5話 ~入学初日~
ついに、やってきてしまった。
王都の一等地、重厚な赤レンガと鉄柵で囲まれた『王立士官学校』。
今日からここで、ピーター(13歳)の地獄の全寮制ライフが始まるのだ。仕立てのいい濃紺の制服に身を包み、ずんぐりむっくりの体型でトランクを引きずりながら、ピーターは正門へと歩いていた。
(はぁ……憂鬱だなぁ。とにかく目立たず、壁のシミのように気配を消して三年間をやり過ごそう……)
そう心に誓った直後、正門の脇から騒がしい怒号が聞こえてきた。
見れば、数人の生徒が揉み合っている。制服の袖にある『腕章のラインの数』で学年が分かるシステムだ。ラインが一本なのは、ピーターと同じ新入生。
「おい一年! テメェ平民だろ?! 平民の奴隷商の倅どもが首席だの何だので調子に乗ってるから、今年の一年はナメ腐ってるんだよ! 平民はこの学校にはふさわしくないんだ!」
上級生たちが、怯える新入生二人を壁に押しつけて怒鳴り散らしている。
その光景を見た瞬間、ピーターの脳内で前世から鍛え上げられた高度な(保身のための)戦術推理が冴えわたった。
1.あの一年生は、今年から入学可能になった自分と同じ平民枠である。
2.虐めている上級生は、平民の台頭が気に入らないプライドの高い貴族の子息である。
3.このまま僕が何も知らずに正門を歩いて行けば、どうなるか?
──間違いなく、僕もセットで虐められて、初日からボロ雑巾にされる。
4.ならば、どうするべきか?
(よし! 遠回りしよう! 目を付けられないように、一旦引き返して裏門から入るか、時間を潰そう!)
危険を察知したタヌキのように、素早く踵を返して逃げ出そうとした、その時だった。
どすん、と。
背後から歩いてきた「誰か」の胸板に、ピーターの頭がぶつかった。
「あ、すいません……!」
慌てて謝りながら見上げると、そこにいたのは、ピーターより頭二つ分は背が高い、すらりとした長身の女子生徒だった。
凛とした美しい顔立ちをしているが、なぜかその眉根は不機嫌そうに跳ね上がっている。
「……君!まさか、逃げるつもりじゃないだろうな?」
地を這うような、ドスの利いた、しかし鈴の鳴るような美声がピーターの頭上に降ってきた。
ピピッ──!
その瞬間、ピーターの脳内で『強者発見レーダー(ただの勘)』が、過去最大級の非常警報をカンカンと鳴り響かせた。
(ひぃっ!? この人、ヤバい! 絶対に逆らっちゃダメなタイプの人間だ!!)
彼女の腕章を見れば、ラインは二本。つまり上級生の先輩だ。それにしても、なぜ彼女はこれほど怒っているのだろうか。
「君と同じ一年生が虐められているのだろう。同じ学舎で学ぶ仲間が理不尽に虐げられていて……君は悔しく無いのか!?」
女子先輩が、ギラギラとした熱い正義の瞳でピーターを真っ直ぐに見据える。
本当は「悔しい」なんて感情は一ミリも無かった。むしろ「関わりたくない」が本音だった。しかし、ピーターはレーダーの指示に従って即座に叫んだ。
「悔しいです!!」
「そうか! ならば君はどうするんだ?」
「どうすると言われましても……僕みたいなずんぐりむっくりじゃあ……」
「男なら、不義を前にして戦うべきだろう!」
「僕も、本当にそう思います! でも、相手は三人です。僕が突撃しても、とても勝てそうにありません!」
本当はこれっぽっちも戦う気なんて無かったが、女子先輩から放たれる熱量(圧)があまりにも強すぎたため、ピーターは条件反射で即座に意見を合わせた。他人の顔色を窺うプロの本領発揮である。
「何を言っている! 勝ち負けの問題じゃないだろう、魂の矜持の問題だ!」
「す、すいませんっ!!」
「男が簡単に謝るな! 芯を持て!」
「でもぉ、どうすればいいのか僕にはさっぱり……」
「安心しろ。私が加勢してやる」
「…………」
ピータは一瞬で脳内天秤を稼働させた。
【後輩相手を虐めている不良上級生3人】
VS
【熱血漢女子先輩1人】
どちらが、より危険であるか。
ピーターの『強者発見レーダー』は、一瞬の躊躇もなく、目の前の女子先輩に真っ赤な危険信号を叩きつけた。
「行きましょう先輩! 許せません、僕が止めに行きます!」
「フッ、良い心意気だ。見直したぞ、一年生」
ようやく満足そうにニヤリと笑った女子先輩の横顔を見て、ピーターは心の中で(よし、機嫌が直った!)とガッツポーズをした。
こうしてピーターは、完全に自分の保身のためだけに、女子先輩という最強の盾を携えて、正門前の不良上級生たちの元へと堂々の行進を始めるのだった。
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