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7話 ~すれ違い~

 


 入学式のために巨大な体育館へとやってきたピーター。


 しかし、一歩足を踏み入れた瞬間、ピーターは猛烈な視線に晒されることになった。


 正門前であれだけの大騒ぎを起こしたのだ。当然、体育館に集まった新入生や上級生、教師陣からの注目を一身に浴びることになる。


(あ、終わった……。出来るだけ目立たずに、壁のシミのようにひっそりと卒業まで頑張りたかったのに。僕のスクールライフの目標、開始十分で事実上不可能になっちゃったじゃん……)


 ずんぐりむっくりした体をさらに丸めて縮こまっていると、人混みを割って、先ほど正門前で不良先輩に絡まれていた平民の生徒二人が恐る恐る近付いてきた。


「あの……さっきは助けてくれてありがとう! 君、ピーター君だよね?」


「平民の僕たちのために、上級生相手に毅然と立ち向かってくれるなんて……! でも、入学初日から退学を賭けた決闘なんて、本当に大丈夫なの……!?」


 二人の目は、純粋な感謝と、ピーターの身を案じる優しさで潤んでいた。


 他人の顔色を窺うプロであるピーターは、彼らの熱い視線に気まずさを覚えつつ、ぎこちない営業スマイルで当たり障りのない言葉を返した。


「あ、あはは……うん、まあ、なんとかなる、かな? 同級生が困ってたら、声をかけるのは普通だしね……あはは」


(本当は助けるつもりなんてミリっぽっちもなかったんだ、背後から大型肉食獣みたいな女子先輩に脅されてドナドナされただけなんだ……なんて、絶対に言えないよぉ……!!)


 周囲の一年生たちからは、実に様々な表情が見て取れた。

「初日から上級生に喧嘩を売るなんて、コイツ馬鹿だな」とニヤニヤしながら面白がっている生徒。


「平民のくせになに目立とうとしてるんだよ、生意気な」と苦々しく苛立っている貴族の生徒。


「おい小太り! 絶対勝てよ! 賭けの倍率えぐいことになってるからな!」と純粋にお祭り騒ぎを楽しんでいる生徒、様々だ。


 ピーターは針のむしろに座らされているような視線の痛みに耐えかね、心の中で涙を流した。


(お願いだから……お願いだから早く式が始まって、この地獄の時間をおわらせてくれ……!!)


 やがて、重々しい鐘の音が響き、ようやく入学式が始まった。

 壇上に現れたのは、全身に数々の勲章をジャラジャラと輝かせた、白髪交じりの厳めしい老人──この王立士官学校の学長だった。


 マイクの前に立った学長は、集まった新入生たちをじろりと見渡すと、深く低い声で口を開いた。


「──今年の生徒は、特に血気盛んな者が紛れ込んでいるようだな」


 ピーターの心臓がドクンと跳ね上がった。


「入学初日、この神聖な校門前において、あろうことか上級生に対して『退学を賭けた決闘』を申し込んだ、大馬鹿新入生がいるそうだ」


(おおっ……僕の事だ!? もしかして、この狂った決闘騒ぎを、職権乱用で止めてくれるつもりなんじゃ……?お願い、そうであってください)


 ピーターの瞳に、救いを求める一筋の希望の光が宿る。学長は厳格な表情のまま、演説を続けた。


「学生とは学生らしく、学業に集中していればよい! 規律を守り、学問と武芸をしっかりと身に付け、国家と王室に貢献することこそが、この王立士官学校の不変の理念なのだからな!」


(そうだ! その通りです学長! ぐうの音も出ない正論です! だから今すぐあのゴリラみたいな生徒会ガドリングと不良先輩を叱り飛ばして、決闘を全面中止にしてください!!)


 ピーターが心の中で全力の拍手を送った、その次の瞬間だった。


 学長は、カッと目を見開くと、壇上を拳で思い切り叩き割らんばかりに怒鳴った。


「──だが、そんな退屈で下らん綺麗事は、叩きつけて足で踏みにじれぃぃぃいいいッ!!!」


(ふぇ!?)


 ピーターの思考が完全に停止した。


「若さとは、即ち暴走である! かく言う私も、貴殿らと同じ年の頃には、戦場に勝手に参戦し敵陣へ夜襲を仕掛けたものだ! 」


(13歳で戦場?!ヤバすぎるでしょこの人!)


「やりたいのならやれ!それが若さと言うものだ!気に入らぬことがあるのなら、相手が上級生であろうと身分が上であろうと、戦って、奪って、力で勝ち取るべきだ! 本校の真の校訓は『最強』!! 騎士である前に人間であれ、そして戦士であれ! 自らの傲慢の証明は、力を持ってのみ成されるのだ! 思う存分殺し合えぃ!!」


「「「うおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーッッ!!!!」」」


 体育館全体が、文字通り地鳴りのような割れんばかりの歓声と熱狂に包まれた。新入生も上級生も、教師たちすらも「これぞ我が校だ!」と言わんばかりに拳を突き上げている。


(なんだよこの学校、上が一番狂ってるじゃんかぁぁぁあああーーーッ!!)


 地獄の底のような歓声の渦の中で、ピーターは完全に悟ってしまった。


 この学校において、決闘は避けることのできない「絶対的な強制イベント」なのだと。


 目の前で拳を突き上げて熱狂している周囲の生徒たちの心情が、平穏を愛する元日本人のピーターには一ミリも理解できなかった。





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