その6
それからは、思わず同情してしまうくらい一方的な展開だった。
普段一緒にお茶を飲んでいると、少し子供っぽいところもあるけど基本的に温厚で、彼が人に暴力を振るったり、非道な振る舞いをするところなんて想像できない。
しかし今、彼は圧倒的な力を持って、簡単にリリアをねじ伏せている。一切の戸惑いもなく冷淡に人を痛めつける様子に、彼が正真正銘「魔界の王」であることを嫌でも理解させられた。
魔王が一回指を鳴らせば彼女の全身が凍り付き、もう一度指を鳴らすと青い炎が氷を飲み込んで灼熱の蒸気が立ち上る。
パッチン、パッチン、とテンポよく指が鳴るたびに、雷、水責め、重力責めと、多彩なバリエーションでリリアが追い詰められていく。その間も魔王は、淡々と彼女を蔑む言葉を口にしていた。ガチギレである。
「誰に口を利いてるのかな?」
「自分じゃ何もできないくせに、調子に乗るなよ小娘が」
「父親の大切な『作品』を自分で壊すなんて、矛盾してるよね。……ああ、バカなんだ」
「そもそも普通に不法侵入だし器物破損だし、完全に警察案件だよねこれ」
(……魔界にも警察があるんだなぁ)
今考えるべきことの中で、一番優先順位が低い疑問に意識を逃がしつつ、私はポポタンと一緒に部屋の隅に避難する。
なんだろう、この緊迫しているはずなのに緊張感が続かない感じ。情緒が振り回される。
さすがに止めに入るべきかとも思ったが……やられているリリアの様子も、どう考えてもおかしかったのだ。
「やあぁん! 強引ですわぁんっ!」
なぜか興奮した様子で嬉しそうに悲鳴を上げ、恍惚の表情を浮かべている。
……ダメだ、登場人物の全員にドン引きだ。私にはポポタンしかいない。
モフモフとしたポポタンのお腹を撫で回して心を慰める。
躊躇なく暴力を振るう魔王も、それを受けて歓喜しているリリアも、私の常識では到底理解できない。
最終的にぼろ雑巾のようになったリリアを魔王が軽く蹴飛ばすと、彼女は「あぁぁんっ!」と甲高い声を上げながら、夜空へと消える流れ星のように遠くの空へ飛んで行った。
彼女がいなくなったことで、半壊した犬小屋にようやく静寂が訪れる。
ポポタンと共に彼女が飛んで行った方角を見つめていると、魔王が申し訳なさそうな顔で近づいてきた。
「ああ疲れた。彼女、小さい頃はもう少しまともだったんだけどねえ。父親はとっても優秀な人なんだけどさ……親に甘やかされつつ色んなプレッシャーも抱えてたせいか、色々と歪んじゃったみたいで。たまに突撃してくるんだよ。困った子だよねえ」
先ほどまでの凍りつくような冷たさは跡形もなく消え去り、いつもの呑気な魔王に戻っていた。
ホッと胸を撫で下ろすと同時に、先程の光景を思い出してつい目を逸らしてしまう。
私を守ってくれる魔王の背中はすごく頼もしく、ありがたかった。
だけど今まで見たことのない魔王の圧倒的な力に、「怖い」と感じてしまったことも確かな事実だった。
魔王は表情を硬くし、金色の瞳で伺うように私を見つめる。
「……ごめんね、怖がらせちゃったね。君が魔族じゃないってこと、頭から抜けちゃってた。
僕は魔王だから……普段から『こういうこと』は珍しくないんだ」
「あ……」
「ねえ、僕のこと、怖くなっちゃった?
もう日本に帰りたい……?」
先ほどまで圧倒的な威圧感を放っていたとは思えない、ションボリとした声だった。
コウモリたちもオロオロしている。
(どうしよう……! たしかにさっきは怖かったはずなのに、今は魔王が怒られた子犬に見える……!)
落ち込んでシュンとする魔王の様子に、不覚にも「可愛い」と思ってしまった。
心なしか、頭のツノもいつもより垂れ下がっている気がする。
ああ、私はなんてチョロいんだろう。
「……いいえ! ちょっとビックリしただけで、こんなこと何でもありません! 私はまだ、ここでやるべき仕事が残ってますから……日本に帰ったりなんてしませんよ!」
「サクラ……?」
「私はこれでも、プロの設計士なんです。舐めないでください!」
元気を出してほしくて、大げさに胸を張って強がってみせる。
強がりなんてきっとバレているだろうけれど、魔王はそれも含めて、心底嬉しそうに目元を緩めた。
「そっか。最後まで付き合ってくれるんだね。うれしいよ」
魔王はボロボロの室内を見渡しながら、ふと試すように問いかけてきた。
「それにしても、リリアのせいで小屋がボロボロになっちゃったな。ねぇ、僕の設計士さん。これはどうすればいいと思う?」
正直なところ、リフォーム計画はさっきまで完全に行き詰まっていたのだ。
けれど、壁に大穴が空き、天井が崩落したこの惨状を目にすると……なんだか難しく考えていたのがバカバカしく思えてきた。
襲撃の恐怖とドタバタ劇を乗り越えて、変なアドレナリンが出てハイになっているのかもしれない。
胸の奥から湧き上がるワクワクした気持ちのままに、私は力強く答えていた。
「全て私にお任せください! ポポタンのお家、前より絶対に素敵にしてみせますから!」




