その8
「素晴らしい出来栄えでゴザイマス!
他の追随を許さないオンリーワンのアイデンティティ!
ああ、尊敬の視線を感じマス……!」
完成した新居の中を、トーデが眩い光を放って飛び回りながら悦に浸っている。
ドームの内外にいる、手伝ってくれた50匹のピカピカ光るヒトデ達がお互いの体を打ち付け合っていた。
飲み物を飲まないトーデ達にとっての乾杯、みたいなものだろうか。
ぶつける度に光がはじけ、手持ち花火みたいに楽しげだ。
お祭りムードの中、飛び回りながら全方位にマウントを取ろうとするトーデに、皆鬱陶しそうにしながらもお祝いの言葉をかけている。
その中には、トーデを馬鹿にしてくると聞いていた右隣の住民トディや、斜め向かいのヒートも混ざっているようだ。
なんだ、仲良しじゃないか。
あんまり近づくと騒がしすぎるので、私は少し離れた丘の上の広場から完成した建物を眺めていた。
ガラスドームの中心に、木をふんだんに使った深い庇を持つコテージと広いウッドデッキが、ヒトデ達のカラフルな光で照らされている。
「絶対無理だと思ってたのに、やればできるんだなぁ…」
最初の絶望感を思い返して感慨深くため息をついていると、眩い光がフワフワとこちらに寄ってきた。
「タナカサマ!
この度はありがとうゴザイマシタ!
諦めかけていた夢を、アナタサマのお陰で叶えることができマシタ…!
この御恩はワタクシ、一生忘れマセン!」
「トーデさん…。
私も本当に嬉しいです。
新築完成、おめでとうございます」
お祝いの言葉を返すと、トーデは無言でユラユラと揺れている。
「トーデさん…? あっ!」
少し考えてトーデの意図に気づき、手をグーにしてゆっくりと前に突き出す。
トーデはチカチカと光ながら、体を私の拳に優しくぶつけた。
「これは、ワタクシ共の風習で感謝や親愛の気持ちを示すものでゴザイマス!」
「ふふっ。色々あったけど、私今、すごく楽しいです!」
トーデと共にこれまでを振り返りながら完成した家を眺めていると、突然、ガラスドームの光の軍団が動き始めた。
「どうしたのかな……。なんか、こっちに向かってる……?」
ガラスドームから出てきたヒトデ達は、真っ直ぐに私の方へ飛んできた。
つられるように近くの家からもヒトデ達が出てきて、光の塊が大きくなっていく。
そして、私の目の前まで来たヒトデ達は、ピカピカ光りながら一斉にワーワーと話し出した。
「タナカサマ! タナカサマ! 次はワタシの家をお願いシマス!」
「タナカサマ! ワタクシは本当はヨーロッパのお城のような家に住みたいのデス!」
「いいえ、ワタクシが先です! タナカサマ!」
ぐるりと取り囲まれて大声でまくし立てられる。
工事に参加していた人数の倍以上集まっているように感じる。
あまりの大声に耳が痛いし、誰が何を言っているのかもわからない。
「ちょっと皆さん、落ち着いてください! 囲まないで!」
懸命になだめるが、興奮した彼等に私の声は届かない。
それどころかどんどん距離を詰めてきて押しくらまんじゅう状態だ。
「痛い! 痛いです! ちょっと離れて! 潰れちゃう!」
見た目は可愛らしいヒトデだが、実態は岩のようにゴツゴツとした体だ。
容赦なく圧迫され、身動きが取れない。
まさか私、ヒトデに押し潰されて圧死するの…!?
「ちょっと!やめて……! 誰か、助けて……!」
無我夢中で叫んだ次の瞬間、騒々しい声がピタリと止まった。
先ほどまで何を言っても聞かなかったヒトデ達が、スッと私から離れていく。
よくわからないけど、助かった……。
大きく息を吸い込んでから、安堵のため息をつく。
「大丈夫? 怪我はない?」
真後ろから声をかけられて振り向くと、そこには黒いマントをはためかせ、堂々と立つ魔王がいた。
「魔王さん! 来てくれたんですね!」
「サクラ…かわいそうに、少し血が出てるね」
魔王は、血が滲む私の腕をいたましげに見つめたあと、視線を前に向ける。
広場では先ほどまで騒がしかったヒトデ達が、小さな光を放ちながら静まり返っている。
彼等を見渡したあと、魔王は笑顔でゆっくりと口を開いた。
「トーデ、新築の完成おめでとう。いい建物になったね」
「身に余るお言葉にゴザイマス!」
魔王の言葉は優しいが、なぜか背筋が冷たくなるような緊張感があった。
トーデは控えめにチカチカと点滅しているが、いつもよりも声が硬く感じる。
魔王は悠々と言葉を続ける。
「だけど、君たちは調子に乗りすぎたかもしれないね。
彼女は僕の設計士だよ。君たちのせいでケガをしたんだ。
賢い君たちならどうすべきか……わかるね?」
静かに、淡々と語りかける魔王。
私のために怒ってくれていることはわかるが、冷たい空気に耐えられず口を開く。
「魔王さん、私は大丈夫ですから!」
「サクラ、ダメだよ。こういうのはしっかり釘を差しておかないと」
魔王は態度を改めるつもりはないようで、子どもに言い聞かせるようにたしなめられてしまう。
トーデがフヨフヨと魔王から距離を取り、地面に落ちるよう体を伏せた。
次の瞬間、フヨフヨと漂っていたヒトデ達が一斉に地に伏し、声を揃えて叫ぶ。
「魔王サマとタナカサマに永遠の忠誠を!」
「魔王サマとタナカサマに永遠の忠誠を!」
好き勝手にカラフルな光を放っていた彼らは、今は同じ青白い光を規則的に点滅させ、まるで光の波のような景色をつくっている。
その声には先ほどまでのような気安さはなく、魔王という存在への恐れがにじみ出ていた。
魔王は何も感じていないような顔で黙ってその光景を見つめた後、私の方へ顔を向けた。
「良かったね。
これで、しばらく絡まれることはないと思うよ」
「……私、こんなことお願いしていません。」
お礼を言うべきだとわかっているのに、口から出たのは全く違う言葉だった。
「魔界の住民は日本と違うんだよ。
言うことを聞かせるには、恐れさせるのが一番手っ取り早い」
何でもないことみたいに話す魔王は、すごく遠い存在みたいだ。
私に対してはいつも優しいくせに、時々魔王らしい冷酷さが垣間見える。
何も知らない私が、魔王のやり方に口を挟むべきではないのかもしれない。
……だけど、今回は私のせいだ。
私のために魔王が嫌な役割を買って出て、皆に恐れられるなんて──そんなのは寂しすぎるじゃないか。
「さあ、帰ろうか。家まで送るよ」
手を差し出した魔王の顔を見て、決意を固める。
私は思い切り息を吸い込み、広場全体に響くようにありったけの声量で叫んだ。
「魔王さん! 私のためにありがとうございます!
でも、ちょっと偉ぶりすぎだと思います!」
魔王は目を丸くして驚いている。
何か言いたそうだが無視して、ヒトデ達の方を見据えてまた口を開く。
「そこのヒトデ達ー!
人の話は聞きなさい!
オシャレな家に住みたいなら、まずは自分で一生懸命に考えなさい!
トーデさんはそうしましたよ!
あと、人に怪我をさせたなら、忠誠じゃなくてゴメンナサイ、です!
わかりましたかー!?」
叫び終わると、少しむせた。魔王がそっと背中をさすってくれた。
広場のヒトデ達は戸惑ったようにパラパラと光を放っている。
すると、トーデがフヨフヨと目の前にやってきた。
「タナカサマ、この度は一族を代表してワタクシが謝罪させてイタダキマス。
大変失礼イタシマシタ。
一族の者にはしっかりと指導させてイタダキマス。
……しかし今後、建物についてどうしても壁にぶつかった時には、またご相談させていただけますデショウカ?」
「……もちろんです!
でも、ちゃんと私の都合も考えてくださいね?」
「承知イタシマシタ!」
トーデは嬉しそうに、ピカピカと光った。




