その2
「魔王サマ! 魔王サマッ!
お会いできて光栄のキワミでございマス!
こちらの方は、噂のタナカサマでございますネ?
きっとそうでございまショウ!
大変キョウシュクながら、タナカサマにどうしてもお願いしたいコトがありまして、お探ししていた次第にございマス!
ああ、ワタクシ、『火の番人』をしております、トーデと申す者でございます!
以後、オミシリオキを頂戴したくお願いしマス!
どうかどうか、ワタクシのお話をお聞きなさってくださりませんでしょうカ?」
飛来してきた光るヒトデ……トーデは、ピカピカと明滅しながら変な敬語でまくし立てる。
彼(彼女?)のオレンジ色の肌にはよく見るとブツブツとした凹凸があり、発光すること以外は見れば見るほどリアルなヒトデだった。
口らしき器官は見当たらないが、喋るときに身体が携帯電話のバイブのように小刻みに震えるので、全身を使って発声しているのかもしれない。
そんな光って喋るヒトデのトーデは、何やら魔王ではなく私に用があるようだ。
ヒトデから頼まれごとをされるような心当たりは全くないんだけど、私は一体魔界でどんな噂になっているんだろう。
「ーーごめんね。今ちょっと忙しいから」
私が答えあぐねていると、魔王はいかにも面倒くさそうな愛想笑いを浮かべて代わりに返事をした。
なんだかやけに素っ気ない。
オマケにどっか行けとでも言うように左手をシッシッと振っている。
忙しいと言っているが、彼はこのあと『コンビニの新作フレーバーティー』を飲みながら私の家までついてくるという、宇宙規模で見ても重要度ゼロの予定しか控えていない。
話を聞く暇もないほど多忙なわけがないはずだが、察するにただ単にメンドクサイのだろう。
軽くあしらわれたヒトデのトーデは、5本ある腕の内の2本をパキッと折り曲げて四つん這いになり、全身で絶望を表現しながら大げさに嘆き始めた。
「そ……そんな……! あんまりでございマス……!!
ワタクシはここまで来るために家族の反対を押し切り、険しい道を越え、それはもう死にそうな思いを何度も何度もイタシましたのに……!
やっとのことで辿り着いたと思ったら、話すら聞いてイタダケず、少しの希望すらイダカセていただけないだなんて……!!
あんまりです! あんまりでゴザイマスゥーーッ!!」
盛大すぎる苦労アピールに対して、魔王は1ミリも揺らぐ様子を見せない。
「残念だったねえ。じゃあ帰り道は僕が送ってあげるよ。一瞬で帰れるよ。大サービスだよ。よかったね」
トーデをぶら下げているのとは逆の手を軽くひらめかせると、空間に小さな黒い渦がポコポコとでき始めた。
なる早で物理的に送り返そうとしてる……!
あまりに取り付く島もない様子に、見ているこっちがなんだか憐れになってくる。
「あの……。話を聞くくらいなら、別にいいんじゃないですか? なんか困ってるみたいですし……」
「うーん。サクラ、優しいのは君の良いところだけど、何でも中途半端に情をかけるのは良くないよ。
話を聞くだけといっても、聞いてしまったら戻れないことだってあるんだ。
特に君は魔界の住人じゃないんだから、線引きはしっかりするべきだ」
珍しく真面目な顔の魔王が、金色の瞳で私を見つめる。
普段とぼけたことしか言わないくせに、たまにこういう正論じみた発言で私を諭してくることがある。
私を拉致して強制的に働かせた実績のある魔王の言葉とは思えない。
「それに話が長くなりそうだし、面倒だからやめておこう」
……こっちが本音か。
しかし私はともかく、魔王という立場で魔界の住民であろうトーデの言葉をこんなに蔑ろにしていいものなのだろうか。
よくわからないけど、わざわざ人間界までお願いにくるくらいだ。
きっとトーデにとっては命を懸けるくらいに重要なことなのだろう。
「それなら……帰り道を歩きながら、家に着くまでの間だけ話を聞く。
聞いた上でどうするかはこちらが決めるっていう条件で、どうですか?」
「えー? うーん……まあ、君がそう言うならいいけどさ」
魔王は非常に不服そうな顔をして、指でつまんだままのトーデをブランブランと揺らしながら返事をする。
トーデは激しく揺さぶられながら全身をさらに強く光らせて、全身全霊で喜びを表現した。
眩しいからやめてほしい。
「ありがとうございます! ありがとうございます!
タナカサマは大変ご親切な人間でゴザイマスね!
長くお時間はとらせませんデストモ!
ワタクシのお願いは非常にシンプルでありマス!
最高にオシャレなマイハウスを建てて、同族をせせら笑ってやりたいのでゴザイマス!」
「……え?せせら…? 」
「はい!ハイセンスな家で同族を見下し、せせら笑いたいのでゴザイマス!」
「えぇ…そんなことをわざわざ頼みにしたんですか……?」
まさかマウントを取るためにオシャレな家を建てたいだなんて…。動機が不純すぎないだろうか。
思わず軽蔑の眼差しで見つめるが、承認欲求盛り盛りヒトデは心外な様子で胸を張って語り始める。
「そんなコトではゴザイません!!
大切なコトにゴザイマス!
センスがないとワタクシをバカにした右隣のトディに斜め向かいのヒート、丘の上のヒディに……(以下略)、
ワタクシを見下す没個性の愚か者共に圧倒的な格の違いを見せつけてやらなければ、ワタクシは悔しくて悔しくて……!
あの集落で平然と暮らし続けることナドとてもできないのデス!!」
トーデは魔王の指を離れ、ふわりと浮き上がって熱弁する。
どんどんヒートアップするトーデとは裏腹に、私の心は凪のように冷めている。
話を聞くなんて言わなきゃよかった……。
おそらく建物関係の依頼であろうとは予想していたものの、もうちょっとこう……住む家がなくて本気で困ってるとか、重大な欠陥があって心身の健康に障りがあるとか、そういうのを想像していたのだ。
まさか、ただ見栄を張りたいだけとは想定外だった。
よし、断ろう。
強く決意し、私は口を開く。
「あの〜、私、魔界のオシャレとかちょっとよく分からないですし、本業も繁忙期なのでこの話は聞かなかったことにさせていただきますね〜」
「えぇぇ〜ッ!?
そんな……アナタサマもワタクシを見捨てるのですか……!?
いえ、強制できることではゴザイマセン……。
きっぱりサッパリと諦めます……」
トーデは愕然としたように身体をチカチカと弱々しく光らせる。
しかし、思ったよりもすんなりと諦めてくれてよかった。
ホッとしながら帰り道を歩く。
トーデは私の顔の横で、頼りなくしょんぼり光っている。
…………。
魔王は珍しく黙っている。
トーデはふわふわと風船のように揺蕩っている。
………。
「………あの、トーデさん? 魔界に帰らないんですか?」
なぜか同じペースでついてくるトーデに、思わず口を開く。
「ワタクシは故郷の笑われものです。このまま何の収穫もなしに魔界に帰るコトなどできマセン……!」
悲壮感たっぷりに語られるが、さっきの理由を聞いた後だと、なんだかあまり同情はできない。
「じゃあ、日本で暮らすんですか? それもどうかと思いますが……」
「そうデスね……。ワタクシも本当は魔界に帰りたい気持ちはありますが、イタシカタございません。タナカサマのお宅に厄介になろうと思いマス」
「……はあ!?」
厄介にならないでほしいんですが……っ!?
私の気持ちも知らず、発光ヒトデは弱々しく点滅しながら話を続ける。
「ワタクシ、日本に知り合い等おりませんが、やはり家は必要デス。
居候の身、贅沢は申しませんノデ、1日3食のバランスの取れた食事と寝床さえご提供いただけレバ、幸いにゴザイマス……」
「いや、無理無理無理!
私のアパート狭いし、ペット不可だし、そもそも自分の食事すらままならないのに、他人(?)の面倒なんてみられませんって!」
「いえ、食事も、毎食主食・副菜・汁物がバランス良くありましたらそれで充分にゴザイマスので……」
「だからそれが無理だって言ってるんです!」
この発光ヒトデ、言葉尻こそ丁寧だが大変厚かましい……!
このままでは本当に家まで来てしまう。
助けを求めてさっきから黙ったままの魔王を見つめると、「だから言ったでしょ?」と言わんばかりの生ぬるい眼差しが返ってきた。
「………ああ、もうっ!!」
こうして、私の2回目の魔界出張が決定したのである。




