1話 ~タヌキの神様の加護~
「──貴様らァーーーッ!! それでも王立士官学校の受験生かッ!! 鈍い、鈍すぎるッ!! 闘牛の餌になりたいのかァーーーッ!!」
ガス灯の煤で薄暗い早朝の王都の演習場に、鼓膜をぶち破らんばかりの怒号が響き渡る。
声の主は、体重数百キロはあろうかという巨体の『黒い闘牛』に跨った顔に傷のある大男だ。
荒い鼻息を吹き出す闘牛の蹄がガツガツと地面を削り、恐怖に顔を引き攣らせた受験生たちを文字通り後ろから追い回している。
(ひ、ひぃぃぃぃぃ一っ!! 勘弁してよ! 、騎士の学校の受験って聞いてたのに!なんで馬鹿でかい闘牛と軍人みたいな試験官に追いかけられないといけないんだよ!)
今にも泣きだしそうな少年の名はピーター・フランシス。
背が低く、ずんぐりむっくりとした小太り体型。ぱっちりとした丸い目をもつ童顔はともに走る周りの受験生よりも年下に見える。その中では最も『騎士』の称号が似合わないといってもいい。
それでもピーターは、短い足を必死に動かし、汗だくになりながら集団の中を走っていた。
(あああ! 嫌だ!怒られたくないよぉおおおおおおお!闘牛に蹴飛ばされたくないよぉおおおおおおおおおお!)
ピーターの正体は、元日本人、芦屋 優柔。名前の通り優柔不断で、他人の「圧」にめっぽう弱い男だった。
ある日突然、彼の前に現れたのは、もふもふとした『タヌキの神様』。
神様は言った。
『僕の名前はタヌ神様。芦屋 優柔君、君を異世界に転生させてあげます! それだけじゃないよ、選ばれし者として、特別に僕の加護をあげちゃうよ!』と。
ちょっとワクワクした優柔だったが、よくよく話を聞いてみたところ、その加護が問題だった。
他の神様に選ばれた転生者たちは「水龍の加護」や「雷神の加護」といった、いかにもチートそうな加護を貰っているらしい。
対して、タヌ神様が提示した加護の効果は──、
【効果①:脂肪を蓄えやすくなる】
【効果②:消化能力が強靭になって何でも食べられる】
……ただの大食いデブ化の呪いだった。
(いや、いらない。できれば、他の神様のところに行きたいな……断ってもいいかな………)
「どうしたの………?もしかして、まさか………」
優柔がそんな風に「お断り」の雰囲気を察した瞬間、タヌキの神様は、みるみるうちに大きな目に涙を溜め、今にも消え入りそうな声で、この世の終わりみたいに悲しそうな顔をしたのだ。
『う、うぅ……やっぱりダメかぁ……。誰も、僕の転生者になってくれないのぉぉ……。みんなカッコいい神様のところがいいんだ……ぐすっ、うわぁぁぁん!』
巨大でもふもふのタヌキが鳴いている姿があまりにも可哀想だった。その結果、「あー! もう、分かりましたから! 行きます! 行きますから泣かないで!」と、つい引き受けてしまったのである。
こうして、優柔は異世界へと旅立った。
──それから十三年。
ピーター・フランシスとして新興の裕福な奴隷商人の家に生まれ変わった彼は、現在、超エリート校『王立士官学校』の入学試験の真っ只中にいる。
「──貴様らァーーーッ!! それでも王立士官学校の受験生かッ!! 鈍い、鈍すぎるッ!! 闘牛の餌になりたいのかァーーーッ!!」
(なりたくない!闘牛の餌にも騎士にもなりたくないーーーー!)
全くもって少しも騎士になりたくないピーター少年は、次々と受験生たちが脱落していく中で最後まで走り切り、「第一次審査合格」という判定を見事に勝ち取った。
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