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その6

「ああ、もうっ!


アレもだめコレもだめって、少しは『妥協』という意識を持ったらどうですか!


この頑固ヒトデ!」


「ヒトデ……ヒトデ!?


そんな日本の海洋生物とワタクシを一緒にしないでクダサイ!


なんて失礼なのデショウ!


そもそも、建て替えは一生に一度の一大決心なのでゴザイマス! 妥協なんてトンデモナイ!


どうしてこの気持ちが解らないのデスカ!?」


お互いに遠慮を捨て、思うがままに言い争う。

グーパンチを受けたトーデは特に気にした様子もなく、相変わらずの厚かましさだ。


ふにゃふにゃに見えたトーデの体は、実は岩のような硬さを持っていて、パンチした私の拳は今もジンジンと痛んでいる。


理不尽だ。


しかし思い切り殴ったお陰か、なんだか吹っ切れてしまい私はトーデに容赦なく言い返せるようになった。


結果、ここ数時間ずっとトーデと口喧嘩を続けている。

大変に不毛だ。


だが、口を動かすとアイデアもつられて出てくるもので、私はリゾートハウスに関するいくつかの代替案を出してみた。


しかしトーデの反応が鈍かったり、現実味がなかったりと結果は思わしくない。


見た目も声もやかましいトーデとの対話にイライラが募る。


しかもお腹まで減ってきて、ストレスは倍増だ。


「あぁ、もう疲れちゃった……。


トーデさん、そのピカーって映すヤツでプロジェクションマッピングでもしたらどうですか?


理想のリゾートハウスがお手軽簡単に手に入りますよ」


「思考を放棄しないでクダサイ!


それでは建て替える意味がありマセン!」



「ワォーン!」



「そうですよね……って、え!?!?」



投げやりな会話を交わしていると、突然どこからか犬の遠吠えのような声が聞こえてきた。


周囲を見回すと、少し離れた高台を茶色くて大きな秋田犬が、尻尾をフリフリさせながら駆け下りてくるのが見えた。



「ポポタン……!? ポポタンだ!」


ポポタンは、私が以前設計した犬小屋の主である単頭ケルベロスだ。約三ヶ月ぶりの再会に心が躍る。


ポポタンは軽やかな足取りで集落内を駆け抜け、あっという間に私たちの目の前までやってきた。お座りの姿勢になると、「ワンッ」と一回元気よく鳴いた。


私はその首元に思いっきり抱きつき、ワシャワシャと撫で回す。


「ポポタンー! 会いたかったよ! 元気にしてた?」


「ワフッ、ワフッ!」


「そっかそっかー。


君は相変わらずフワフワだねぇ」


荒んでいた心が急速に癒やされていく……!


ところで、ポポタンがここにいるということは、もしかして魔王も一緒なのだろうか?


ポポタンの首元から顔を上げると、頭上から声が降ってきた。


「おつかれさま。作業は順調?」


「魔王さん!」


魔王はポポタンの頭の上からぬっと上半身を出して、私を見下ろしていた。


つい数時間前まで一緒にいたのに、なんだか無性に久しぶりな感じがする。


「差し入れ、持ってきたよ。お昼ご飯にしようよ」



魔王は微笑みながらヒラリとポポタンの頭から降りると、右手を軽く一振りをしてみせた。


次の瞬間、目の前に見慣れたちゃぶ台セットが現れる


。ちゃぶ台の上には二つのお弁当箱、そしてポポタン用のご飯皿が並んでいた。


「ありがとうございます……!


実は完全に手詰まりで、お腹もペコペコだったところなので本当に嬉しいです!」


お礼を言うと、魔王はニッコリと笑ってお茶を淹れてくれた。優しさが五臓六腑に沁みわたる……!


お弁当箱の蓋を開けたところで、この場にいるもう一人の存在を思い出した。



「あ! そういえば、トーデさんは……? ご飯はどうしますか?」


目の前で私たちだけ食べるのも気が引ける。何もないなら私のお弁当を半分分けてあげるべきだろうか……。


あ、でも唐揚げは絶対に渡したくないな。

卵焼きもちょっと嫌だ……。


プチトマトくらいなら、まあいいか……。


だが、私の浅ましい葛藤をよそに、トーデはピカピカと光りながら答えた。



「ワタクシ共は洗練された身体を持っておりますので、そのような食事は必要ゴザイマセン!


光と熱さえあればそれだけで生きていけるのでゴザイマス!」


うーん……。毎回ひとこと余計なんだよなあ。


しかし食べ物がいらないなんて、植物みたいな生態だ。

植物はこんなに喧しくないけれど。


「……まあ、それなら良かったです。では、私たちはいただきますね」



トーデは「昼食代わりに光を浴びてくる」と言って、青い炎の方へ飛んでいった。


見ると、炎の周りに複数の光るヒトデが集まっている。

……ランチ会みたいなものだろうか。


気を取り直して、私も箸を握る。お弁当箱の中身は私の大好物ばかりだ。



まずは卵焼きを一口。

まだ温かくて、じゅわっと甘みが広がる。


「このお弁当、何か魔法がかかってるんですか? すごく出来立ての温度なんですけど……」



魔王はおにぎりを頬張りながら教えてくれた。ちょっと行儀が悪い。


「うん、お弁当箱に保温の魔法をかけてあるんだよ。そうしないと、この辺りには持ち込めないからねぇ」


確かに、ただ持ち込んだだけなら弁当箱もろとも瞬時に消し炭になっていただろう。

魔法って本当に便利だ……!



「魔法をかけてくれたヘアゴムも、すごく助かってます。


……もしかしてポポタンも、魔法で体温調整してるんですか?」



「いや、ポポタンはフワフワだからね。気温の変化に強いんだよ」



「フワフワだからって……そんなこと関係あります……?」


魔王は相変わらずわけのわからないことを言う。


……しかし、何か引っかかる。


魔王の言葉はいつも捉えどころがないけれど、嘘をついたり適当に誤魔化したりはしない。


なんだろう、今の一言に、何か決定的なヒントが隠れている気がする。



「フワフワ……温度……毛……空気……」


――そうだ!


日本で新築住宅の現場見学をした時、断熱材の説明を受けたことを思い出す。


細い繊維の間に大量の『動かない空気』を抱え込ませることで、熱の伝わりを遮断する仕組みだ。


「そっか……! 解った……!! これなら、本物の木を使えるかも……!」


稲妻が走ったように脳内でアイデアが繋がり、私は思わず勢いよく立ち上がった。


今すぐこの解決策を誰かに話したくて、ウズウズしてたまらない!


そんな私の興奮を感じ取った魔王は、いつもの穏やかな笑顔でなだめるように声をかけてくれた。


「何か思いついたの?


まあ、一旦落ち着きなよ。トーデを呼び戻してあげるから。


ご飯を食べながら、そのアイデアを教えてくれるかい?」


「はい! ぜひ聞いてください!」



戻ってきたトーデと魔王、そしてポポタンを囲み、私は自分のアイデアを熱弁した。


そうしてついに――酷暑の魔界における、トーデの理想のバリ風リゾートハウス計画が完成したのだった。

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