エピローグ
日本に戻ってから1週間後、綺麗に陳列されたヘアアクセサリーの棚を眺めながら、私はうーんと首をひねっていた。
これはちょっと可愛すぎるし、こっちは派手すぎる……。
自分で使うためならもっと直感で決められるのに、誰かへの贈り物となるとつい悩みすぎてしまう。
魔界から日本に戻ったその日、私を送ってくれた魔王は「仕事があるから」と魔界へトンボ返りしてしまった。
多忙な身でありながら時間を作って付き合ってくれたのだと思うと、申し訳なさと感謝で胸がいっぱいになる。
元はといえば私が安易に引き受けた依頼なのに、魔王はこまめに様子を見に来てアドバイスをくれた。
ヒトデたちに押し潰されそうになった時も、私を守ってくれた。
改めて振り返ると、私は魔王に頼りっぱなしで、ろくにお礼もできていなかったのだ。
(自己満足かもしれないけれど、言葉だけじゃなくて何かプレゼントしたいな……)
そう思ってやってきたのが、近所のショッピングモールにある雑貨屋だった。
以前、魔王に「ヘアゴムをあげる」と約束した時は、二本で数百円のシンプルなものを渡そうと考えていた。けれどお礼の気持ちも込めて、もう少しちゃんとした髪飾りを贈ろうと決めたのだ。
しかし、陳列された無数のヘアゴムは当然ながら女性向けのデザインばかりで、どうにもしっくりこない。
シンプルなデザインなら男性でもいけると思ったんだけどな……。
私のリボン付きヘアゴムを喜んで着けていた魔王なら、何でも喜んでくれるのかもしれないけれど。
「うーん、やっぱり別のものにした方がいいのかなぁ……」
「何を探しているの?」
「ぎゃあっ!? ……って、魔王さん!?」
うんうんと唸る私のすぐ後ろに、いつの間にか魔王が立っていた。
毎度のことではあるけれど、神出鬼没すぎて心臓に悪い。
本人の前でプレゼントを選び続けるのもどうかと思ったが、私は開き直って直接聞いてみることにした。
「魔王さん、この中に好きなデザインってありますか?」
「好きなデザイン?」
「はい。前にヘアゴムをプレゼントするって約束しましたよね? だから、好きなものを選んでもらえると助かるんです」
困らせてしまうかと思ったが、魔王は嬉しそうに目を細めた。
リボン付きや金細工、べっ甲調の飾りがついたものなど、女性向けのそれを真剣な表情でひとつひとつ眺めている。
大人しく待っていると、魔王は陳列棚の一番端にひっそりと置いてあった商品を手に取った。
一人で探していた時には気付かなかったけれど、男性が使っても違和感のないシンプルなデザインだ。
小さなラインストーンがひとつだけついたヘアゴムが、二本セットで台紙にくっついている。
「これがいいな。ほら、このキラキラしたのがいいよね」
「本当ですね。じゃあこれ、お会計してくるのでちょっと待っててくださいね」
やっぱり本人に選んでもらって大正解だった。
せっかくなのでレジでラッピングをお願いする。
無地の茶色の小袋に、可愛らしいピンクの造花を添えてくれた。
「魔王さん、お待たせしました。……いろいろ助けてもらったお礼も兼ねて。受け取ってください」
「ありがとう。……すぐ使っていいかい?」
魔王は私の返事を待つ間もなく、包んでもらったばかりのラッピングを丁寧に解き、中身を取り出した。
ぎこちない手つきで後ろ髪を一纏めにすると、艶やかな黒髪の中でラインストーンがキラリと光る。
「なんだか……この前一緒に見た、あのお星さまみたいですね。
すごく似合ってます」
トーデがやって来る直前、二人で見上げた冬の夜空で一番明るく輝いていた星を思い出す。
魔王が好きだと言っていた星だ。
「うん、僕も同じことを考えてた。
このヘアゴムを使うたびに、あの星を思い出せるね。
……ふたつ入っていたから、ひとつはサクラにあげる」
「えっ? でも、魔王さんへのお礼なのに……」
遠慮する私に構わず、魔王は私の髪を一房すくい取って結んでしまった。
お店の小さな鏡を覗き込むと、片側だけの不格好なサイドテールになっている。
思わずクスッと笑ってしまい、私は諦めて受け取ることにした。
変な形に結ばれた髪を一度解き、手櫛で整えてからハーフアップに結び直す。
お揃いのラインストーンが、茶色に染めた私の髪の根元で、可愛らしく揺れた。
「……ありがとうございます。私、とっても大切にしますね」
「うん。僕も」
当初の目的は果たせたけれど、まだもう少し魔王と一緒に居たかった。
魔王もまだ帰る気はないようで、すれ違う人や立ち並ぶテナントを見ながら通路をゆったりと歩いていく。
「そういえば、仕事は順調?
今日は疲れてない?」
一瞬、何のことかと思ったが、先週末私が疲れたと愚痴っていたのを覚えていてくれたようだ。
「はい、人付き合いにちょっと疲れてしまってたんですが、もう大丈夫です。
トーデさんより酷い人はなかなかいませんから。」
冗談めかして言ったが、トーデを基準にすればどんな我儘もかわいく思えた。
それに、我儘の後ろには純粋な想いがあること、無理難題を越えた先で見える景色があることも、私は今回の経験で学ぶことができた。
「なら、良かった。
この前は酷い顔色だったからね」
「それは…ご心配をおかけしました」
気恥ずかしくて、目線を下げて謝罪する。
もしかしてあの日、急に家まで送ると言い出したのも、心配してくれてたのかな?
私の気づかない所でも魔王には色々助けられているのかもしれない。
そう考えていると、魔王がジッと私の目を見つめていることに気づく。
「元気が出たなら、もうひとつお礼を貰おうかな」
「え?もうひとつって…何か欲しいものがあるんですか?」
魔王は返事の代わりに優しく微笑むと、私の左手にそっと手を伸ばす。
小指で小指を絡め取られ、そのまま顔の前まで持ち上げられる。
「自分で考えていたよりも、僕にとって君は大切な存在みたいだ」
距離の近さに動揺しつつ、何でもないような顔をつくって魔王の小指をキュッと握り返す。
「だから、約束。
これからも君は君のままで、僕を拒まないでいてくれる?」
いつだってマイペースで堂々とした魔王らしくない、ひどく消極的な言葉だと思った。
「拒まないで」なんて、そんな当たり前のお願いを自信なさげに口にするこの人は、まだまだ私の知らない一面を隠しているのかもしれない。
「……いいですよ。でも、条件があります」
私の言葉に、魔王は表情を硬くする。
「私は、魔王さんのことも魔界のこともまだまだ知らないことばっかりです。
だから、教えてください。私、魔王さんのことをもっと知りたいし、私のことも知ってほしいです。
それが、条件です」
「……うん、そうだね。わかったよ。
ゆびきりげんまん、だね」
ホッとしたように笑う魔王は、絡んだ小指に一度キュッと力を入れ、ゆっくりと解いた。
私達は肩が触れそうな微妙な距離を保ったまま、賑わう休日のショッピングモールをもう一度歩き始めた。
☆☆☆
魔界からの帰り際、トーデから報酬として所々がキラキラと光る大きな石を貰いましたが、その場でつき返しました
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