Fear and Unfair⑨
「──ッ!!」
悠真は声のする方を見上げると、異様な姿の大男が崩れた建物の屋上に立っていた。 ギリシャ神話の軍神マルスのような兜と鎧を纏い、周囲には2台の車が浮遊している。
「磁力で浮いているのか!?コイツが街を壊滅させたのか!?一人で?」
呆気に取られていると、男が口を開いた。
「俺の名はフェルム!!まぁ、お前らでいうところの“神”だ!! 俺は人類の罪を裁きに来た……見たところガキのようだが、お前らもこの街の人間のように死んでもらうぞ!!」
腕の刃を向けて告げる。
その刃は夕日に照らされたものとは異なる紅で染まっていた。
この未曽有の災害はこの男の仕業だ。
警察が動かずニュースにもならないのは、彼の強力な磁力で通信網が破壊されたためだろう。
「死ねェ!!ぶっ潰れろォ!!」
フェルムが叫ぶと、2台の車が降ってきた。
ガシャーン!!ドゴーン!!
轟音とともに土煙が巻き上がる。
「フン……すばしっこいガキめ……。」
「ゴホッ……ゴホッ……危ねぇ……。ごめんなマリン!!痛くなかったか?」
土煙にむせながら尋ねる。
「うん……どこも痛くないよ……。」
そう返したマリンの笑顔は引きつっていた。
そして声はか細く、体は震えていた。
無理もない。
両親を失い、今度は自分も死の恐怖に直面しているのだ。
「大人しく潰されていれば楽になれたものを……。」
ドスン!!
フェルムが地上に降り立つ。
「お前がこの街を壊滅させたのか!?一人で!?人類の罪って何のことだ!!どうしてこんなにたくさん罪のない人間を殺したんだ!!“神”のくせにどうしてたくさんの命を奪ったんだ!!俺たちに救いを与えるもんじゃないのか!!お前らは!!」
悠真は自分でも驚くほど腹が立っていた。
両親を失って以来神など信じていなかったが、こんな奴が神だから俺達の親は奪われたのではないかとすら思ってしまったのだ。
「フン……“命あるもの”の分際で生意気なァ!!よく見たらウラニウムの野郎とよく似た顔をしていて一層ムカつくぜ!!だが殺す前に教えてやろう。俺は“神”だからなァ!!神らしく真実を“与えて”やるかァ!!そうだァ!!俺が全部やった!!渋谷とかいう街からここまで通った街は全部ぶっ潰してやったわ!!理由はさっきも話したがお前たちの罪を裁くためだァ!!命乞いは一切受けつけん!!すべからく死んでもらう!!」
「罪って俺達が何をしたっていうんだ!!こんな小さな子供の命まで奪って何が神だ!!」
「お前ら人間が思い上がり、宇宙の根源の力に手を出し、“禁忌”を犯したからだァ!!それに!!子供の命がどうした!!命などという不完全なもの、永遠で不滅の俺からすれば塵に等しいわ!!」
──コイツとは分かり合えない。
価値観が違いすぎる。
言葉は通じても心は通じ合わない。
悠真はそう直感した。
「話は終わりだァ!!裁きの時間だァ!!」
フェルムの身体から血のように紅いオーラが湧き出し、それに呼応するようにビルの鉄筋がギギギ……と唸りながら鋭利な刃へ変形していく。
フェルムはアトムパワーで鉄筋の鉄原子を操作し、建物を内部から崩壊させていたのだ。
「嘘……だろ……。どんな力を使ったら鉄筋がこんな風に変形するんだ……。」
アトムパワーなど知らない悠真は、まさに神の御業を見せつけられていた。
そして理解した。
──コイツには敵わない。
俺達はここで殺される。
「不完全な“命あるもの”であるお前らは、死をもって始めて不変になれる。俺がそこまで上げてやる。さぁ、裁きを受け入れるがいい!!」
夕日に煌めく刃が立ちはだかり、獲物に群がる狼のように勢いよく迫ってくる。
世界がスローモーションになる。
──あぁ……俺はここで死ぬのか。
世の中には可逆と不可逆の事柄が存在する。
テストで赤点を取ったり、アイツと喧嘩をしたりしても、成績や人間関係は可逆だ。補習や仲直りで修復できる。
しかし、死は不可逆の最たるものだ。
死んだ人間は生き返らない。
どんなに泣いても悔やんでも覆らない。
俺はアイツの父親や自分の両親の死でそれを嫌というほど思い知らされた。
その絶対的な死が目の前に迫っている。
いつか自分も死ぬとは分かっていたが、こんなに早いとは──
ふと足元を見ると、マリンが不安そうな目でこちらを見ていた。
「ねぇ……お兄ちゃん……。マリンたち、死んじゃうの……?」
彼女の姿が、自分と重なる。
あぁ、この子も俺と同じ喪失を抱えて生きていくのか──
それならいっそ俺と一緒に……。
アクセルを失った今の俺では、この状況をどうにかできるはずがない。
そう思った刹那──
──じゃあアンタが変わってみなさいよ!!何かを成し遂げてみせなさいよ!!
アイツの声が聞こえた気がした。
悠真はハッとする。
「嫌だぁ……死にたくないよぉ……。」
泣きながら訴えるマリンの姿が、父親を失ったばかりの幼い華音の姿とも重なる。
──俺は何を考えていたんだ。
俺はまだ何も成し遂げていないじゃないか。
このまま死んだら、アイツに怒られる。
悠真はフッと笑い、マリンの方を見て言った。
「大丈夫。俺たちはこんなところで死なない!!俺がついているんだ、全部なんとかなる!!」
久々に心にエンジンがかかった気がした。
フェルムが生成した鉄筋の刃が俺たちに振り下ろされる──
しかし、俺はマリンの手を引きフェルムの方に向かって全速力で突っ込んでいった。
「あぁ!?何だァ!!コイツ!?こっちに向かってきているぞ!!イカレてやがるのか!?」
フェルムは、彼らは当然振り下ろされる刃に背を向け必死に逃げ惑うと考えていた。しかし全く予想外の悠真の行動にフェルムは戸惑う。
手に生やした刃をこちらに振り下ろすが一瞬初動が遅れた。
俺はフェルムの刃を避けてマリンを抱きかかえ、彼女が潜んでいた路地裏の道に転がり込んだ。
刃が俺の頭を掠めて髪が少し宙を舞い、ドスッという鈍い音を立てて道路に突き刺さる。
「クソッ!!抜けねェ!!」
奴が手こずっている間にマリンを両手で抱きかかえたまま路地の奥を進んでいく。
「逃がすかァァァ!!」
フェルムの叫びとともに両脇の崩壊した建物から鉄筋の刃がこちらに向かってくる。しかし振り返ることなく駆け抜ける。
俺の後ろをドスドスっと音を立てて刃が刺さっていき、刃に隠れてフェルムから俺の姿が見えなくなってきている。
依然攻撃は続いているが精度が下がってきている気がする。
──思った通りだ。
奴の攻撃は目視で制御している。
でなければ、俺はこの市街地に入った時点で攻撃を受けていたはず。
それにこの路地は俺でギリ通れる狭さだ。
あんなゴツイ鎧を纏ったアイツが通れるわけがない。
何より、この市街地の細い路地は俺たちが小さい頃この辺りで遊ぶときよく使った道だ。
よく熟知している。
当時はこんな入り組んだ迷路みたいな道を使って鬼ごっこなんかをよくしたっけ。
ついつい歩道に飛び出して危ないって大人によく注意されていたなぁ。
今となってはあんなアホなことよくやったなと思うがこんな時に役立つなんてな。
俺は口元を緩ませる。
「ねぇ、お兄ちゃん……。なんで笑ってるの?たくさんケガしてるのに痛くないの?」
抱きかかえられたマリンが心配そうに尋ねる。
俺はマリンを守りながら散々転がったり、飛び散る破片に当たったりして色々な所を擦りむいていたので無理もない。
「ん?メチャクチャ痛い!!でも大丈夫だ!!」
俺は笑って返す。
この痛みも生きている証と思えばむしろ心地良い。
それに俺はたくさんバカもやったしアイツにたくさん心配をかけたが今ここで死ぬべきだとは全く思わないし、死ぬつもりもない。
そう思いながら俺は路地を右に曲がり奴の視界から完全に見えなくなった。
悠真自身も気づいていなかったが、フェルムによる建物の破壊は瓦礫で内部の人間が圧死するような壊し方をしていたため、幸運なことに路地は瓦礫に塞がれることなく通りやすかった。
「クソがァァァーーーッ!!人間ごときが味な真似をしよって!!このまま逃げられると思うなよォ!!」
奴の怒号が遠くから聞こえる。
俺は構わず走り続ける。
昔の記憶を思い起こしながら“ある場所”に向かって──




