その3
ただ歩くだけで、額から玉のような汗が落ちる。
凄まじい熱気に、5m先の景色が蜃気楼のように歪んで見える。
先ほどまでは冬の日本で寒さに震えていたのに、今は真夏…どころか広大なサウナを歩いているように蒸し暑く、一歩踏み出す毎に体力を奪われていくのを感じる。
「暑い、暑すぎる……」
つい愚痴をこぼしてしまうけれど、賛同者はいない。
共に歩く魔王も、発光ヒトデのトーデも暑さなんて感じていないかのように汗1つかかず涼しい顔だ。
私達は今、トーデの自宅のある集落に向かって、岩山のような険しい道をひたすら歩いている。
発光ヒトデのトーデが襲来したその後、一度家に帰り準備を整え、一晩休んだ次の日に魔王の力で魔界に連れてきてもらった。
前回はポポタンの家から殆ど動かなかったので、魔界の景色をちゃんと見るのは初めてだが、全体的になんだか暗いしよく見えない。
集落に向か急に魔王が現れると騒ぎになるかもしれないとのことで、少し離れたところから歩き始めたが、進めば進むほど暑さが増していく。
暑さと視界の悪さ、足元のデコボコした岩、ハイキングには最低のコンディションだ。
これ以上暑くなったら……万年文化部でも絵に描いたようなもやしっ子の私に耐えられるだろうか……。
これまでの道のりで、トーデは自身の願望をそれはもう尊大に語り上げた。
「ーーータナカサマ、ちゃんと聞いておられマスカ?
つまり、ワタクシはあの軽やかで趣ある木の風合いに一目で魅了されてしまったのでゴザイマス!
あの吹けば飛ぶような屋根も大変面白い!
最高の住まいかつ、素晴らしい芸術作品デス!」
「……聞いてますってば。その話3回目ですけどね」
魔界に来てからもトーデは延々と理想の住まいについて語り続けている。
トーデの誇張や見栄に満ち溢れた長々とした話を、大雑把にまとめると次の条件が整理できた。
・他にはないアイデンティティ溢れる家
・敷地の目の前にある青々とした湖の景色を生かしたい
・バリ島のコテージのように自然素材を活かしたリゾート風の建物
トーデは何故か日本の旅行雑誌を愛読しており、「南国のリゾート特集!」に出てきたバリ島の建物に強く心惹かれたらしい。
バリ島のコテージと言われてもピンと来ていない私のために、トーデは悠長に語りながら、映写機のようにその写真を空間に投影して見せてくれた。
器用なヒトデである。
水辺に張り出して建てられた木材をふんだんに使った小さな建物。その屋根は細く乾いた植物…恐らくは茅葺きとなっており、見ているだけでもなんだか涼しげだ。
曰く、
「ワタクシの目指すものはコレでゴザイマス!
酷暑の地でも自然を楽しむ建物、それこそワタクシが望む最適解であると確信してオリマス!」
とのことだ。
正直、そこまでイメージが固まっているのであれば自分の手で作り上げたほうが早いんじゃないかと思ったが、敷地に色々と問題があるらしい。
その敷地の問題とやらが分からないと何も考えようがないが、トーデの話はすぐに逸れたり大袈裟な誇張が入ったりで中々知りたい事に辿り着けない。
暑さで頭も朦朧としてくる中、私はトーデの話を聞くことを諦めて、歩くことに専念する。
前を歩く魔王はいつも通りの真っ黒のマントで、見ているだけで暑苦しい。
ふと、先ほどまではなかったはずの違和感に気づいた。
「あれ……?魔王さん、そのヘアゴムどうしたんですか……?」
「ここは暑いからね。ちょっと髪を纏めてみたんだ。似合う?」
魔王が後ろ髪を手で掬い上げて聞いてくる。
艷やかな長い髪は、ピンク色のリボンがついたヘアゴムで1つに束ねられていた。
似合うかと聞かれたら、どう考えても似合わない。
というか、私はそのヘアゴムにおおいに見覚えがあった。
「いや、それ私のですよね!?最近なくしたと思ってたら、魔王さんが盗んでたんですね!?」
「ヘアゴムって便利だねえ。初めて使ったけど、髪が邪魔にならなくてすごくいいよコレ」
相変わらず魔王の返事はどこかズレている。
いつもなら受け流すけれど、ピンクのリボンは私のお気に入りだし、これは明らかに窃盗である。
「ヘアゴムが欲しいなら今度別のをあげますから、それは返してください!」
「新しいのくれるの?うれしいなあ。
じゃあこれは、はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
あっさりと返してくれた魔王に、何故かお礼を言ってしまった。腑に落ちない。
私の髪は常に結ぶほど長くはないけれど、こう暑いと首周りが鬱陶しくなってくる。
せっかく返ってきたので、髪を1つに束ねる。
ヘアゴムを髪の束に通した瞬間、急に体の周りの熱が引いていくのを感じた。
「あれ…?魔王さん、これって…?」
明らかに体感温度が下がっている。
魔王がヘアゴムに何か細工をしたのだろうか?
「びっくりした?。
温度調整の魔法をかけてみたんだ。
魔界にいる間は肌見放さず身につけておくのがオススメだよ」
してやったり、という顔でニヤリと笑う魔王。
もしかしてそのためにヘアゴムを…?
先ほど、軽く怒ってしまったことが申し訳なくなる。
いや、でも、事前にちゃんと教えてくれればいいのに…。
悶々としていると、先頭を行くトーデがピカピカと光始めた。
「見えてまいりマシタ…!あちらがワタクシの集落でゴザイマス!」
トーデの示す先を見ると、思わず息を呑む。
目の前には真っ青な炎の吹き上がる大穴と、それを囲って光り輝く無数の透明なドームが見えた。
それはまるで、宝石箱のように美しい景色だった。




