【序章】お手をどうぞ? ~舞踏会の夜~
「あなたに、選ばせて差し上げますわ」
控の間で、オウレリアは十年来の婚約者に最後通牒を突き付けていた。
間もなく舞踏会が始まる。
「な、何て……?」
王太子ルシウスはもう顔色が変わっている。
みっともない。これしきで狼狽えるなんて。
「き、君はいったい。何を言っているのかな……」
ダラダラ汗を掻き始めた相手を前に、益々自分の頭が冴えていくのを知覚する。場の主導権は彼女にあった。最初から。
『オウレリアが王太子の婚約者の肩書を捨てるはずがない』
ルシウスはそう高を括っていたのに違いなかった。
目前にぶら下がっているブルグの王太子妃の座を放棄するわけがない。
約束された将来の王妃の地位を、フォン・エーレ侯爵家の娘は諦めはすまいと。
彼はご先祖の大失態を綺麗に忘れてしまえるらしい。
ブルグがまだ王国ではなく大公国だった昔、挙式直前の侯爵令嬢から婚約破棄を申し渡された愚昧な嗣子がいたことを。
学習能力がないのだわ。おそらく遺伝的に。
まあ正確にはご先祖ではなかった。大公シオンの血統は残っていない。
一時的にせよ、彼は大公家を断絶させたのだから。
――お生憎様。
舞踏会のために正装したルシウスの青い瞳に怯えの色が見えて、それがいっそうオウレリアの頭脳を明瞭にさせる。
あなたの代わりなんぞ、いくらでもいる。
ここであなたを棄てても、私はどうもしない。
あなたは私を選ばなければ、持てる全てを喪うのだろうけれど。
私は何処へでも行ける。何にでもなれる。
私の手を取りたがる人はごまんといるのよ。それは別に、あなたでなくても。
登り詰める方法が、ひとつだけとは限らない。
けれど私の代わりはいない。私こそは唯一無二の存在、黄金の女なのだから。
「金の姫」オウレリア。
これまで彼女は、自分に捧げられるその呼称を単なる比喩なのだと思っていた。
ブロンドに黄金色の眼をしているから。そしてこのオウレリアという名前が黄金を連想させるから。
だがどうやら違った。
この心が、精神力が正しく黄金だったのだ。
「さあ。どうなさいますか?」
オウレリアとルシウス。二人は共に、今日でブルグ王立学院を卒業した。
これから学院最後の記念に盛大な舞踏会が催される。ここはその入場を待つ専用の控室だ。他には誰もいなかった。
既にルシウスの退路は塞いである。
もしこの手を取らなければ、彼には何もかもが終わるだろう。
そうなれば、もう二度と会いたくはない。
この手を差し出すのはこれが最後だ。
冷ややかに。華やかに。
侯爵令嬢オウレリアは最終通告の手をかざした。




