その3
帰るという選択肢を失った私は、魔王城内に部屋を用意され、しばらく滞在することになった。
犬小屋の隅っこを間借りして、私専用のスペースを用意してもらったのだか、なかなかの高待遇だ。ふかふかのベッド、バランスの良い三食におやつ付き、衣類など必要なものは要望すればすぐに用意してくれる。
ここに来る前は毎日23時過ぎに帰宅し、インスタントラーメンをかき込む生活を送っていたことを思うと、天国とも言えるかもしれない。
「いきなり連れてきちゃったお詫びにおもてなしするよ〜。城の外に出ると他の魔物に襲われちゃうかもしれないから気をつけてね」
という魔王の言葉通り、私は運動不足になりがちなこと以外、何不自由ない生活を送っていた。
……しかし、元の世界で私は今どういう状態なのだろう。捜索願とか出されているのかな。心配性な両親がショックを受けていなければいいけれど。
なんにせよ、結果を出さなければ私に未来(と無事な頭)はない。
魔界に来た翌日から、私はさっそく「現地調査」を開始した。
まずはリフォーム対象である犬小屋だが――なんと驚きの「3LD(魔王とお茶を飲んだ部屋はリビングだった)」の二階建て。
各部屋は約4mほどの開放感溢れる天井に、ところどころ赤ちゃん用のメリーのような物が吊るされている。
じっと見ていると、メリーを構成する馬のような謎生物とたまに目が合ってしまうのが地味に怖い。
ダイニングはリビングの真横にあり、部屋の中心には綺麗な噴水のような構造物があって、そこから無限にドッグフードが湧き出していた。
さらに二階にある三つの部屋は、見上げるとそれぞれ「青空」「夕焼け」「星空」になっていた。
雲は流れ、夕焼けに照らされたカラスが鳴き、星が瞬く。
どう見ても本物の空にしか見えないが、魔王いわく「日本の美しい空を再現した造り物」らしい。
しかも二階の各部屋は、それぞれバレーボールコートくらいが無駄に広く、大きなくぐり戸で行き来できるようになっている。
床はすべて色違いのうごめくカーペット張りで、リビングの赤色が一番活発に動き、星空の部屋の紺色は比較的大人しい。
(……正直、何をどうしていいか分からない!!)
私に実務経験がないということ以前に、日本の常識が一切通じないのだ。
構造も仕組みも謎だらけだし、私に一体何ができるというのか。
頭を抱えていると、部屋の隅からじっと私を観察していたポポタンが、慎重な足取りで近寄ってきた。
「ひいっ!?」
犬小屋には何度も出入りしているが、ポポタンはいつも隅っこでジッとしていた。
思わず身を硬くして警戒してしまったが、ポポタンに敵意はないらしく、クンクンと鼻を鳴らして何かを探っている。
「何……? あっ、もしかしてコレ……?」
ポケットから取り出したのは、一本の黒い羽ペンだ。
私のボールペンは元の世界に落としてきてしまったらしく、書き物に困っていたら魔王が貸してくれたものだ。
マントに隠れていた漆黒の翼をわざわざ見せつけながら「自前の羽で作った一級品だよ」と自慢された。
ちょっと気色悪いと思ったのは内緒だ。
ポポタンは羽ペンの匂いを熱心に嗅いだあと、寂しそうに「キュウン……」と喉を鳴らした。
(もしかして……魔王に会えなくて、寂しいのかな)
魔王はあれで多忙らしく、日中は城外に出ていることが多い。
特にここ数日は、先日業務をサボって日本を訪れていたしわ寄せがきているらしく、休む暇もないらしい。
自業自得であるが、寂しそうなポポタンは気の毒だ。
ポポタンは見た目こそ巨大だが、顔立ちはただの可愛い柴犬だ。大きさに慣れてくると、なんだか愛おしく思えてくる。
数日間同じ空間で調査をしていたこともあり、私の中ですっかり愛着が湧いていた。
何かポポタンのためにできることはないかと考え、部屋の隅に置かれたゴテゴテした装飾の宝箱からボールを取り出す。
サッカーボールほどのサイズ感だ。
「ポポタン、ボール遊び好き? よかったら一緒に遊んでくれない?」
ポポタンは人の言葉がわかるようで、おそるおそる、といった様子でボールに足を伸ばしてきた。
ポポタンがつっついたボールを、私が横から軽く蹴って遠くへ飛ばす。
するとポポタンがパタパタと走って追いかけ、口に咥えて戻ってきた。
巨大な尻尾が、遠慮がちにブンブンと振られている。
「か、かわいい……!!」
実家では猫を飼っていたけれど、私は何を隠そう大の犬好きだ。
いつか広い家で大型犬を飼うのが密かな夢だったのだ。
褒めてと言わんばかりにゴロンと寝転ぶポポタンのお腹を、思いっきりワシャワシャと撫で回したあともう一度ボールを遠くに蹴飛ばす。
「施主(愛犬)の性格と行動傾向を知ることも大切な設計プロセスだ!」と自分に強引な言い訳をして、私はその日の残り時間をポポタンとのボール遊びに費やした。
いつの間にかしれっと魔王も混ざり、私たちはクタクタになるまで大広間を走り回ったのだった。




