小話③*魔王と大晦日
大晦日は毎年なんとなくテレビで歌合戦を垂れ流しながら蕎麦を食べるのが恒例だった。
去年までは毎年実家で家族と過ごしていたが、今年は30日まで働いて1日に実家に帰省することにして、初めて1人きりでの大晦日だ。
歌合戦を見ながら、そろそろ蕎麦でも作ろうかと立ち上がる。
やってることはいつもと同じはずなのに、1人だとなんだか味気ない。
お湯を沸かしつつあくびを噛み殺していると、ピーンポーンとドアホンの呼び鈴が鳴った
こんな時間に一体誰だろう。変な人じゃないといいけど。
恐る恐る壁付のモニターを見るが、確認できたのは全面真っ黒な画面と、ガサガサという衣擦れのような音だった。
もしかして、不審者…?
幸いうちのアパートはオートロックのエントランスで、住民が解錠しなければ建物内には入れない。
得体のしれない来客を通す気にはなれないので、居留守を使うことにする。
モニターもオフにしようとしたその時、来客の声が聞こえてきた。
「あれ?反応しないなあ。なんでだろう」
……聞き覚えがありすぎる声だった。
どうして部屋番号がわかったんだろう。
「魔王さん…?何してるんですか?今行くのでそこで待っててください!」
「サクラ?どこに…」
魔王の言葉を聞き終わらない内にドアホンの通話機能をオフにする。
コンロを消して部屋着の上にコートを羽織り、ブーツを履いて急いで一階に降りる。
エントランスの自動ドアの向こうに、見慣れた2匹のコウモリと黒いマントの魔王が立っている。
「魔王さん、どうしたんですか?家まで来るなんて……。
というかどうして私の部屋を知ってるんですか?」
魔王と一緒に帰ったことはあるが、部屋に招いたことはない。
ストーカーという4文字が頭に浮かぶ。
「夜遅くにごめんね。寝てた?」
「いえ、起きてましたが……」
「なら良かった。サクラ、一緒にそこの神社に初詣に行こうよ」
質問に答えてほしい。
まあ、魔界の王の力を持ってすれば、私の部屋番号なんて容易く手にはいるのかもしれない。
いつも通り自分の用件しか言わない魔王に思う所は色々あるが、それ以上に気になるワードがあった。
魔王が「初詣」?
信心深くない私の知識だが、初詣は神様に一年の抱負や願い事をお祈りしたり、御神籤で運勢を占ったりという日本の神道や仏教に由来する行事のはずだ。
日本の神様は寛容とは聞いたことがあるが、流石に魔界の王の訪問は想定されていないだろう。
魔王の宗教観を聞いたことはないが、他国の神様に詣でること問題ないのだろうか。
「あの…いいんですか?日本の神様で……」
「……?魔界の神様の方が良かった?」
「いや……私は日本の神様でいいんです。
でも魔王さんは魔界の神様の方がいいのでは……?」
「大丈夫だよ。
魔神様には昨日会った時に日本の神様に会いに行くって話しておいたから」
なるほど。
魔界の神様は魔神様とおっしゃるのか……。
そして実在するし話せるのか……。
魔界事情に詳しくなるほど、不可思議な事が増えていく。
しかし私は今日このあとはテレビを見ながら蕎麦を食べるくらいしか予定はないし、初めての1人きりの年越しに心細さを感じ始めていた。
魔王的に問題ないのであれば、初詣に行くというのは中々魅力的な提案だった。
☆☆☆
アパートから歩いて5分ほどで、最寄りの神社に到着する。
特に有名ではないが、この地域では大きめの神社で、りんご飴やクルクルポテト等の露店が数店舗だけ並んでいた。
「結構人が多いですね」
「なんだかお祭りみたいだね。あ、今川焼があるよ」
「魔王さんって餡子好きですよね」
「和菓子が好きなんだ。サクラは洋菓子の方が好きそうだよね」
「そうですね。でも和菓子も好きですよ」
人混みの流れに乗って、魔王と雑談しながらゆっくりと歩く。
魔王は今川焼を2つ購入して、1つを私にくれた。
熱々の餡子に火傷しそうになりながらゆっくり食べる。
魔王は実は猫舌らしく、一口だけ齧って、フーフーと中の餡子を冷ましている。
その隙にお供のコウモリたちが外側の生地をパクパクと食べている。
「そういえば、そのコウモリさん達っていつも一緒にいますよね?お友達ですか?」
なんとなく魔王の背景みたいに捉えていたが、もしかしたら彼等も魔界の住民の可能性がある。
なんせ光るヒトデが人のように暮らしている世界だ。
もしそうなら、今までご挨拶もせず失礼だったかもしれない。
「あはは、サクラは面白いねえ。これは僕の魔法だよ」
「魔法?」
「うん。周囲に異常や危険がないか探索する魔法。ついでに簡単なお使いとかもこなしてくれるし、便利なんだ」
「そうだったんですね……。あ、さっき今川焼つついてたのも、もしかして毒見のためですか?」
「ううん、フワフワした食べ物が好きなんだよ。
やめてほしいんだけど、言っても聞かなくてねえ」
意思があるんだ……。
魔法とはそういうものなんだろうか。
魔王はコウモリを追い払うように軽く手を振るが、コウモリは抗議するようにキイキイと鳴きながらも、今川焼を狙い続けている。
腑に落ちないが、魔法に関しては素人なので、魔王相手に下手なツッコミはやめておこう。
屋台エリアの一番奥でアメリカンドッグを見つけたので、今川焼のお礼に魔王の分も購入して渡す。
自分の分のアメリカンドッグの外側の生地を少し千切ってコウモリに差し出してみると、2匹揃って仲良く食べてくれた。
コウモリってちょっと怖かったけど、この子たちはなんだか可愛いかも。
人差し指の腹で軽く頭を撫でてみると、クリっとした黒目を少しだけ細めた。
「可愛いですね。連れて帰りたくなっちゃう」
冗談めかしてそう言うが、魔王の返事がない。
もしかして、気分を害してしまっただろうか?
不安になって魔王の方を見ると、なんだか様子がおかしい。
表情を隠すように口元に手を当てて、目を泳がせている。
何だか顔が赤い。照れてる?何故?
「え…?魔王さん、どうしましたか…?」
そんな反応をされるような行動だっただろうか。
いつもマイペースな魔王がオロオロとした様子で言葉を探している。
「いや、頭を撫でられるなんて初めてだったから……」
「……??」
コウモリの頭を撫でるのは、そんなに狼狽えるようなことなのか。
よくわかっていない私のために魔王は言葉を足す。
「……これは僕の魔法だから、僕の半身みたいなものなんだよ。
ある程度感覚は連動してて、食べた物の味とか、触れたものの感触とかは伝わってくるんだ」
「……えっ?それは、その、失礼しました」
つまり私は何も知らずに魔王の頭を撫ででしまったようなものだということか。
そういうのは最初に教えておいてほしい。
というか、半身のくせに微妙に連携が取れていないのはどういうことなんだ。
魔王が黙ってしまったので、私も無言で残りのアメリカンドッグを頬張りながら、拝殿へ向かう。
歩く途中で日付が変わり、どこからともなくおめでとうの声が聞こえてきた。
いくら気まずくても日本人として無視はできない。
隣を見上げると魔王と目が合った。
「魔王さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「うん、末永くよろしくね」
……ちょっと違うな。
こういう時は「あけましておめでとう」を返すものではないかと思ったが、異文化圏の魔王に無理強いするものではないかもしれない。
混み始めた拝殿で手早くお参りを済ませ、せっかくだからとおみくじを引くことにする。
2人同時にくじの箱に手を入れると、2匹のコウモリも素早く箱の中に飛び込んだ。
咥えたおみくじをグイと手に押し付けられ、そのまま受け取る。
そのまま開くと真ん中に「大吉」と書かれている。
「アメリカンドッグのお礼かもしれないね。今年一年いい年になるよ」
魔王も同じように押し付けられたおみくじを手に取り、笑っている。
「これは、ズルじゃないですかね?」
「関係ないよ。風が吹いただけだと思えばいい」
「そんなもんでしょうか……。魔王さんはどうでした?」
まだ開いていなかった魔王のおみくじを、横から覗き込む。
ゆっくりと開かれたそこには、しっかりと「大凶」の文字がかかれていた。
もしや、今川焼の時に手で追い払われたのを根に持ってたとか…?
魔王の肩のコウモリは、してやったりという表情で1度だけキイっと鳴いた。




