……?なんだか恐ろしいイメージがあったけど、そんな悲しい運命を背負っていたの。でも、いつその時が来るの?」
「分からない……。少なくともすべてのウランが宇宙から消滅するのに数百億年以上かかるだろうから、それくらいだろうな……。」
「そんなのほぼ永遠じゃない!?」
華音は人類としてまっとうな指摘を入れる。
「確かに、お前たち人間にとっては永遠に近い時間だろう……。だがアトムたちにとっては違う……。彼らは文字通り永遠で不滅の存在……。宇宙の根源である彼らにとってそれは誇りでもある。だから俺のような不完全なアトムは“命あるもの”と呼ばれ蔑まれる。」
「“命あるもの”……?」
「そうだ。彼らにとって“命”とは変化そのもの。不滅とは対極の概念だ。宇宙の根源であるにも関わらず、この世界に存在を保てないとは、世界に拒絶された失敗作そのものだ。だから彼らは命を蔑み、嫌悪する……。」
ウラニウムは悲しげな眼で夕日を眺めていた。
その姿は昼休みに校庭を眺めていた悠真と重なった。
──この世界の不条理に押し潰され、動けなくなってしまったアイツに。
「……そんなのおかしいよ。」
華音は俯いて静かに呟く。
「どうした……?」
ウラニウムは彼女の方を見る。
「そんなのおかしいって!!命がそんな風に思われていいはずがない!!神だか何だか知らないけど、そんなの傲慢よ!!」
華音の声が二人だけの公園に響く。
夕日に照らされた彼女の顔を見たウラニウムは驚く。
「お前……また泣いて……。」
「泣いてなんかいない!!」
「いや……泣いてるだろ……。」
ウラニウムは再び戸惑う。
この女は出会ってから予想外の行動ばかり起こすので、全く対処法が分からない。
「ごめんなさい……。私も母親から似たような扱いを受けていたから……。身内から虐げらた境遇と重なってしまうの……。一緒にしないでって思うかも知れない。でも、これだけは言わせて!!私たち人間は確かにあなた達から見たら一瞬しか存在できない、ちっぽけな存在かもしれない。けど、命をそんな風に否定するのは許せない!!」
意外そうにウラニウムは尋ねる。
「だが、命がなければお前の父親も幼馴染の両親も死ななかった……。母親も幼馴染も変わらなかった……。永遠に不滅であればそんな悲劇も避けられたはずだ……。」
「確かに私達が永遠に生きられれば今より幸せだったかもしれない……。でも、それは違うと思うの……。」
華音は潤みながらも自信に満ちた目で彼を見る。
「何が違う……?それにウランが不滅ならお前たちの国は核の炎に包まれなかった……。放射能に怯えることもなかった……。」
「それも違う……。それは私たちが使い方を間違えただけ。あなたは悪くない。それに命がない不滅っていえば聞こえはいいけど、それって何も進歩することがないってことじゃないの?」
ウラニウムは言葉に詰まる。
「それに私の母さんも、アイツも悪い方に変わってしまったけど……逆だってあり得るはずよ。難しいことかもしれないけど、良い方にだって変わることもできるはず。変えてみせる。」
華音は曇りのない瞳で彼を見つめる。その言葉は、何も変えられない自身にも言い聞かせているようだった。
「人は皆、そんなことを考えているのか?」
華音はそっとウラニウムの手を取る。
先程のように彼を恐れる様子はない。
「そう。私たち人類は瞬きのような一瞬しか生きられない。でも、だからこそ、その一瞬を一生懸命生きるべきだと思う。それはとても美しいことだし、あなたにもそう生きてほしい。たとえ他のアトムが何と言おうが、私はあなたの命だって美しいと思う。ここに来るまで誰も傷つけなかったってことはあなたも命の美しさが分かってるのよ。だからあなたも、自分の命を誇りに思ってほしい。」
ウラニウムの中で、大きな何かが揺らいだ。
人類が実は地動説が正しいと気づいた時もこんな気持ちだったのかもしれない。
──命が美しい……?
そんな話、ここに来るまで一度も聞かされていない。
アトムたちにとって不都合だからか、単純に理解できないからかは分からない。
だが今、錆びついていた自分の命が輝きを取り戻した気がした。
今なら分かる。 俺がこの少女を殺せなかった理由が。
彼女の命の輝きがあまりにも眩しくて、 本能的にそれを奪えなかったのだろう。
──そして俺はこの娘を試そうとした自分を恥じた。もはや彼女を傷つけることなど到底できなくなってしまった。
ヴー……ヴー……
おもむろに華音のスマホが鳴り出した。
「電話だろ……出ていいぞ。」
ウラニウムが促す。
華音が携帯を取り出すと、「神代 悠馬」と表示されていた。
「ユーマ……?」
意外に思いながら応答を押す。
「もしもし……?ユーマ……どうしたの?」
少し気まずそうに電話に出る。
「……ザ……ザザザ……」
不気味なノイズが流れる。
「……?ねぇ?何も聞こえないんだけど?」
「ザ……ザザザ……カノン!!……ザザ……今どこにいる!!……ザザ……」
ノイズの波の切れ間から、悠真の声が聞こえる。
「え?今、公園だけど……?」
その必死な様子を不審に思いながら返す。
「早く逃げろ!!……ザザ……街がメチャクチャで……人がたくさん死んでいる!!……ザザ……何かわからないが……とんでもないことが起きている……ザザ……」
「どういうこと?どこにいるの?」
「早く安全な場所に逃げ──ザーーーーッ」
最後はノイズだけで埋め尽くされ、 やがてプツリと電話は切れてしまった。
「ユーマ……?」
夕日がどんどん傾き、 二人の影が長く伸びていく──




