表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

その8

魔界に来てから、あっという間に一ヶ月が過ぎた。


私は今日、日本に帰る。




昨日の夜はポポタンと魔王(+コウモリ)、そしてハンズ部隊と小さな送別パーティーをした。


新しくなった大空間のリビングでお菓子を食べ、お茶を飲み、床に転がって天井の星空を眺めながら、二人で色んな話をした。


家族のこと、仕事のこと、友人のこと。

本来なら共通点なんてほとんどないはずなのに、同じような悩みを抱えていたり、くだらない冗談で笑い合ったりできる。


目を細めて無邪気に笑う魔王を見ていると、なんだか同世代の普通の男の子のように見えた。


楽しかった思い出を何度も振り返りながら、見送ってくれるポポタンとハンズ部隊に笑顔で手を振り返す。


虹色のゲートをくぐり、マーブル模様のぐにゃぐにゃした幻想的な空間を、魔王と2人、はぐれないように手をつないでゆっくり歩く。


来るときは一瞬だったけれど、帰り道は少し異空間を歩く必要があるらしい。


よく分からない仕組みだが……魔王と共に過ごす最後の時間が少しでも伸びることが、素直に嬉しかった。




「魔王さん、この前は守ってくれてありがとうございました。なんだかバタバタしていて、ちゃんとお礼も言えてませんでしたね」


「……ああ、リリアのことかな。お礼なんていらないよ。僕が、君に傷ついてほしくなかっただけだから」


サラリと言われた言葉に胸がキュッとなる。

どうしてこんなに優しい声で話すのだろう。

固めたはずの決意が揺らいでしまいそうだ。


もし私が「帰りたくない」と言えば、魔王はきっと優しく頷いて許してくれるのだと思う。


けれど、このお家はもう完成した。


例え元の世界で私を待っているのがブラック企業だったとしても、向こうにはまだ見ぬ「未来のお客様」がいるはずだ。


だから、私の本来の居場所は日本にある。



「魔王さん、私、この一ヶ月すごく楽しかったです。本当にありがとうございました」


色んなことがあったけれど、本当に夢みたいな時間だった。

魔王の非常識でめちゃくちゃな言動も、これで最後かと思うと無性に名残惜しい。



「僕も、すっごく楽しかったよ。サクラはいつもめちゃくちゃで、見ていて飽きなかったなぁ」


(……まさか魔王も同じことを思っていたとは)


日本の常識は魔界の非常識、ということだろうか。


複雑な心境が顔に出ていたのか、魔王は私の顔を見て「アハハ」と楽しそうに笑った。相変わらず魔界にデリカシーという概念はなさそうだ。


ふと、魔王が何か考え込むように無言で遠くを見据えた後、口を開いた。



「ねえサクラ、シリウス、だよ」



「え? なんですか?」



「シリウス、僕の名前だよ」



「えっ!? それって……人に言っちゃダメなやつじゃないんですか……!?」



過去の自分の発言を、あまりにあっさりと反故にする魔王に驚く。


彼の名前を知りたくないわけではない…どちらかと言うと知りたかったけれど、魔界の未知のルールに対する恐ろしさはある。



「本当はね、教えないようにしてたんだけどさ。サクラには、知ってほしくなっちゃったんだ」



こちらの困惑をよそに、魔王シリウスはいつも通り、ふわりと穏やかに笑う。


見慣れた笑顔に、淡い期待があふれ出してしまいそうになる。


名前を知りたい、知ってほしいと思うその理由が、私の抱いている感情と同じなのかどうか、確かめたい。



「それって……どうしてですか?」



勇気を振り振り絞って尋ねた私に、魔王はいつもの調子で煙に巻いてきた。



「さあ。なんでだろうねぇ。次に会う時までに、考えておくよ」



はぐらかすような答えだったけれど――「次」という言葉が、嬉しかった。


私たちに、本当に「次」なんてあるのだろうか。


あるかもしれないし、ないかもしれない。そもそも、この出会い自体が奇跡だったのだから。


魔王は私の方に向き直り、繋いでいた手を優しくほどいた。


「着いたよ。お別れだね」


「え……?」


周りはさっきと変わらないマーブル模様の空間だが、確かに境界線に達したらしい。私の足元が、ゆっくりと透明に透け始めていた。


(出口なら出口らしく、扉とか作ってくれないと……心の準備ができないじゃないか)


どんどん透けて消えていく自分の体に焦り、何か言葉をかけようとしたけれど、胸がいっぱいでうまく声が出ない。


そんな私を愛おしそうに見つめて、魔王が先に口を開いた。


「またね、サクラ」


ああ……これで本当にお別れなんだ。


最後くらい、ちゃんと笑顔で返事をしなくちゃ。

溢れ出しそうな涙を必死でこらえながら、私は目いっぱいの笑顔を返した。


「またね、シリウスさん!」


次の瞬間、私の視界は眩しい真っ白な光に包み込まれた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ