その1
春爛漫、日に日に暖かくなっていく気候やショーウインドウにならぶパステルカラーの洋服たち。
入社2年目の私、田中桜は最近とても調子が良い。
いわゆるハウスメーカーと呼ばれる業態の会社に入社して、最初は多すぎる残業や当たりの強い上司に心が折れそうになることもあった。
しかし最近は任せられる仕事の範囲も広がり、大変なことも増えたけれど、以前よりも仕事へのやりがいを感じている。
加えて、なんとこの春から弊社にも「働き方改革」の波がやってきたのだ。
無制限に残業し放題だった弊社だが、残業抑制のために毎日20時ぴったりにパソコンが強制シャットダウンされるようになった。
力技ではあるが効果は抜群で、社内には一気に残業規制ムードが広がった。
「上の奴らは現場を何も分かっていない」とか「残業減らすなら人手を増やせ」とか、延々と呪詛を吐き続ける上司を素通りし、今日の私は軽やかに定時帰りだ。
いつもの帰り道とは反対方向にウキウキと向かう。
この調子なら待ち合わせの10分前には着きそうだ。
少し歩調を緩めて周りの景色を見ながらのんびりと歩いていると、目的地である大きな公園の入口に、姿勢よく佇む人物を見つけた。
今の時代、スマホも持たずに立っているだけでもすごく目立つ。
周りの人からもチラチラと見られているような気がする。
私は早足で駆け寄りながら、ぼーっと人波を眺める彼に声をかける。
彼のトレードマークの黒いマントは、ピンク色の花びらがくっついて水玉模様になっている。
「魔王さん、もう来てたんですね!お待たせしました」
「サクラ、仕事お疲れ様。人がたくさんいるね」
少し前に、木に咲く方の桜の花が今週末の雨で一気に散ってしまうらしいというニュースを見て、私は魔王をお花見に誘うことにした。
日本の花が好きなようだし、お茶もお団子も好きな魔王なら喜んで来てくれるんじゃないかと思ったのだ。
予想通り二つ返事で了承してくれた魔王は、予想に反して時間をきっちり守るタイプであることを今知った。
「じゃあサクラ、行こうか。奥の方に場所をとってあるんだ」
「え?そんな、わざわざすみません……」
「ちゃんとご飯も準備してあるからね。
もちろんお酒も。
オハナミの段取りは完璧だよ」
桜並木を歩いて、途中でお団子でも食べれればいいな〜なんて考えていたが、予想外にしっかりと段取りをしてくれたようだ。
もしかしたら私が思っていた以上に楽しみにしてくれていたのかもしれない。
「この辺りも綺麗ですね。私、夜桜を生で見るのは初めてです」
「そうだね。昼のサクラもきれいだけど、ライトアップされたサクラは神秘的で…昼とは違った魅力があるよね」
「そうですね……」
青白い光で照らされた桜並木を、上を見上げながらゆっくりと歩く。
魔王が「サクラ」を褒める度に、違うとわかっているのに顔が熱くなってしまう。
魔王の横顔をチラリと見る。
この状況なら、普通の男女なら手くらい繋いで歩くべきか……?
いや、魔王を普通の男性カテゴリに入れるのはどうなんだ。
でも、最近私はすごく調子がいいし、この勢いに乗って手くらい繋いでみても…?
黒いマントから見え隠れする右手にそっと目線をやったその時、桜並木の奥からチカチカと光る物体が猛スピードで飛んできた。
「タナカサマ!タナカサマ!お久しぶりでゴザイマス!」
「トーデさん!?何してるんですか!?」
「何って、オハナミにゴザイマスよ!
ワタクシ、このようなイベントは初めてデス!
大変風流でゴザイマスね!
ささ、ワタクシ達の区画はあちらにゴザイマス!」
「え?ワタクシ達の?…ってちょっと、押さないでください!」
突然目の前に現れたのは、魔界の住人である発光ヒトデこと『トーデ』だ。
約4ヶ月ぶりの再会だが、相変わらず人の話を聞く気がない。
トーデにグイグイと押されて進んだその先には、一坪くらいのブルーシートが敷かれた上に焼き鳥や缶酎ハイが無造作に置かれている。
シートの隅っこでは、ふわふわとした茶色の大型犬が伏せの体勢で尻尾を振っている。
「さあ、どうぞコチラへお座りクダサイ!この焼き鳥はワタクシの誇りである『極炎湖』の炎で焼き上げた逸品でゴザイマスよ!」
「ワン!ワン!」
「待って待って!私魔王さんにしか声かけてませんけど!?あとこの可愛らしいワンちゃんはどちらから…?」
「オハナミは、人数が多いほうが楽しいからね」
想定外の光景に責める気持ちを込めて魔王を睨むが、いつも通りマイペースな返事が返ってくる。
「それと、この子はポポタンだよ。わからなかった?日本に連れてくるときにちょっと小さくなってもらったんだよ」
「……なるほど」
まあ、ポポタンはいい。
今も良い子で尻尾を振っていて大変可愛らしく、私も会えて嬉しい。
しかし、私は魔王と二人だと思っていたのに、騒々しい発光ヒトデがいてはムードも何もあったもんじゃない。
なんとかこのヒトデを追い払えないか考える。
「あのー、トーデさん?
ここじゃ食べるものもないし退屈じゃないですか?
無理に付き合わなくても大丈夫ですよ……?」
「お気遣いありがとうゴザイマス!
しかしワタクシはこの美しい光を見るだけでも大変楽しゅうゴザイマス!
さあ、一緒に儚き自然の芸術を鑑賞イタシマショウ!」
失敗した。
こうなったら仕方ないと諦めて腰を下ろし、用意してくれた焼き鳥と缶酎ハイをありがたく頂くことにする。
魔王はペットボトルの烏龍茶を飲んでいる。
どうやらあまりお酒は飲まないタイプのようだ。
変なメンバーになってしまったが、ライトアップされた桜の木はきれいだし、極炎湖の炎で焼いたという焼き鳥は絶品だ。
思っていたのとは違うけれど、意外と悪くないかもしれない。
魔王と一緒に小さくなったポポタンを撫で回したり、トーデの自慢話を聞いているとあっという間に時間が過ぎていく。
ご機嫌で2本目の缶酎ハイを空けようかという時、私のポケットのスマートフォンがブブブ、と震えた。




