小話②*魔王と鍋パーティー
「鍋パしようよ」と大学時代の友人である翠から連絡が来たのは街路樹の紅葉が美しく色づき、通行人が皆厚手のコートを着込み始めた時期だった。
同じゼミに所属していた彼女は卒業後、大手のゼネコンに就職し、私以上に多忙な日々を送っているらしい。
お互いの家は一時間弱で行き来できるものの、中々予定を合わせることができず、顔を合わせるのは約3カ月ぶりになる。
今日は卒業以来会っていなかった学科の友人2人も来るらしく、4人で鍋を囲んで女子会しよう!という誘いに、友人との会話に飢えていた私は一も二もなく頷いた。
ミドリが住む立派なマンションの、住人用のオシャレなゲストルームを貸してもらえることになり、各自材料とお酒を持ち寄って少し豪華な鍋パーティーをする予定だ。
ウキウキしながら早足で駅に向かう途中、青信号の横断歩道を渡ろうとして、対岸に見慣れつつある黒いマントを見つけた。
私と目が合った彼は、ヒラヒラと手を振って微笑む。
「魔王さん!また日本に来てたんですか?」
長い黒髪とマントを風にはためかせながら、片手にペットボトルの抹茶ラテを持った魔王は、私からすると悪目立ちして仕方ないが、私以外の人からは普通の背格好に見えているらしい。
すれ違う人は皆異様な黒いマントも頭の周りを飛ぶコウモリも気にした素振りを見せない。
「今日はサクラに会えると思わなかったよ。嬉しいなあ。これからどこか行くの?」
「すみません、今日はこれから友人と鍋パなんです」
正直に答えると魔王は不思議そうな顔をする。
「ナベパ……って何?」
「え?鍋パっていうのは…鍋を囲んでワイワイするパーティー、ですかね」
「鍋を?何のために囲むの?日本人って変わったことをするんだね」
あ、これは完全に誤解されている。
というか、お茶の種類やお茶請けのお菓子については私以上に詳しいくせに、鍋パは知らないのか。
「えっと、鍋を囲むの鍋は調理器具の鍋じゃなくて、鍋に具材と出し汁を入れた料理のことを言うんです」
「ふうん。その料理を皆で食べるのがナベパ?」
「そうですね、鍋を食べながらお酒を飲んだり、お話したりするんです」
拙い語彙で説明すると、魔王は納得したような顔でウンウンと頷いている。
そして私の目を見つめてニッコリと笑い、口を開いた。
「僕も行きたいな。ナベパ」
「いやいやいや、大学時代の友人との集まりですし、女の子だけの集まりなんです。今回はすみませんが遠慮してもらえますか?」
「サクラの友人にも会ってみたいなあ」
魔王は時々やけに押しが強くて話が通じない。
「いやそういう話じゃなくって…ってあれ?電話だ」
聞き慣れたデフォルトの着信音が鞄の中で鳴っている。スマホを取り出すと、鍋パの主催者である翠だった。
魔王に謝罪のジェスチャーをし、電話に出る。
「もしもし、翠?」
『どうしよう!
事故で電車が止まっちゃったらしくて、2人来れなくなっちゃった!
桜は来れるよね?
私もう材料買っちゃったし、あと他に誘える人とか心当たりない?』
電話の向こうの翠はあまり期待していない様子で私に聞いてきたが、魔界出身でも良ければばっちり心当たりがあった。
私が説明せずとも、電話の内容は魔王にしっかり聞こえていたようだ。
目線を向けると、満面の笑みの魔王と目が合った。
☆☆☆
「こんにちはー!マオさん、でしたっけ?今日は急にすみませぇーん!」
「丁度ナベパに行きたかったから嬉しいよ。よろしくね」
「やだあー!マオさんったら面白〜い!」
コンクリート打ち放しのモダンな雰囲気のマンションのエントランスで、2人のズレた会話の様子を死んだ目で見つめる。
いつもよりワントーン高い声の友人と、あまりにもいつも通り過ぎる魔王。
鍋を食べる前から胃が痛くなりそうだ。
3人でゲストルームに移動し、材料を整理しながら翠がコソコソと耳打ちしてきた。
「ねえ桜、マオさんってすっごいイケメンじゃない!付き合ってるの?」
耳打ちの割に声が大きい。
魔王はテレビのリモコンを片手にチャンネルをクルクルと変えて遊んでいるため、気づいてはなさそうだ。
「ないよ。魔王さんはその…仕事上の知り合いで、全くそういうのじゃないから」
「えー?でも本当はちょっと好きなんでしょ」
「だから違うってば」
翠は普段は仕事のできるお姉さん、といった雰囲気で、学生時代は気の弱い私を引っ張ってくれた頼れる存在だ。
ただ、酒癖と男癖がすごく悪い。
生粋の面倒見の良さと酒や異性絡みのヤラカシが打ち消しあって、総評価はプラマイゼロ、というのが周囲からの評価である。
今も魔王のことを完全に異性として認識している翠に、気になっていることを聞いてみる。
「ねえ、翠から見て魔王さんってどういう風に見えるの…?」
「私から見て?ああ、安心しなよ。確かにとんでもないイケメンだと思うけど、人の男に手を出したりしないよ」
誤解されてしまったが、少しだけ安心したのは内緒だ。
しかし、私が知りたいのはそういうことじゃない。
「そうじゃなくって…その、服装とか、髪型とか、ちょっと変わってたりしない?」
「あー、確かにロン毛で全身黒い服って結構こだわり強め?な感じはするよね。
でも顔が綺麗だから全然有りだわー。
桜ってああいう系、苦手だったっけ?」
ああいう系と言われても、私の目に映るのは魔王系だ。
苦手とか得意以前の問題である。
少なくともマントは見えていなさそうだという結論に至った私は、翠に対して曖昧に笑って誤魔化しながら、戸棚から包丁やまな板を取り出す。
テレビに飽きたのか、魔王も、キッチンの方にやってきた。
「僕も何か手伝うよ。どうすればいい?」
……確かに、人のマンションにお邪魔しておいて手伝いの1つもしないというのはマナー違反かもしれない。
しかし、魔界の王に鍋の準備をさせていいものだろうか。
お茶を淹れてもらったことはあるし、今更か?
悩んでいると私より先に翠が口を開いた。
「えー?マオさん優しい〜!じゃあ、この白菜切ってもらってもいいですかぁ?」
「これ?わかった。どのくらいに切ればいい?」
「そんなの適当でいいですよ〜」
翠に白菜を丸ごと押し付けられ、魔王はチラリと私の方を見た。
なんだか迷子の子犬のような目をしている。
「魔王さん、このまな板と包丁使ってください」
声をかけると不安そうなまま私の隣に来て、白菜を慎重にまな板に下ろした。
大丈夫かな…?
魔王に場所をあけ渡した私は、もう一組まな板と包丁を取り出し、魔王の隣で鶏肉の下処理に手をつける。
そんな私の手元をじっと見ていた魔王は、フッと息を吐いたあと、白菜に向かって包丁を思いっ切り振り下ろした。
ザクッという威勢の良い音がしたが、まな板の上の白菜は丸いままだ。
直径の2/3くらいの深さに、魔王が手にした包丁の刃が埋まっている。
魔王は困惑したように包丁の柄を持ち上げると、刺さった白菜も一緒についてきた。
予想していなかった不器用さに、思わず翠と目配せする。
「あの、魔王さん?やっぱり白菜は私が切りますね」
「えぇっとぉ、マオさんは代わりにお箸並べて頂いてもいいですかぁ?」
魔王、実質的な戦力外通告である。
魔王という存在を過信しすぎていた自分を反省し、彼の分までしっかりと働く。
その後は翠と2人でテキパキと鍋の準備をし、魔王が拭いてくれたテーブルにセッティングする。
途中で魔王がボウルに入った白菜をぶちまけたり、私が魔王のマントに引っかかってカウンターに肘を強打したりと予定外のトラブルはあったが、無事パーティーの準備が整った。
「「カンパーイ」」
各々が好きに鍋をつつく。
魔王も日本人も、今日は無礼講だ。
私と魔王はジュースみたいな缶酎ハイを、翠は芋焼酎をソーダ割りにして飲んでいる。
魔王は初めての鍋に興味津々で、具材をひとつひとつ味わいながら楽しそうに食べていた。
翠は序盤からハイペースでお酒を飲んでいて、顔が真っ赤になっている。
そろそろ具材が少なくなってきたので、冷凍庫からうどんを取り出し、鍋に突っ込む。
ちょっと目を離した隙に、すっかり出来上がった翠が魔王に絡みはじめた。
「ね、マオさんって今、特定の相手はいるんですかぁ?」
テーブルに肘をつき、上目遣いで魔王を見つめる翠。
止めたほうが良いと思いつつ、答えが気になってしまい、うどんをほぐしながら聞き耳を立てる。
「特定の相手って?どういう意味?」
「特定の相手っていったらそりゃあ、恋人とか、パートナーとかってことですよぉ」
なるほど、と頷く魔王。
私は今更ながら、魔王の周りの人間関係について何も知らないことに気づいた。
「パートナーならいるよ。昔からずっと一緒にいるんだ」
えっ……?
魔王の返答に、一瞬時間が凍った気がした。
頭が真っ白になり、言葉が出ない。
そんな私の代わりに翠が魔王を質問攻めにする。
「えぇー!幼馴染ってこと?馴れ初めは?どんな方なんですかぁ?」
失礼な尋問にも動じずに、魔王はいつも通りノンビリと答える。
「幼馴染…っていうことになるのかな?
よくわからないけど、すっごく可愛くて一緒にいると癒されるんだよね」
魔王の言葉に傷ついてしまう自分が嫌だ。
もうこれ以上聞かないで欲しいと翠に目配せすると、親指を立ててウインクされた。
ダメだ、完全に酔っ払いだ。嫌な予感がする。
「マオさん、その方ここに呼びましょう!」
「翠!何言ってるの!ダメに決まってるでしょ」
思わず止めに入るも、翠はヘラヘラと笑っている。
「えー?でも桜も会ってみたいでしょう?」
「僕は別にいいよー。呼ぼうか?」
「呼ばないでください!」
正直私は今かなり落ち込んでいるのだ。
魔王のパートナーとやらに直接会ったりしたら、立ち直れないかもしれない。
そんな私の心中を知らず、魔王はのほほんと言う。
「えー?でも、サクラに会えたら喜ぶと思うんだけどなあ。
サクラも会いたいでしょう?
すごく仲良くなってたじゃない。
ポポタンとは」
「……え?ポポタン…?」
「うん。もちろん。
僕のパートナーはポポタンだけだよ」
空気が固まる。
ポポタンって何?と聞く翠に、魔王の飼い犬だと教えると何も言わずに半目になった。
すっかり白けてしまった翠と、憎たらしいくらいいつも通りの魔王と、魔王に恋人がいないらしい事実に内心浮かれる私。
三者三様のパーティーの中心で、すっかりふやけたうどんがグツグツと煮えたぎっていた。




