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2話 ~ピーターの嫌なこと~

 


「──お前達ーーーッ! それでも王立士官学校の受験生ですかッ? 遅い、遅すぎるッ!! なまずの餌になりたいのですかァーーーッ!!」


 朝の王都を流れる大川に、鼓膜をぶち破らんばかりの甲高い声が響き渡る。


 声の主は、体重数百キロはあろうかという巨体の『黒い大鯰』に跨った、顔の細い男。今回の試験官の一人だ。


 水飛沫を上げて巨大な口を開閉する大鯰の恐怖に、受験生たちは顔を引き攣らせながら必死に泳いでいた。文字通り、後ろから化け物一匹と細面ほそおもての男に追い回されているのだ。


(ひ、ひぃぃぃぃぃ一っ!! 勘弁してよ! 騎士の学校の受験って聞いてたのに! なんで馬鹿でかい鯰に追いかけられないといけないんだよぉぉ!)


 今にも泣きだしそうな少年の名は、ピーター・フランシス(13歳)。


 背が低く、ずんぐりむっくりとした小太り体型。ぱっちりとした丸い目をもつ童顔は、ともに泳ぐ周りの受験生よりもさらに年下に見える。その場にいる誰よりも『騎士』の称号が似合わない少年だった。


 それでもピーターは、短い手足を必死にバタつかせ、川を猛スピードで泳いでいた。


(あああ! 嫌だ! 怒られたくないよぉおおおおおおお! 鯰に丸呑みにされたくないよぉおおおおおおおおおお!)


 ピーターの正体は、元日本人、芦屋あしや 優柔ゆうじゅう

 名前の通り優柔不断で、他人の「圧」にめっぽう弱い男だった。


 こんな彼がどうして、騎士になるための登竜門である『王立士官学校』を受験する羽目になったのか。理由は単純、周囲の大人たちの期待の「圧」に押し流されたからだ。


 この世界において、騎士というのは誰もが憧れる超絶格好いい職業。本来であれば、家柄の良い貴族の子息しかなることは出来ない。しかし何故か今年からは、一般人の子息であっても試験さえ通れば入学が可能となった。


 これに激しく色めき立ったのが、ピーターの両親だった。

「我がフランシス家から、騎士が出るかもしれない!」と。


 それというのも、息子であるピーターは、幼い時から周囲に「神童」と呼ばれていたからだ。


 前世の経験があるピーターは、子供ながらの理不尽な我が儘を言ったり、かんしゃくを起こしたりしたことは一切なかった。


 さらに文字を覚えるのが早く、普通の子供ならすぐに飽きて放り出してしまう勉強にも、当然のように机に向かって取り組んでいた。


 実家は成功している大手の奴隷商なので、資金は信じられないほど潤沢にある。両親は喜び勇んで、それぞれの専門分野に応じた一流の家庭教師を何人も付けた。


 そして、ピーターを絶賛したのは、座学やマナー担当の教師だけではなかった。剣術の教師(マイケル先生)もまた、ピーターの才能に目を剥いたのだ。


 ピーターは子供とは思えない驚異的な集中力を見せた。普通の子供なら嫌がる、基礎体力を鍛えるための地味なランニングや素振りといった鍛錬にも、当たり前のように黙々とこなした。


 ピーターの心境はこうだ。


(先生たち、みんな熱心すぎて怖いんだよ……! サボったり手を抜いたりしたら、絶対にめちゃくちゃ怒られるじゃん。それなら言われた通りにやっておく方がマシだよぉ……)


 さらに学習能力も高く、他人の顔色を窺う性格であるため、一度叱られたことは二度と繰り返さなかった。


 実を言えば、ピーターの反射神経や運動神経は、決して人並み外れて優れているわけではない。しかし、彼は教師の教えに忠実に動いた。


 特に『防御の技術(敵の攻撃を避ける・受け流す)』に関しては、異常なほど長けていたのだ。普通の子供なら派手な攻撃ばかりに興味を持つ中で、これは異例中の異例だった。


 それぞれの家庭教師があまりにもピーターを絶賛するものだから、両親は有頂天になり、期待のハードルは天高く跳ね上がった。


(うわ……どうしよう。みんな、僕にものすごく期待してる。僕にどうしても騎士になって欲しいんだ……)


 大人たちのギトギトした熱い視線に、ピーターは青ざめた。しかし、断る勇気などあるはずもない。


(けど、まあ、どうせ落ちるに決まってるよな。一般人も受験資格があるとか言っても、多分ポーズだけだよ。世間体を取り繕うために、偉い大人がよくやる形だけのやつだ。適当に受けて、不合格通知をもらって帰ろう)


 そう思ったのだが──現地に漂う受験生や試験官たちの緊張感は、ピーターのヌルい想像を遥かに上回っていた。


(いや、空気ピリピリしすぎだって!! 周りのみんな、目が血走ってるよ! ……手を抜いたのがバレたら、絶対にものすごい剣幕で怒るよね!? 激怒して胸ぐら掴んでくるよね!?)


 ピーターは、怒られることが何よりも大嫌いだった。精神的ストレスで胃が痛くなる。


 その結果──彼に残された選択肢は『全力で頑張る』のただ一つしかなかった。


 他の受験生たちが、恐怖と焦りで体力を乱し、次々と川に沈んで脱落していく。


 しかし、ピーターは泳ぎ続けた。


 ただ「怒られたくない、鯰に食べられたくない」という恐怖に怯えながら泳いだ結果、見事に最後まで泳ぎぎることに成功した


「──受験番号41番、ピーター・フランシス。『第二次審査合格』!!」


 細面の試験官が、驚愕と興奮の混ざった大声で判定を下す。


 川岸に這い上がり、ずぶ濡れのタヌキのようになって「ハァ、ハァ……死ぬかと思った…」と白目を剥いているピーターを、他の受験生や試験官は様々な表情で見つめていた。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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