その4
「すごい……なんて綺麗……」
日本ではあり得ない幻想的な風景に、思わず感嘆の声が漏れる。
ドームから漏れ出る光は強さも色も様々で、よく見ると中で光源が動いていた。
私が一人で感動していると、トーデは大きくため息をついて肩(らしき部分)をすくめる。
「あの多面体のドームがワタクシ共の居住する建物でゴザイマス。
この辺りは地面の下からガラスが豊富に採れますノデ、皆ガラスを使って家をつくるのデス。しかし、どこを見ても同じ景色で本当に嫌になってしまいマス。
無個性で、想像意欲のない烏合の衆といった具合でゴザイマショウ?
ワタクシはこれが嫌で嫌で、家具や形を変えて創意工夫をしていたら、同調圧力に支配された個性の欠片もないヤツラに嘲笑され……。
耐え難い屈辱を味わったのでゴザイマス……!」
「えっと……私は結構綺麗だと思ったんですが……。まあ、いろんな価値観がありますね」
私からすれば、このガラスドームの集まりは統一感があり、地域特性を活かした素晴らしい街並みに見える。
むしろ趣きの違う建物を建てる方が、この素晴らしい景観をぶち壊してしまうのではないだろうか。
だが、ずっとここで暮らしてきたトーデからすると見え方が違うらしい。
トーデの話は鼻につく部分も多いが、自分の住まいをより良くしようと努力する姿勢は、設計に携わる者として共感できる。
努力をバカにされて落ち込む姿に、少しだけやる気が出てきた。
「うーん。わかりました、トーデさん!私にどこまでできるか分かりませんが、一緒にいい建物をつくりましょう!」
「タナカサマ……!」
感極まった様子で眩い光を放つトーデが、全身を広げて抱きつこうとしてきたのをヒョイと避ける。まだそこまで気を許してはいない。
方向転換して突進してくるトーデを避け続けていると、今まで静かだった魔王が口を開いた。
「目的地にも着いたことだし、僕はこれで失礼するよ。頑張ってね」
「え……!? 魔王さん、帰っちゃうんですか!?」
「うん、仕事もあるしね。
自分で決めたんだから、ちゃんと自分で頑張るんだよ。
まあ、何かあったら呼んでくれればいいから。
それじゃ、またね」
魔王はそう言って手をヒラヒラと振ると、一瞬で姿を消した。
確かに、ここに来ると決めたのは私自身だ。
そう思えば、多忙な魔王がここまで付き添ってくれただけでも十分ありがたい。
……ありがたいのだが、側にいてくれると思い込んでいた私は、魔界に一人取り残されたという現実に急激に心細くなってきた。
「うわあ……どうしよう……」
やっぱり、もう帰りたいかも……。
しかし、目の前のヒトデは元気いっぱいだ。
「では! さっそくですがタナカサマ! ワタクシの自宅建設予定地を見に行きましょう!」
不安で立ちすくむ私の気持ちなど知ったこっちゃないという感じで催促してくる。
急かすような高速点滅が腹立たしい。
だが、ここで立ち止まっていても仕方がない。私は大人しくトーデの後に続き、集落へ続く坂道を下り始めた。
歩きながら、トーデが集落について説明してくれる。
「ここでは『火の番人』であるワタクシたち一族が暮らしておりマス。
約二千人の住人は全てワタクシの家族・親族デス。
一人前になると家を建てて一人暮らしを始め分家するのデス」
「すごい大家族ですね。
『火の番人』っていうのは、あの青い炎と何か関係が?」
集落の中心にある大穴からは、常に青い火柱が燃えあがっている。
確か青い炎は赤い炎より温度が高いはずだ。大穴の中にはガスか何かが充満しているのかもしれない。
……あまり近寄らない方が良さそうだ。
「タナカサマ、よくぞ聞いてくださいマシタ!
あの青い炎が燃え滾る場所は、魔界一の面積と熱量を誇る湖、通称『極炎湖』でゴザイマス!
極炎湖の特別な炎は、他の炎とは一味も二味も違いマス!
この青い炎で焼いたマシュマロは香り高く絶品と評判なのデス!
この炎を他の民族に切り売りすることで生計を立ててオリマスので、あの青い炎とワタクシ共は一心同体なのでゴザイマス!」
トーデは体を七色に光らせ、全身で誇らしさをアピールする。
炎を切り売りするという概念はよく分からないけれど、特別な炎と言うワードに、オリンピックの聖火ランナーを思い浮かべる。
炎の質でマシュマロの味が変わるのかは疑問だが、ちょっと食べてみたいな。
胸を張って輝いていたトーデだったが、ふと光が弱まり、声のトーンが落ちた。
「しかしながら……この炎こそが、ワタクシの悩みの種でもあるのでゴザイマス。
以前、ワタクシも日本から木材や茅を輸入して、自力でバリ風の建物を建てようとしたことがあるのですが……」
「輸入……。輸入ですか。日本と魔界に国交があるとは知りませんでした……」
私の素朴な疑問は当然のようにスルーされる。
魔界は人の話を聞かないヤツばっかりだ。
「その結果どうなったかと言いますと……こちらの映像をご覧ください!
ジャジャーン!」
そう言うと、トーデは再び空間に映像を投影し始めた。
効果音をわざわざ口にする所が私の叔父さん(46歳・独身・変人)と似ていて、ちょっと微妙な気持ちになる。
映像には資材の運搬風景が映し出されていた。
トラックとラクダを足して2で割ったような生き物に、木材が山積みされている。
コブがある部分は箱状になっており、足元は4つのタイヤがついている。
「こちらは、輸入した建材をトラックダに載せて自宅まで運ぶ際の様子でゴザイマス!」
「トラックダ……トラックダって言うんですね、この生き物」
「そうでゴザイマス。何か?」
「いえ、何でも。」
どんな時であれ、人様のネーミングにケチをつけるべきではない。
親父ギャグみたいだなんて決して思うべきではないのだ。
頭を切り替えて、真面目に映像を見る。
薄暗い道を太いタイヤでガタガタと走るトラックダが集落に入り、極炎湖のほとりに近づいた
――その瞬間。
積まれていた木材から大量の蒸気が噴き出し、一瞬でメラメラと激しい炎に包まれ、最後には真っ黒な炭とトラックダだけが残された。
映像の中で、無傷のトラックダが悲しそうに「メェ~」と鳴いた。
「………………」
「以上が、ワタクシの敷地の抱える問題点でゴザイマス……! なんの知識もないワタクシには、これ以上どうにもできマセンでした。
しかし! 専門家であるアナタサマなら、きっと解決策をお持ちのはずデス!
タナカサマ! どうかその腕を見込んで!
ワタクシのために湖畔のバリ風ハウスを作ってくださいマセ!」
弱々しかった光を再び激しく点滅させ、私の顔に触れそうなほど接近して大声で懇願するトーデ。
ビシビシと伝わってくる圧倒的な期待。だが、こんな致命的な大問題を今さら知らされても、どうしろというのだ。
木材を近づけただけで炭になる場所に、木造のリゾートハウスを建てろ……? 物理的に成り立たない設計を、駆け出しの私にどうしろというのだ。
ここまで来て「無理です」とも言えず、私は心の中で盛大に頭を抱えた。
「ああもう……この後出しヒトデめ…」
初めて魔界に来た時以上の「詰み」状態に、私は深い溜め息をつくしかなかった。




