6話 ~さいあく~
ピーターは女子先輩の熱血な圧に押され、いじめの現場へと足を進めた。
先頭はピーターで、女子先輩は腕組みをしながら悠然と後ろから付いてくる。ターゲットである不良上級生3人の前に立つと、ピーターは他人の顔色を窺うプロとして、できる限り波風を立てないトーンで声をかけた。
「いじめかっこ悪い。止めましょう」
「あぁん?! なんだよお前、ずんぐりむっくりのくせに!!」
当然のごとく、虐め先輩は激怒してメンチを切ってきた。
ピーターは(よし、ここで後ろのヤバい女子先輩が『私のツレに何か文句ある?』って感じでボコボコにしてくれるはず!)と期待してチラリと背後を振り返った。だが、女子先輩はフイッと目を逸らし、無言で腕を組んだまま、まるでただの観客のように黙って後ろに佇んでいる。
(えええええっ!? 加勢してくれるって言ったじゃん! 嘘つき!!)
ピーターは絶望した。こうなれば、タヌキの知恵を使うしかない。
「いじめは止めましょう!! 皆さん、ここでいじめが起きてますよーーー!!」
ピーターはわざと鼓膜を破らんばかりの大声を張り上げた。
周囲の受験生や通行人の注目をあえて集めることで、上級生たちに「やべっ、先生が来たら面倒だ、引き上げよう」と思わせる作戦だった。
しかし、ピーターの小市民的な想いとは裏腹に、事態は最悪の方向へと転がる。
野次馬たちがワラワラと集まり、何十人もの視線が集中したことで、プライドの塊である虐め先輩は逆に引っ込みがつかなくなってしまったのだ。
「て、テメェ……ッ! お前もあの奴隷商の倅だろ! 平民のくせに、貴族の俺たちに大衆の前で意見してんじゃねえよッ!!」
顔を真っ赤に染めた虐め先輩が、逆上してピーターの胸ぐらを掴み、力任せに突き飛ばそうと腕を伸ばしてきた。
──フッ。
その瞬間、ピーターの身体が信じられないほどの軽やかさで、後方へカチリとスライドした。マイケル先生(筋肉モリモリ)から「あなたの防御技術はなかなかのものだ」と絶賛された、基礎に忠実すぎる完璧なバックステップである。
「おっとっと……」
「ぶふっ!」
「あいつ、空振りしてやんの!」
泥を掴むように虚空を推した虐め先輩の無様な姿に、集まった観衆からどっと笑い声が上がった。
これによって先輩の脳の導火線が完全に消滅する。
「貴様ァァァーーーッ!! ぶっ殺して──」
「貴様ら! 何をしているかァーーーッ! 格式ある正門前だぞ!!」
さらにヒートアップして殴りかかろうとした瞬間、地響きのような大音声とともに、人混みを割って大柄で筋肉質な男が歩いてきた。
(よ、よかった……! 先生だ! これでこの最悪な場は終わるんだ!)
ピーターが天を仰いで安堵したのも束の間。男の制服の袖を見れば、そこに巻かれていたのは教官の腕章ではなく、生徒会の役員章だった。
「俺は生徒会のガドリングだ!」
大柄な筋肉先輩は、不敵な笑みを浮かべて胸を張った。そして、安堵していたピーターの耳に、信じられない脳筋ワードを叩き込んできた。
「おい新入生、そして上級生ども! こんな神聖な校門前で、ウジウジと泥泥した小競り合いなんかするんじゃない! 」
(ありがとうございます。もっと言ってやってください)
「男だったら、正々堂々と決闘で決着を付けろ! 」
(ふぇ!?)
「互いの名誉をかけた正々堂々の決闘!負けた方は退学だ、それで文句はあるまいッ!!」
(ふぇええええええーーーー!?!?)
ガドリング先輩は、ものすごく良い提案をした顔で言い放った。
「入学式が終わったら、即座に決闘場で決闘を行う! お前達も見に来い! どっちが勝つのか、この生徒会ガドリングがこの目でしかと見届けてやろうではないかぁああッ!!」
ガドリングが拳を天高く突き上げると、血気盛んな士官学校の観衆たちは「うおおおーーーっ!!」「決闘だぁぁーーーっ!!」と地鳴りのような大歓声を上げて大盛り上がりし始めた。
(最悪だあぁぁぁぁぁ一っ!! なんで退学がかかったガチ決闘になってるの!? こんなお祭り騒ぎになっちゃったら、もう絶対に逃げられないじゃん……!!)
こうしてピーターは、入学式の看板をくぐる前から、初日での「退学を賭けた決闘」を強制イベントとしてブチ込まれてしまった。
絶望に打ちひしがれ、魂が口から出かかっているピーターの隣で、あの女子先輩がウンウンと満足げに頷いた。
「頑張れよ! あの卑怯者の鼻をあかしてやれ!」
バシンッ!! と、骨が折れそうなほどの強烈な力で、女子先輩がピーターの背中を叩いた。
(あんたのせいだよーーー!! 僕、決闘なんかしたくないよ?!)
「頑張ります!」
「その心意気や良し!」
パニックに陥っていたピーターだったが、そのゴマすり能力は大したもので、女子先輩が喜びそうな言葉を即座に発していた。
(さいあくだ………)
ピーターのきらきら輝くはずだった学生生活は、開始五分で崖っぷちに立たされていた。
(どうしていつもこうなるんだよおおおおおーーーーーーッ!!)
声にならない絶望の絶叫が、王都の青空へと響き渡るのだった。
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