その7
次の日、建築工事が始まった。
魔界の流通の仕組みは不明だが、朝一番にはトラックダが山盛りの資材を運んでやってきた。
生のトラックダは思ったよりも大きくて迫力がある。
背中の荷台にはおそらく炎上への対策として亀の甲羅のように透明なカバーがかかっていた。
慎重に資材を下ろして顎下をひと撫ですると、トラックダはメェ~と鳴いて帰っていった。
これで準備は万端だ。
この集落では、新築や修繕の際には住民同士で助け合う習慣があるらしい。
どこからともなく色とりどりのヒトデたちが集まり、威勢よく協力してくれたのだ。
その数、およそ五十匹。
大変ありがたいことではあるのだが……いかんせん、耳と目が痛い。
全員が全員、チカチカと激しく発光しながら作業する上に、とにかく声がデカくて口数が多いのだ。
「見てごらんナサイ! この芸術的な接合部!」
「この設計図、本当にこれで正しいのデスカ!? もっと普通にすればイイノニ!」
「チョット! 木材が割れてしまいマス! もっと繊細に扱いナサイ!」
「誰デスカ! ここのデザインを勝手に変更したのは! ワタクシの素晴らしいプランを何だと思っているのデスカ!」
トーデだけでも鬱陶しいのに、それが五十倍である。勘弁してほしい。
ちなみに魔王とポポタンは、計画の序盤の内に「完成した頃にまた来るよ」と言い残して帰ってしまった。
ポポタンだけでも置いていってくれないかと交渉してみたが、魔王にはやんわりと断られた。
そんなわけで、私は一人、工事現場から少し離れた安全圏から現場を見守っていた。
このペースで進めば、今日中に完成するかもしれない。
昨日夜通し描いた図面と見比べながら進捗を確かめていると、フヨフヨとした光が一つ近付いてきた。
トーデだ。
大勢のヒトデたちを見比べて分かったのだが、トーデは他と比べて少し体が大きく、発色が赤みがかっている。
「タナカサマ! そろそろ外周部が完成イタシマス! 問題ないか念のためご確認を!」
「了解です! 今行きますね!」
図面を片手に立ち上がる。
現場の方へ視線をやると、以前と同じく美しい多面体のガラスドームが組み上がりつつあった。
☆☆☆
「ガラスドームをもう一度つくるデスッテ!?」
昼食後、三人+一匹の作戦会議で私が切り出した計画に、トーデは最初あからさまに難色を示した。
「ワタクシはバリ風のリゾートハウスに住みたいのデス! 今までと同じでは意味がアリマセン!」
「最後まで聞いてください!
確かにまたガラスドームを作りますが、前と同じ家を建てるわけじゃありません。
以前より一回り大きなガラスドームを作って、その『中』に本物の木を使ったバリ風リゾートハウスを建てるんです!」
私の提案に、トーデも魔王もピンと来ないといった顔をしている。
私はお茶を一口飲んで喉を潤すと、プロとしての説明を続けた。
「ただドームの中に木を入れるだけでは、まだ熱で炭化するリスクがあります。
だから構造を少し変えるんです。
ガラスを二層に重ねて、その間に『動かない空気の層』を作ります。
二重窓や複層ガラスと同じで、この空気層が強力な断熱材の役割を果たしてくれるんです」
空調設備と併用すれば、ドーム内部の温度は木材が安全に使えるレベルまで一気に下げられるはずだ。
「……トーデさんたちにとっては、少し肌寒いくらいの室温になるかもしれませんが」
「室温はゼロ度を下回らない限りは生活に差し障りゴザイマセン!」
「なら大丈夫です! 温度さえ下がれば、あとは中に理想のリゾートハウスを建てるだけ。
透明なガラス越しなら、室内から安全に極炎湖の美しい景観を楽しむこともできます」
そこまで一気に説明すると、私は少し言葉を落として、ずっと心の隅で抱えていた想いを口に出す。
「それから……これは私の勝手な想いですけど、私、ここに来たときあのガラスドームの街並みにすごく感動したんです。
個性も大事ですけど、統一感から生まれるあの景色も、この場所にとっての素晴らしい『個性』だと思うんです。
この方法なら、集落の美しい景観を壊さずに済みます」
ドキドキしながら、二人の顔を見つめる。これがダメなら、またイチから考え直しだ。
「ナルホド……悪くないご提案でゴザイマス
。
ワタクシ共にとってガラスを扱うのは容易なコト。
ドームを重ねて作るのは初めてですが、なんとかなるデショウ。
……しかし、本当にそんな方法で極炎湖の熱を遮断できるノデショウカ?」
「うっ……そこなんですよね……」
トーデが案を受け入れてくれてホッとしたのも束の間、痛いところを突かれた。
理論上は間違っていないはずだが、ここは魔界だ。実際にどこまで温度が下がるかはやってみないと分からない。
悩む私に、黙って話を聞いていた魔王が優しく助け舟を出してくれた。
「分からないなら、確かめればいいんじゃない?
小さい模型を作ってみるとかさ。
トーデならすぐ作れるでしょ?
一つひとつ条件を確かめていけば、最後にはきっと上手くいくよ」
なるほど。
シンプルだが、一番確実なアドバイスだった。
魔王は時々、悔しいくらい頼もしい。
「うん、確かにその通りですね!
よし、実験してみましょうトーデさん!」
☆☆☆
そんなこんなで実験と検証を重ねた結果、ガラスドームは三層構造にし、出入り口からの熱気流入を防ぐために二重ドアの『風除室』を設けることに決めた。
内部に使う木材は、念のために薬品を注入した『不燃処理木材』を採用する。
屋根は茅葺きではなく小さな木板を敷き詰める形にして、出来るだけイ当初のイメージに近づけていく。
こうして出来上がった設計図を元に、50匹強のヒトデ達が建物を組み上げていく。
作業は順調そのものに進み――ついに、完成の瞬間を迎えたのだった。




