Fear and Unfair③
「フン……、ここが人間界か。思ったよりも発展しているようだな──」
無精髭の男──Feが周囲を見回しながら力強い声で言う。 隣のマントの男──Uは背を向けたまま黙っている。
「オォイ!!どうしたU!!ボーッと突っ立ってるんじゃねぇ!! ハイアトムからの直々の命令だぞ。“命あるもの”のお前には余りある光栄だ!! それとも何だ?同じ不完全な存在である人間を殺すのは気が引けるのか?」
フェルムが顔を覗き込むように睨む。
「忘れたわけではない……。ただ、これだけ数が多いと効率を考えねばキリがない……。 そう思っただけだ、Fe。」
ウラニウムは目を合わせず淡々と返す。
「フン!!“命あるもの”のくせに偉そうに分かったような口を利きやがって!! 俺はお前と違って完全な存在なんだァ!!見つけた奴を片っ端から倒していけば、いずれ滅亡するだろうが!! 期間も決められてねェんだ、じっくり楽しませてもらうぜェ!!」
叫ぶと同時に、フェルムの籠手から人の腕ほどの刃が伸び、 通行人へ向かって突進した。
「うわッ!!こっちに来るぞ!!」
「キャーッ!!助けて!!」
悲鳴とともに鮮血が宙を舞う。
「撮影じゃないのか!?」
「そんなわけないだろ!!人が本当に倒れてるんだぞ!!」
「誰か警察を呼べ!!」
血生臭い匂いが立ちこめ、空気は混乱と恐怖で満ちていく。
「弱い……。弱すぎる……。手応えがねェ!!」
フェルムは目にも止まらぬ速さで人々を蹂躙する。 鮮血が華のように咲き乱れ、命が地に散っていく。
「マジでヤバい……。」
「非道い……。どうしてこんなことを……。」
震える声が漏れる。
鮮血を浴びたフェルムは嬉しそうに笑う。
「人間共が思い上がり、宇宙の根源となる力を手に入れたからだァ!! その報いを受けるときが来たのだァ!!滅亡の恐怖を味わえ!!人間共ォ!!」
その凄惨な光景はまさに人類の終末を予感させた。
「うぅ……。」
「痛い……。死にたくない……。」
地面に伏した人々はまだ生きており、消え入るような声で苦しんでいた。フェルムはわざと急所を外し、より長く苦しむように一撃を加えていたのだ。
ウラニウムは胸の奥が重くなるのを感じた。
──気分が悪い。
そう感じるのは自身がアトムの中でも異質な存在だからだろうか。
──ウラニウム。92番元素・ウランを司るアトム。宇宙に存在する最後の元素。この元素の名を聞くと多くの人は放射能という言葉がついてくるだろう。一般的な元素は不変で永遠に存在し続ける。しかし、ウランには寿命があるのだ。ウランは命が尽きたときエネルギーと放射線を出してほかの元素に変わってしまう定めを持つ。それ故、ウラニウム自身も寿命が存在し滅びゆく存在なのだ。
完全で不滅の存在であるアトムにとって寿命があるというのは欠陥そのものである。そのため、彼は同胞から“命あるもの”として蔑まれてきた。
フェルムの残虐さは、同胞が“命あるもの”に向ける侮蔑と敵意をそのまま形にしたものだった。
「これが命の味かァ……。悪くはない……。」
返り血のついた刃を舐めながら、フェルムがウラニウムを見る。
「オォイ!!ウラニウム!!お前も手を貸せェ!! “命あるもの”でも少しは役に立つところを見せろォ!!」
刃を向けて怒鳴る。
──フェルム。26番元素・鉄を司るアトム。 話すのは初めてだが、最悪だ。
“命あるもの”に好意的な者は少なかったが、 ここまで露骨に嫌悪を向ける奴は珍しい。
なぜこんな奴と滅亡任務を組まされたのか……。
ウラニウムは自分がここに来るまでの数時間前の出来事を思い出す。
──目を開けると俺は暗い空間の中にいた。隣を見るとそこにはフェルムもいた。
「オォイ!!ここはどこなんだ!?なんで “命あるもの”なんかもここにいるんだァ?」
フェルムはこちらに気づくと不機嫌そうに叫ぶ。
「俺も今来たばかりで何も分からない……。」
「うるせぇ!!お前に聞いてんじゃねェ!!勝手に喋んじゃねェ!!」
なんて野蛮な奴なんだ……。
俺とコイツがなぜこの空間に集められたんだ。そう考えていると──
「集まったようだな……。」
上から声が聞こえた。見上げると六つの円柱が浮いており、六体の人影がこちらを見下ろしていた。
「ゲェッ!!ハイアトム!?」
隣のフェルムが明らかに取り乱す。
──ハイアトム。アトムの中でも特に能力が優れた六体の上位階級のアトム。宇宙の方針を決める定例会議に出席する権利を持つほか、個人の裁量で他のアトムを指揮する権限も持っている。何の元素を司るアトムなのかは不明だが彼らが揃っているということは何か異常事態が起きたとみていい。
「これはこれは、ハイアトムの皆さん……。お揃いで私達に何の御用でしょう……?」
先程の態度が嘘のようにフェルムは彼らに媚び諂っている。
「お前達には重要な使命を与える……。これより人間界に降り立ち、人類を滅亡させろ。」
サイボーグの男が口を開く。人類とは確か、数百万年前に地球に誕生した知性を持つ生命だったな、などと考えていると
「人類……?それは構わないのですが、何故あんな取るに足らない奴らを滅ぼすのが重要なんです?」
フェルムがハイアトム達に問いかける。
「彼らが一線を越えてしまいましてね……。宇宙の根源である原子の力を手に入れてしまいまして……。それに飽き足らず92番より先の元素まで生み出してしまったんです……。このままでは宇宙の規律が乱れてしまうんですわ……。」
ドレスの女が柔らかい物腰で答える。
「この決議は我々だけでなくマスターアトムも関わっている……。」
「……ッ!?」
俺達は騎士の男の口から出た言葉に再び驚く。マスターアトムといえば六体のハイアトムをも統べる最上位の一体。ハイアトムしか彼に会ったことがなく何の元素を司っているのかはこちらも不明。彼が決議にかかわったということは、これは宇宙の秩序にすら関わる重大な問題だということを示す。
「承知しました……。このフェルムにお任せください!!必ずや人類を滅ぼして見せましょう!!しかし……、なぜ── “命あるもの”であるこの者まで同行させるんです?こんな不完全な存在の助けがなくても私一人で人類を滅ぼすなど容易いことでしょう!!」
フェルムは指令自体には承諾はするものの、俺の同行に不満を露わにしていた。
「それがマスターアトムの意向だからだ……。それにウラニウム!!そもそもお前が不完全だから人類に原子の力を手に入れるきっかけを与えたのだ!!宇宙の秩序のためにもしっかりと使命を果たして責任を取れ!!」
軍服の男が声を荒らげる。周囲から厳しい視線を向けられるのを感じる。
俺としては知ったことではないし、好きで “命あるもの”になった訳でもないが従うしかないようだ……。
「承知した……。」
俺は感情を胸の奥に押し殺して承諾した。
「足だけは引っ張るなよ……。ウラニウム……。」
フェルムがこちらを睨みながら囁く。
「では地上に降り立つ前に必要な情報を説明しておこう……。」
その後はローブの老人から人類の歴史や社会などについての情報を叩き込まれ今に至る──
初対面から嫌な奴だったが、今はとにかくコイツと離れたい。
「分かった……。手分けした方が効率的だ……。俺は他の街を探す……。」
そう言うとウラニウムはフェルムに背を向ける。
「待てェ!!どうせ誰も殺さずぶらつくつもりだろう!! 俺の目の前で殺すところを見せろォ!!」
怒号が響く。
「ここで殺せないなら、俺が直々にお前を処理するぞ……。」
先程まで人間に向けられていた敵意と刃がこちらに向けられる。
──仕方がない。逆らえばハイアトムへの反逆。そんなことをすれば俺は人類と共に滅ぼされる。
恨みはないが、何人か倒さねばならない……。
腰の剣に手をかけた、その瞬間──
パァン!
乾いた銃声が響き、フェルムの肩に弾痕が刻まれる。
「何だァ……?」
振り返ると、数台のパトカーと警官隊が集結していた。
「ちょっと!!威嚇なしで発砲なんて規則違反ですよ!!」
若い警官が中年警官を制す。
「いや……。アイツにはそんなのは通じねぇ……。」
中年警官は倒れた人々と大破した車を指しながら淡々と言う。
「フン……、こんなオモチャで俺が倒せるか!!」
フェルムが力を込めると、弾痕から弾丸が押し出され、 装甲が再生する。
「嘘だろ……。」
若い警官が絶句する。
「全員、威嚇なしで一斉に撃て!!ここから一歩も通すな!!」
銃口が向けられ、火を吹く。
ウラニウムは飛んでくる弾丸をすべて剣で弾き、「後は任せた。」と告げてビルの壁を跳躍しながら奥へ消えた。
「後で必ず確認に行くからなァ!! 何もしてなかったら承知しねぇぞォ!!ウラニウムーーッ!!」
フェルムは叫び、 全ての弾痕から弾丸を押し出し、肩や胸部から刃を生やして警官隊へ突撃した。
銃声は悲鳴に変わり、 やがてそれすら聞こえなくなった──




