その7
清水さんの工房に丸一日押しかけたその次の日、私は会社のデスクで、書きかけのスケッチブックを眺めていた。
昨日の出来事を踏まえて、私の考えた新提案のコンセプトはそのまま『松の木が見える工房』だ。
広い工房スペースの片隅に住居スペースをまとめ、正面にはフルオープンのガラス引き戸を設ける。
現状の間取りは大きく変えず、シャッターの代わりにガラス戸にすることで閉め切っていても常に松の木が見える計画だ。
このプランなら、清水さんは少し快適で安全になった新居で、今までの生活を続けられるだろう。
「でも、なんか物足りないんだよなあ……」
今の提案では清水さんの今までの生活をなぞっているだけで、変化がほとんどない。
このままの案でも受け入れてくれるような気はする。
だけど何かもう一押し、あの仏頂面の清水さんがあっと驚くような提案ができないだろうか。
「よお田中。調子はどうだ?
お、できてるじゃねぇか。見せてみろ」
「厚井さん!?それ、まだ途中なんです!」
背後から急に現れた大男、上司の厚井さんに書きかけのスケッチブックを取り上げられる。
私の抗議を無視して未完成の提案をじっくりと見られてしまい、なんだか恥ずかしくて言い訳したくなる。
「家の正面にある松は、清水さんの大切な木なんです。
だから、いつでも松を眺められるようなプランにしたんです」
「なるほどなあ。それはいいんだが……。
これじゃ今の家とほとんど変わらないじゃないか」
「それは…そうですけど。
でも、清水さんって、一日中ほとんど動かないんですよ。
必要な物は全て手の届く範囲に置いて、あとはトイレとお風呂、布団くらいしか必要としてないんです。
だから、今の建物の無駄のない間取りは清水さんにとって理想的なんだと思うんです」
昨日お茶をした後、清水さんが椅子から立ち上がるのはトイレに行く時くらいだった。
ご飯だって毎食宅配サービスを利用して中まで配達してもらうという徹底ぶりだ。
最小限の空間で成り立つ清水さんの生活に、新しい提案が入り込む余地が全くない。
「けどお前もしっくり来てないんじゃないのか?
だからここまで書き込んでるくせに、俺に見せに来ないんだろう」
見た目はガサツな大男なのに、やたらと察しが良い。
「うっ…。おっしゃる通りです…。
正直、まだ何か足りないような気はしてるんです。
でも、それが何かが全然思いつかないんです」
正直に打ち明けると、厚井さんは短いあごひげを撫でながら考え込む。
私のスケッチブックをもう一度手に取り、少し前のページからバラバラとめくる。
そこには昨日の見学で気づいた内容や、これまでに考えたアイデアが乱雑に書いてある。
「そうだな…。田中は、アイデアっていうのを何か劇的な魔法だと思ってる節があるな」
「えっと…どういうことでしょう?」
厚井さんの意図がわからず思わず聞き返す。
「お前は、劇的な発想の転換みたいなものを求めすぎなんだよ。
もちろんそういうのも必要な時はあるけどなあ。
設計っていうのは大概、小さい改善の積み重ねなんだよ」
「改善の積み重ね…?」
「そうだ。清水さんの家にしても同じじゃないかと思うんだよ。
例えば、そうだな。
さっき無駄のない間取りって言ってたけど、本当にそうか?
もっと省けるものがあるんじゃないか?」
見学した清水さんの生活を思い出して、考えて見る。
一日中椅子から動かない清水さん。
あれ以上に無駄を省くなんて可能だろうか。
「まあ何が言いたいかというとだな、逆転の発想だけがアイデアじゃないってことだ。
1つの事を突き詰めて考えてみるっていうのも、大事なことだよ」
厚井さんはそう言って私の返事も聞かずにさっさと自席に戻ってしまった。
もう一度スケッチブックを開いてみる。
最低限の壁しかないシンプルな間取りに、ため息をつき、ふと先日見学した魔王城を思い出す。
あの無駄とゆとりで構成されたような、やたらと部屋数の多い建物ならいくらでも削るところが思いつくんだけどな。
あれでもオール電化だったり本が電子書籍化してたりと、魔王なりの改善の跡は見える。
……そこまで考えて、ふと1つの考えが浮かぶ。
あれ?もしかして提案って、建物の間取りじゃなくてもいい?
思いついた勢いのままにスケッチブックに文字を書き足し、厚井さんのデスクまで早歩きで駆け寄る。
「厚井さん!
あの、全然ダメだったら言ってほしいんですけど…こういうのって、アリですか?」
スケッチブックと、スマートフォンで検索した参考サイトを見せる。
設計士ならもっとハード面で勝負しろ、と怒られるかもしれないと覚悟していたけれど、厚井さんはサイトを見ながら真剣に考えてくれる。
「……なるほどなぁ。
まあ、うちの会社でやったことはないが悪くないんじゃないか?
その方向でもう少し考えてみな」
「……!
はい、ありがとうございます!」
正直自信がなかったアイデアだが、頼れる上司に肯定されて、これはイケるんじゃないかという気持ちになってくる。
頬が緩みそうになるのを堪えながら、自分のデスクでスマホに表示された『スマートホーム』の解説サイトをもう一度読み返した。
☆☆☆
「……こんなジジイにやたらハイテクなもん提案するなんてなぁ。何考えてんだお嬢ちゃんは」
私のプレゼンを聞いた清水さんは、相変わらず私の方を見ずにぶっきらぼうに言う。
しかしその口角はわずかに上がって、満更でもないように見える。
「だって清水さん、オンライン会議もデリバリーサービスも使いこなしてるじゃないですか。
仕事に集中するために新しい技術を取り入れる事ができる清水さんなら、使いこなせると思ったんです」
私が提案したのは、名付けて『松が見える椅子のための家』だ。
最初に考えた松を見るためのフルオープン引き戸や、最小限の間取りはそのままに、家全体をスマートホーム化する提案だ。
必要な設備を組み込むことで、座ったまま話すだけで電話や出前の注文、エアコンや照明のオンオフ、フルオープン引き戸の開閉まで全て椅子に座ったまま出来るという、フルサービスだ。
清水さんの生活が今までとガラッと変わるわけではないけれど、使いこなせば今まで以上に最小限の生活が出来るようになるはずだ。
清水さんはわざとらしく腕組みをして眉間にシワを寄せ、提案書をマジマジと見つめる。
「ふんっ。まあ俺はイノベーションに反発するつもりはねえよ。
けどなあ、この提案にゃ足りないものがあるな」
不機嫌そうな話し方に、心拍数が上がる。
「足りないもの…?
何が足りてないのか、教えていただくこと可能でしょうか…?」
余計な提案をしてしまったかと不安になりながら、恐る恐る清水さんに問いかける。
そんな私を見て清水さんは面白そうにニヤリと笑い、口を開いた。
「プロジェクターとスクリーンが足りねえな。
パソコンの画面が小さくて困ってたんだよ。
もちろんこれも音声操作できるようにしてくれよ?」
一瞬、言われたことが上手く飲み込めなくて呆けてしまった。
そんな私を見て清水さんはなんだか楽しそうだ。
ジワジワと言われた意味を理解して、ちょっとだけ泣きそうになりながら返事をする。
「……はい!承知いたしました!」
いたずらが成功した子供みたいにクシャッと笑う清水さん。
思わず嬉しくなって隣に座る厚井さんと顔を見合わせる。
基本プランが決まったら、工事用の図面を作成し、確認申請を出したうえで工事に移る。
完成するのは半年以上先になるが、今からワクワクが止まらない。
日本での私の初担当物件は、ようやくスタートラインに立つことができた。




