小話①*魔王とハロウィン
遅生まれのセミもようやく鳴りを潜め、エアコンをつけなくても過ごしやすい日が増えてきた今日この頃。
読書、スポーツ、アウトドア、何をやるにも最適なこの秋晴れの週末。
私はずんぐりむっくりとしたカボチャの頭をかぶり、やってきた子どもたちにお菓子を渡すという、ハロウィンと言う名の休日出勤に勤しんでいた。
手のひらサイズのチョコレート菓子の袋には、笑顔の弊社社長のご尊顔と、『お客様第一主義!』という社員なのに初めて聞くキャッチコピーがプリントされている。
もう、このお菓子を持っているだけで恥ずかしい……。
お菓子カゴをぶん投げたい衝動を必死で抑えながら、道行く人々に引きつった笑顔で声をかけ続ける。
新築を検討し始めたファミリー層がメインターゲットとなる住宅業界は、子どもが喜びそうなイベントを見逃さない。
私の会社のモデルハウスがある住宅展示場でも、『秋のお客様大感謝祭&こどもハロウィンパーティー』という謎の抱き合わせイベントが開催され、私は雑用要員として駆り出されたのだ。
「と……トリック・オア・トリート!」
「はーい! お菓子をどうぞ!」
「……えー!何だよこれ、ダッセー!」
恐る恐る近づいてきた小学校低学年くらいの男の子に笑顔でお菓子を渡すが、奪い取るようにして逃げられてしまった。
まあ、ダサいのは事実だけどさ。
それでも、正直やることがなさすぎて話しかけてもらえるだけでありがたい。
もともと少ない来場者を6社のブースが争うように勧誘しているため、ただボーッと突っ立っている時間の方が圧倒的に長かった。
こういうヒマな時に考えてしまうのは、例の魔王のことだ。
妙な出会いで知り合った魔界の王シリウスは、今やすっかり「友人枠」に落ち着いてしまった。
一時期は「私、魔王のこと好きかも……!?」なんて浮かれていた時期もあったが、あれはあまりに非常識な体験によるただの『吊り橋効果』だったのかもしれない。
だって、冷静に考えて「魔王」はナシでしょ。
確かに顔はかっこいいし、脚は長いし、優しいし、意外と大人っぽいところもある。
だけど、いつも黒いマントだし、角が生えてるし、コウモリを従わせてるし、家は城だ。
ミーハーで面食いな私から見て「好きになる要素」はそこそこあるのだけれど、黒ずくめの彼の姿を思い出すと、かっこいいよりも『魔王』が勝ってしまう。
友達ならいいけど、魔王と恋愛はちょっと……ねぇ?
失礼な思考に没頭していると、会場の入口ゲートから背の高い男性が、私のいるモデルハウスの方へ歩いてくるのが見えた。
ジーンズに白シャツというシンプルな装いなのに、抜群のスタイルも相まってまるで雑誌のモデルのようだ。
(男性一人で来るなんて、珍しいなぁ……)
男性は脇目も振らず、まっすぐ私に向かって歩いてくる。
もしかして最初からうちの会社を目当てに来てくれたのだろうか。
そう思ってカボチャ頭のまま背筋を伸ばし、改めてその男性を見据えた瞬間――ふと猛烈な違和感を覚えた。
あれ? あの人、すごく髪が長い。なんだか凄まじい既視感が……。
「……って、魔王さん!?」
そこにいたのは、何故か完璧な日本人の普段着に身を包んだ、魔王ご本人だった。
「サクラ、おつかれさま。遊びに来ちゃった」
「来ちゃったって……その格好、どうしたんですか!?」
「これ? 今日は皆で仮装する日なんだろう? だから僕も仮装してみたんだよ」
魔王の言葉の意味を頭の中で反芻する。
私たちが魔女や吸血鬼の仮装をするなら、本職である魔王は『日本人』の仮装をする――ということだろうか……?
「魔王さんは仮装しない方が、よっぽどハロウィンっぽさがありましたけど……」
「そうかな? これ、似合ってないかい? 日本で買ったんだよ」
魔王が白いシャツを見せつけるように、指先で襟元をちょっとつまんでみせる。
似合っているか似合っていないかで言えば、悔しいほど似合っている。
今日は何故か角も見えないし、コウモリも飛んでいない。
元から顔立ちが浮世離れして整っているため、『魔王感』を消すとただの超絶イケメンなのだ。
顔がいいってズルい…!
しかし素直に認めるのは負けた気がするので、目を合わせずに返事をする。
「まあ……似合ってるんじゃないですか?」
「ありがとう。サクラのカボチャもよく似合っているよ」
魔王はいつものように優しく微笑みながら、純粋な褒め言葉を返してくれた。
……カボチャが似合うのって、褒め言葉なんだろうか?
しかし、今日の爽やかイケメンルックでその笑顔を向けられると、ただの微笑みにも心臓が跳ねてしまう。
わかっている。私はつくづくチョロい女なのだ。
「えっと、魔王さん! 良かったらこれどうぞ!」
動揺を隠すため、手持ちのカゴからお菓子をひとつ掴んで魔王に押し付けた。
「いいの? ありがとう。……素敵な写真だね」
魔王は押し付けられたチョコ菓子の袋をマジマジと見つめ、「おしゃれだなぁ」と感心したように呟いている。
……本気で言っているのなら彼のセンスを疑わざるを得ない。
「これ、本当は子どもにしかあげちゃダメなので、内緒にしてくださいね」
「特別ってことだね。嬉しいな。城に飾るよ」
「いえ、早めに食べて包装は速やかに処分してください」
危うく弊社社長のドヤ顔写真が魔王城の壁に飾られるところだった。
魔王は少し不満そうに「わかったよ」と言って、お菓子をポケットに突っ込んだ。
阻止できて本当によかった……!
「おーい、田中ー! 知り合いかー?」
立ち話をしている私に、少し離れたところでお菓子配りをしていた先輩が声をかけてきた。
頭にはプラスチックの斧が刺さっている。
「ちょうどいいから、昼休憩行ってこいよ! どうせ誰も来ないし、ゆっくりしてきていいぞー!」
「やったー! ありがとうございます!」
願ってもない申し出に、チラリと魔王の方を見る。
「魔王さん、良かったらお昼ご飯、ご一緒しませんか? 確か近くに美味しい定食屋さんがあったはず……わっ!」
突如、強い秋風が吹き抜け、バインダーに挟んでいたアンケート用紙が飛んでいきそうになった。
慌てて紙を押さえると、重ねるようにして別の大きな手が私の手に被さった。
「危なかったね。飛ばされなくてよかった」
「あ……はい……ありがとうございます……」
咄嗟にかばってくれたのだろう。魔王の大きな手が私の手を丸ごと包み込み、目の前には白いシャツの第三ボタンがある。
一瞬で急接近した距離感に、私の心臓はバクバクと破裂しそうな音を奏で始めた。
優しくて、マイペースで、距離感が致命的におかしい魔王。
彼と一緒にいる間、私のミーハーな心は「好きかも」と「ナシでしょ」の間を、永遠に反復横跳びし続けているのだった。




