その7
改めて、問題を整理してみる。
これまでポポタンと過ごした中で気づいたことがいくつかある。
まず一つ目、これは私の推測だが、天井が低すぎたのではないかということ。
床から約4メートルの天井は、私からすれば開放感溢れる高天井だが、私の倍以上の背丈があるポポタンからすれば、見上げてもどこか圧迫感があって窮屈だったはずだ。
二つ目、二階の三部屋がほぼ死に空間になっていること。一度ポポタンと一緒に二階に上がってみたけれど、なんだか落ち着かない様子でウロウロしていた。
一緒に歩きながら「きれいな夕日だね」なんて話しかけると少し嬉しそうにしていたから、空の景色そのものが嫌なわけではなさそうだ。ただ、部屋の区切り方や広さが中途半端で使いにくかったのだろう。
そして三つ目――
ポポタンは重度の寂しがり屋だということ。人が来ると嬉しそうに走り回って近寄ってくるものの、普段は一人きりだ。無駄に広い部屋でぽつんと過ごすのが寂しくて、いつも部屋の隅っこで小さく丸まっていたのかもしれない。
以上を踏まえ、半ばやけくそになりながらリフォーム計画を練り上げる。
普通の現場なら、ここで何日もかけて図面を描き、模型を作って検討を重ねるのだが……ここではそんな手間すら不要だった。
いつもお茶を出してくれる魔王の小間使いの腕たち(命名:ハンズ部隊)が、私が口頭で指示を出すだけで、リアルタイムに壁や天井を組み上げてくれるのだ。
「あ、そこの壁もう少し高く!」「あ、違う、やっぱりそこは窓にして!」
やってみて違和感があれば、その場ですぐにやり直せばいい。なんて夢のような設計現場だろう。
工事中のポポタンは、魔王の部屋で過ごしてもらっている。やはり手狭なようで、毎日花瓶やら照明やら、何かしらの破損報告が聞こえてきた。
たけどふとした時に見上げると、城のベランダから二人が仲良くこちらを覗き込んでいるのが見えて、ほっこりする。仲良しそうでなりよりだ。
新米設計士の私にどこまで出来るかは分からない。けれど、あの二人(一人と一匹)の穏やかな時間を守りたいと心から願いながら、私はハンズ部隊にあーでもないこーでもないと熱血指導を続けた。
そして――ポポタンの新居は、約一週間で劇的な完成を迎えたのだった。
「わあ、ずいぶん変わったねぇ!」
工事が終わり、ポポタンと共にやってきた魔王は、目を見開いて感心したような声を上げた。
この犬小屋は、私にとって人生で初めての担当案件だ。
心臓のバクバクを隠しながら、胸を張って設計内容をプレゼンする。
「ごほん、説明させていただきますね。
まず、壊れた天井は全部取っ払って、二階までまるごと吹抜けにしてみました! 床から天井までの高さは約10メートルあるので、これからはポポタンが思い切りジャンプしてもへっちゃらです。
さらに天井は、元からの仕様を活かしながら、時間経過によって青空、夕日、星空へとシームレスに切り替わるようにしました。
これは日本の空と同じサイクルなので、日本生まれのポポタンもきっと懐かしく思ってくれるはずです!」
「なるほどなぁ。確かに日本の空は時間と共に表情を変えるもんね。天井が高くなったおかげで、なおさら本物の空の下にいるみたいで気持ちがいいよ」
魔王に素直に褒められて、胸の奥がぽっと温かくなる。
少しずつ緊張がほぐれ、言葉がスムーズに滑り出し始める。
「それから、リリアさんが開けた壁の大穴は、形を綺麗に整えて透明ガラスをはめ込み、大きなピクチャーウィンドウ…つまり、景色を見ることに特化した大きな窓をつくりました。
ここからは魔王さんのお部屋のベランダがバッチリ見えるので、お仕事の合間にベランダに出て手を振ってあげてください。
……そして、リビングの隅にもう一つ、小さな部屋を増築したんです。魔王さん、ちょっと入ってみてください」
新しく作ったのは、八畳ほどの小部屋。出入り口のドアは人間サイズだ。
魔王は不思議そうに首を傾げながら、ゆっくりと扉を開いた。
「ここは……?」
「『魔王様のアトリエ兼・出張執務室』です! ハンズ部隊の皆さんにも意見を聞きながら作ってみました。デスクの目の前には大きな室内窓を設けてあるので、お仕事をしながらポポタンの様子がいつでも確認できます」
説明を聞いても、魔王はまだ「なぜ犬小屋の中に自分の部屋が?」といった風に腑に落ちない顔をしている。
「ポポタンのストレスの本当の原因は、建物の構造というよりも『寂しさ』から来るものが大きかったんだと思うんです。私がここに来て、三人でお茶をするようになってから、ポポタンが少しふっくらして毛艶が良くなったと思いませんか?
きっと、どんなに豪華で素敵な建物よりも、ポポタンが一番望んでいるのは『魔王さんと一緒にいること』なんです。
……毎日は無理でも、出来る時はここで執務をしてもらえたら、ポポタンも嬉しいんじゃないかと思うんです」
「…………」
魔王は逡巡するように少し目を閉じた後、室内窓から大広間で気持ちよさそうに寝転ぶポポタンを見つめた。
「……そうだね、サクラの言う通りかもしれない。
僕とポポタンは、彼が小さい頃からずっと同じ部屋で過ごしていたんだ。
忙しくても、部屋に戻れば必ずポポタンがいてくれた。
一緒に何かをするわけじゃなくても、ただ近くにいるだけの時間というのは、思っていたよりも尊い時間だったのかもしれないね。
うん、夜はここでポポタンを見ながら書類を片付けるのも良さそうだね。
サクラ、素敵な提案をありがとう」
魔王のどこまでも優しいお礼の言葉に、なんだか急に目頭が熱くなって泣きそうになる。
ポポタンもトタトタと駆け寄ってくると、大きな尻尾をブンブンと振って、私に「ありがとう」と伝えてくれているようだった。
魔王から差し出された手をギュッと握り返すと、私の心を満たしていく圧倒的な達成感。
終わったのだ。これが、私の設計士としての最初の仕事。
けれど……誇らしい気持ちは、握手を終えて手が離れると共に少しずつ収まり、代わりに胸を刺すような寂しさが込み上げてきた。
依頼された仕事を完璧に達成したということは――私はもう、元の世界に帰らなければいけないということだ。
あんなに帰りたかったはずの元の世界。
なのに今の私は、どうしてもその帰り道のことを考えたくなかった。




