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3話 ~楽しみ~

 



「──貴様らァーーーッ!! これから二時間の休憩時間を与えるぅーーー! 各々昼飯を食って体を休めろ! 分かったかー! それでは休憩ーー!!」


 ガス灯のすすで薄暗い王都の演習場に、鼓膜をぶち破らんばかりの試験官の怒号が響き渡った。


 もともとは数百人いた受験生だったが、過酷な「走り」と「泳ぎ」の二次試験が終了した時には、なんと全体の三十パーセントほどにまで激減していた。


 当然、生き残った者たちとて余裕があるというわけではない。地面に大の字に倒れ込む受験生たちの姿があちこちに見える。元々は素晴らしい生地で作られた高級な服だろうが、汗と土埃と川の水にまみれ、いまや哀れなボロ布にしか見えない。


 そんな名門貴族の子息たちが、地べただということすら、人目すら気にする余裕もなく大の字に寝転んで青い顔をしていた。


「こんなはずではなかった……」

「これのどこが騎士になるための試験なんだ……剣なんか一回も振るってないぞ……」


 息も絶え絶えに愚痴を言う余裕のあるもの、それすらできずにただ荒い息を吐くもの、様々だ。


 その修羅場のような光景の中で、ずんぐりむっくり体形で童顔のピーターだけは、自分が持って来た大きな弁当箱にすでに手をかけていた。


「最悪だったけど、これがあるから頑張れたんだよな。ありがとう料理人、ありがとう実家……!」


 ピーターは心から感謝の念を抱きながら、お重の蓋を開けた。

 中からは、甘辛いタレと肉汁を輝かせ、ぎゅうぎゅうに敷き詰められた高級霜降り肉のステーキ重が現れた。


「うまそー!」


 幸せそうなタヌキ顔で行儀よく手を合わせると、ピーターはそれをガツガツ、モグモグと恐るべき勢いでかきこみ始めた。


 食事休憩なのだから、お腹が空いたら食事をするのは当たり前だとピーターは思っている。けれど、周囲でぶっ倒れている受験生たちにとって、それは当たり前ではなかった。


 彼らの中には「疲れすぎて飯を食う余裕なんかあるわけない」、あるいは「今こんな脂っこい飯を食ったら確実に吐いちまう」などと考えている者が大勢いたのだ。


 そんな瀕死の少年たちにとって、いかにも重たいステーキ重を平然と、しかも嬉々として平らげ始めた小太りのピーターという存在は、もはやただの怪物に見えていた。


 そして──そんな受験生たちの様子を、じっと監視している者たちがいた。


 校舎の2階にある、窓際の教官室。そこに集う試験官たちだ。


「やはりまだまだ甘ちゃんだな。この程度のしごきでバテていては騎士など務まらん」


 顔に傷のある大柄な軍人──バルツァー少佐が、窓の外を見下ろしながら鼻で笑う。


「そうですねぇ、やはり一般人応募はなかなか厳しそうですな。軽い気持ちで応募してきたのでしょうが、そういう覚悟の薄い者達は第一次試験で早々に脱落しましたからね」


「ふん! だからワシは言っているのだ。騎士という責任ある仕事は、代々国を守ってきた戦士の血こそが重要なのだと。制度が変わったからといって、誰も彼でもなれるわけではないのだよ」


 貴族至上主義の試験官が不満げに吐き捨てる。


「まあまあ、そうはいっても上の命令(一般開放)には従うしかありませんからな……。おや? しかし、あいつは中々良さそうですな」


「む……? 確かに悪くはないな。休憩に入った途端、即座に飯を食い始めおったぞ」


 試験官たちの視線が、演習場の隅のベンチに座るピーターに集中した。


「ふん、それくらいは生き物として当たり前のことだ。どんな極限状況だろうが、出された飯を食えない奴は戦場では生きていけん。騎士になどなれるか」


「そうは言ってもバルツァー少佐、それが出来ないのが大勢いるんですよ。最近の高貴な家の子息は軟弱ですからね。喉を通らないのですよ」


「そういう意味では……あのフランシス家の少年はなかなか有望だな。それに、おい見ろ、あの量は半端じゃないぞ。あれだけ重い肉を躊躇なく食えるということは、身体的にも精神的にも、まだまだ限界には程遠い、完全に余裕があるってことだ」


 バルツァーの言葉に、他の試験官たちも書類に目を落とす。


「ピーター・フランシス、ですか……。奴隷商の倅と侮っていましたが、そういった意味では一般人枠ってのも、なかなか悪くないんじゃないですかね。彼みたいな骨のあるのが出て来たわけですし」


「だが、騎士は馬鹿には務まらんぞ。体力も食欲も悪くは無いが、果たして頭の方はどうかな?」


「ふふ、それは午後の試験(戦術理論)で分かりますよ」


 試験官たちがそんな恐ろしい品定め(大絶賛)をしていることなど知るはずもなく、ピーターはすでに一段目のステーキ重をきれいに完食していた。


(ふぅー、お肉美味しかったぁ。さてと……)


 ピーターは満足げに息をつくと、お重の「二段目」へと手を伸ばした。

 パカッと蓋を開けると、そこには大ぶりのエビや季節の野菜がこれでもかとそびえ立つ、贅沢極まりない『天重』が収められていた。


「よし、次は天ぷら重だ!」


 タヌキの胃袋は底なしである。ピーターは嬉々として、サクサクの衣がついた海老天に取り掛かるのだった。





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