その5
キラキラと輝くガラスドームの街並みを眺めつつ、トーデの自宅に向かって歩く。
ドームの中にはそれぞれテーブルセットやベッドなどの家具が置かれ、その中で家の主がピカピカ、ふわふわと漂っていた。
なんだか巨大なスノードームみたいで可愛い。
だが、個性を追求するトーデにとっては面白くない景色のようで、歩きながらブツブツと不満を垂れ流し続けている。
「お分かりでショウ!
ご覧の通り、この集落の家にはアイデンティティというものがゴザイマセン!
ああ、なんと嘆かわシイ……!」
確かに、ドームの中で使われている家具はどれも岩を切り出して造られたようで、形こそ違えど似通った雰囲気をまとっていた。
これだけ気温が高いと、ほかの素材が使えないのだろう。
ずっと見ていると飽きてくるという気持ちも、分からなくはない。
集落のちょうど真ん中あたり、最も住宅が密集するエリアにトーデの住まいはあった。
ほんの十メートルほど離れた位置に、青い炎が絶え間なく噴き出す『極炎湖』の縁が見える。
本来なら相当な気温のはずだが、今の体感温度は日本の七月初旬くらいだ。
魔王がヘアゴムにかけてくれた魔法のおかげだろう。
これがなければ、私は今頃先ほどの映像の木材と同じく、一瞬で炭化していたに違いない。
絶対になくす訳にはいかない……!
「コチラがワタクシのスイートホームにゴザイマス! どうぞ、お入りクダサイ!」
「うわぁ……」
促されて中に入り、悪い意味で絶句した。
トーデの家も他と同じくガラスの多面体で構成されていたが、内部の雰囲気は明らかに異様だった。
まず、圧倒的にモノが多い。
テーブルを中心に、床を埋め尽くすように謎の生物の石彫刻が並べられ、そのすべてが玄関にいる私たちをぎょろりと睨みつけている。
上を見上げれば、ガラスでできた球体や立方体のオブジェが所狭しと吊るされていた。
さらに謎なのは、すべての彫刻やオブジェにヘドロのような黒ずんだ汚れがへばりついており、そのせいで室内全体がどんよりと薄暗いことだ。
「あの……トーデさん、この彫刻は……?」
「流石タナカサマ!!
お招きして早々、素晴らしい着眼点でゴザイマス!
こちらはワタクシが長年かけて集めたコレクション!
そこへさらに自己表現を加え、唯一無二の芸術を作り上げたのデス!」
「なるほど……自己表現、ですか……」
ピカピカと誇らしげに光りながら言われると、何も言い返せない。
前衛的過ぎるヘドロアート群は一旦スルーして、気になっていた疑問をぶつけることにした。
「ここって、何か冷房的なものがあるんですか?
ドームの中に入った瞬間、少し空気がひんやりした気がするんですが……」
もし青い炎の熱気を防ぐ高性能な空調があるなら、木材を使う手段が見つかるかもしれない。
「お目が高イ!!
我が家では床下に最新モデルの『冷却魔石I-2026型』を埋め込んでおりマス!
その効果で、外気温約八百度に対して室内温度は約三百度!
暮らしやすい快適な温度で保たれているのでゴザイマス!」
「なるほど〜、スゴイデスネ〜」
胸を張って自慢げに光るトーデ。
……三百度。外に比べればマシとはいえ、普通に私の実家にあるオーブンレンジの最高温度を超えている。
それを快適と言えるトーデにもビックリだ。
ふと、空調があるなら気を使えるのではないかと思いつき、室内が三百度、室外が八百度の木造リゾートハウスを想像してみる。
想像の中で木材達は真っ赤な炎をあげて即座に燃え上がり、最後には消し炭だけが残った。
ダメだ、木を使うのは諦めるべきか……?
「……そうだ!
石を薄く切り出して、木材風に見せるのはどうでしょう?
細幅の石を並べれば、きっと板張りみたいな雰囲気を出せますよ!」
思いついたままに口にしたが、中々悪くないような気がした。
石ではないけど、コンクリートやタイルで木目を再現するのは、日本でもよくあるやり方だ。
だが、トーデはあからさまにガッカリした顔(?)をして、深いため息を吐き捨てた。
「ハァ〜……何をおっしゃるヤラ!
木の魅力がそんな代用品で再現できるわけがゴザイマセン!
あの芳しい香り!
温かみのある質感!
繊細な木目!
それらが揃ってこそのバリ風リゾートハウスでゴザイマス!
まったく、プロならもう少し真面目に考えていただきたいものでゴザイマスねぇ!」
「……それは、どうもスミマセンでしたね!!」
本当にいちいち腹の立つヒトデだ。
こっちは「300℃で木が燃える」という絶望的な制約の中で、なんとかアイツの要望を汲み取ろうと必死に頭を捻っているというのに!
ムッとしてぶすくれる私をよそに、チカチカと明滅を強めたトーデが大声を張り上げる。
「では早速デスガ! タナカサマ! お願いイタシマス!」
その言葉と同時に――メリメリッ!とガラスドームに亀裂が入った。
ヒビは瞬く間にクモの巣状に広がり、頭上のオブジェもろとも、天井のガラス全体が崩落してくる!
「ぎゃーっ!!!」
頭を抱えて必死に目を瞑る。
……デジャヴだ、前にもこんな目に遭った気がする!
だが、予想していた衝撃音も破片の雨も訪れない。
恐る恐る目を開けると、宙に浮いた無数のガラスの破片が、ふわふわと漂っていた。
……これもトーデの力なのだろうか。
私の冷や汗も知らず、相変わらずピカピカと能天気に光りながらトーデが言う。
「準備は整いマシタ! タナカサマ! まずはどうイタシマショウカ!?」
もしかして、建替えるために壊した……!?
私ものすごく焦ったんですけど…!?
度重なる横暴に、さすがに我慢も限界である。
当たり前のような顔で催促してくる発光ヒトデの中心(顔?)に向かって、私は右拳を思いっきり叩き込んでやった。




