Fear and Unfair⑥
「嘘でしょ……。あなたは“アトム”っていう、この世界の神で……人間の罪を裁くために私達を滅ぼしに来たっていうの!?冗談でしょ!?」
二人は人気のない公園へ移動し、ブランコに並んで座っていた。
さすがの華音も、頭を抱えながらウラニウムの告げた真実を受け止めきれない様子だ。
「残念ながら本当だ……。」
「信じられない……。元素の力を宿した神様みたいな存在がいるなんて……。じゃあ、あなたもその“アトム”っていう存在なの?」
華音は化学基礎の教科書に載っている周期表を眺めながら尋ねる。
「あぁ、そうだ。俺もそのアトムの一人……“U”。ウランを司る、周期表で最後のアトムだ。」
彼は華音に近づき、周期表の92番を指さした。
「えっ……ウラン……。」
華音の顔が青ざめ、無意識に身を引く。
「安心しろ。ウランと聞くと、お前達は核兵器や放射能みたいな恐ろしいイメージを思い浮かべるだろうが、あれはかなり特殊な条件での話だ……。天然のウランが核爆発を起こしたり、死に至るほどの放射線を出すことはない……。」
ウラニウムは淡々と告げる。
「ごめんなさい……。」
無意識とはいえ、彼を避けたことを華音は謝罪した。
「気にするな……。俺はここに来るまでに、人類の歴史、文化、生物学的特徴を全て頭に叩き込まれている……。お前達がウランを怖がるのも無理はない……。」
「でも……あなたがアトムって言われても信じられない。確かに恰好は変だけど、見た目は人間だもの。」
ウラニウムは少し考えた後、静かに言った。
「少し見ていろ……。」
彼は右手の拳を胸に当て、力を込める。
その姿に、華音はかつて自分に“魔法”をかけてくれた悠真を重ねた。
──あぁ、私が彼を恐れなかったのは、彼がかつての“魔法を使えた頃の悠真”と重なるからだ。
そう納得していると、ウラニウムの拳から淡い蒼い光が漏れた。
「手を出せ……。」
華音が両手を差し出すと、彼はそこに小さなペレット状の金属を置いた。
「何……これ……?」
「金属のウランだ……。今、俺の力で生成した……。」
「えぇ!?何てもの渡すのよ!?」
華音は思わずペレットを放り投げる。
「そんなに驚くな……。安心しろ……。天然のウランはそこまで危険性はないって言っただろう……。」
ウラニウムは右手でペレットをキャッチし、呆れたように言う。
「ただ、一応重金属だから手は洗ったほうがいいかもな……。」
「やっぱり危ないんじゃない!!」
──目の前の剣は平気なのに、こんなペレットにはビビるのか……。
ウラニウムは内心でため息をつきながら続ける。
「俺たちアトムには“コア”という力の源が備わっている……。そしてその力こそが“アトムパワー”だ……。今見せたように対応する元素を生成できる……。酸素のアトムなら酸素、炭素のアトムならダイヤモンド……そんな具合だ……。」
そう言うと、彼の掌のペレットから煙が立ち、やがて火が上がり燃焼を始めた。
「対応する元素の反応を促進することもできる……。ウランが空気中の酸素と反応して起こる酸化反応を加速させた……。もちろん、これを金属ウランに戻すこともできる……。」
掌の焦げたペレットは、火が収まり巻き戻し映像のように輝きを取り戻した。
「嘘……でしょ……。本当にあなたは人間じゃないの……?」
華音は呆気にとられた。
「さっきからずっと言っているだろ……。そしてもう一つ……このアトムパワーで肉体の再生もできる……。」
ウラニウムが拳を開くと、燃焼でできた火傷がみるみる消えていく。
「この力によってアトムは基本的に不死身だ……。お前達にアトムを殺すことは不可能だ……。」
「そんな……。じゃあ、あなたはその力で本当に人間を滅ぼしに来たの?」
華音は眼の前で起こった神業を目の当たりにし、現実を受け入れざるを得なかった。
「そうだ……。お前たちは92番より先の元素を創り、宇宙の根源を乱した……だから滅ぼされる……。」
「それってちょっと勝手じゃない?私は何もしてないし、一部の人が勝手にやったことでしょ?それで全員まとめて滅ぼされるなんて納得いかない!!」
華音は人類として当然の怒りを見せた。ウラニウムは少し安心した。
──そうだ、それでいい。怒れ。醜い本性を見せろ。言い訳し、責任をなすりつけ、己の利益を守る姿を見せろ。そして俺を失望させてくれ。
「でも、私達が滅ぶべきって思われるのは……仕方ないかもしれないね。」
華音は苦笑した。意外な返答にウラニウムはまたしても意表を突かれる。
「受け入れるのか……?人類の滅亡を……?」
「受け入れるっていうのとは違うかも。でも神様から見たら、確かに私たちは愚かなこと繰り返して、たくさん罪を重ねてると思う……。何より、人はすぐ悪い方に変わってしまうから……。」
華音は物憂げな目で遠くを見つめている。
「いろいろ話してくれたし、少し私のことも話すね。私の両親の話なんだけど……」
「両親……お前を産んだ父と母のことだな。」
ウラニウムは灰月華音という人間がどのようにして人類の外れ値になっていったのか純粋に興味があった。
「そう。私のお父さんは私が小学4年の時に病気で死んじゃったの……。勿論、悲しかったけど、もっと悲しかったのは、それでお母さんが変わってしまったこと。心が壊れちゃったみたいで……生活も堕落して、私にもきつく当たるようになって……愛されてないなって感じるようになったの。本当は一番助けてほしかったのに……。母親がいるだけ感謝するべきって思わないといけないのかもだけど、あれじゃあ独りのほうがよっぽどマシ。そんな感じでお父さんが居なくなってからは世界に取り残された気分だったわ。でも私は母さんみたいになりたくなくて、折れたらこんな風になってしまうような気がして……。それで一生懸命生きなきゃってずっと思って生きてきた。そうするしかないって思ってたの……。」
「……よく心が折れなかったな……。」
ウラニウムには──アトムには親という概念が存在しない。しかし、華音の異常な負の感情への察知能力や、どこか世界を達観した考えを体験したウラニウムにとっては、その経験がいかに凄惨だったかを想像するのに難くはなかった。
「心の支えがいたんだ……。幼馴染。あなたと顔が似てるって言った人。小さい頃はよく励ましてくれて、とても明るい奴だったの。どんなに寂しくても、どんなに辛くてもその子がいれば何とかしてくれるような、私のヒーローみたいな存在。でも私が小学6年の時、その人の両親が事故で死んで……田舎に引き取られちゃった。離れ離れになっちゃったの……。」
「じゃあ、そいつとはもう会っていないのか?」
「ううん。高校で再会したの。」
「なら安心だな……。よかったじゃないか……。」
「うん。とても嬉しかった。嬉しかったんだけど……。」
華音は言葉に詰まる。
「久しぶりに会ったそいつは、どうだったんだ?」
ウラニウムはその様子を見て興味深そうに尋ねる。
「久しぶりに会ったその人は、無気力になっちゃってて……。急に周りの大事な人がいなくなって自分も突然死ぬかもって思うと、一生懸命生きるのが怖くなっちゃったんだと思う。気持ちは分からなくもないけど、かつてのヒーローだった姿を知っているだけに見ていられなかった……。」
「……無理もないな……。子供には重すぎる……。」
「私はその人にもっと本気で生きてほしいのに、うまく伝わらなくて……。その人はその人で、私が無理しすぎてることを心配してて……。お互い気持ちをぶつけてばかりなんだよね。さっきも喧嘩しちゃったし……。」
「それで出会ったとき泣いた跡があったのか……。」
「えっ!!バレてたの!?」
「見れば分かる……。」
「それは……、恥ずかしいかも……。」
華音の夕日に染まった顔が少し赤くなる。
「それでね、最近思うの……。どうして人はそんな風に悪い方にばかり変わってしまうのかなって……。今まで良かっただけにね……。そう思うと、神様が滅ぼしたくなる気持ちも分からなくはないかなって……。」
ウラニウムは黙って聞いていた。
今の話を聞いて彼女に同情はしても失望することはできなかった。
華音は俯いていた顔を上げ、彼を見つめる。
「ねぇ?それで、あなたは私達のことをどう思ってるの? 滅ぼしに来たって言ってたけど、誰もまだ傷つけていないのは……理由があるんでしょ?」
「俺は……。」




