12話 ~敗戦~
夕日は、のぼるのではなく静かに沈んでいく。
赤黒い夕闇が包み込み始めた王立士官学校の重厚な正門から、三人の少年がうつむきながら歩み出てきた。
バーモンド、ビョンビョーン、ブロッコリーン。
門をくぐり、慣れ親しんだ校舎に背を向けた瞬間、彼らの表情を支配したのは、言いようのない寂しさと、胸を締め付けるような悲しさ、そして、取り返しのつかないことをしてしまったという深い後悔だった。
決闘の結果は、まさかのリングアウト負け。
学長が「決定事項」と言い放った絶対のルールの通り、彼らは今日、この学校を去ることになった。自主退学という名の、事実上の追放処分である。
荷物をまとめて教室を出る際、普段あれほど仲の良かった貴族の同級生たちですら、誰一人として彼らに声をかけることはできなかった。
腫れ物に触るような、あるいは死者を見るような冷ややかな視線。周囲の生徒たちが沈黙したのは、薄情だからではない。この学校を退学になるということが、これからの人生において「どれほどの意味を持つか」を誰もが痛いほど知っているからだ。
王立士官学校は、騎士になるための唯一無二の登竜門。
この世界において『騎士』とは、武勲を立て、領民を守る、誰もが憧れる最高に格好いい絶対的な花形職業だった。ここを退学になるということは、その輝かしい未来への道が、永遠に、完全に絶たれることを意味している。
そして、彼らにはもう一つの、より致命的な絶望がのしかかっていた。
何百人という大衆の見守るリングの上で、一般人、それも入学してきたばかりの平民であるピーターに負けたのだ。
しかも、こちらは上級生が三人。誰が見ても圧倒的に有利としか思えない状況での、言い訳のしようがない惨敗。
名誉を重んじ、面子のために命すら賭ける貴族社会において、これがどれほどの痛手であるか。まだ幼さの残る少年とはいえ、その社会の冷酷さを骨の髄まで叩き込まれて育った彼らにとっては、あまりにも明白だった。
彼らの家門は泥を塗られ、親や親族からは見限られるだろう。
「ふん、あんな学校、こっちから願い下げだ。こんなのは別に、大したことじゃないさ」
教室の中では、バーモンドを中心にそう言って鼻で笑い、強がってみせていた。
だが、校門を出て、誰の目も届かない夜の静寂へと背を向けて歩き出した途端、張り詰めていた心の糸は、あっという間に音を立てて崩れ去っていった。
「……なぁ、バーモンド。俺たち、もう明日からあそこに行けないんだな」
ブロッコリーンの震える声に、誰も答えることができない。
毎日のように「座学が退屈だ」「訓練がきつすぎる」「早く卒業して楽になりたい」と、学校への文句ばかりを言い合っていた三人だった。
しかし、もう二度とあの門をくぐることはできず、あの賑やかな食堂の席に座ることも叶わないのだと突きつけられた今、今まで過ごしてきた退屈な日々のすべてが、いかに素晴らしい、奇跡のような日常だったのかが痛いほど実感できる。
しかし、過ぎ去った時間はもう戻らない。
バーモンドは、熱く込み上げてくる涙を必死にこらえながら、ただ暗い足元を見つめていた。
(どうして……どうしてこんなことになってしまったんだ……)
幼い頃から、耳にタコができるほど教え込まれてきた。貴族とは、生まれながらにして平民を導き、管理する存在なのだと。それがこの国を豊かにする唯一の正義であり、ひいては無知な平民たちを守ってやるためでもあるのだと。
それが彼にとっての世界のすべてであり、疑う余地のない真実だった。
ところが、最近になって国は、その根幹であるはずの階級社会を自らの手で崩し始めた。血統ではなく、個人の持つ能力によって上に立つ人間を決める──そんなおぞましい制度への移行。バーモンドの周囲にいる大人たちは、揃って顔を真っ赤にして国の方針を批判していた。
そして、その忌々しい時代の波は、彼らが誇りを持って通うこの王立士官学校にまで押し寄せてきた。今年から、平民の入学を認める。その事実だけで、彼らのプライドは深く傷ついていたのだ。
あの日、校庭を歩いていた時のことを思い出す。
ただの平民の分際で、この神聖な学び舎をくだらないおしゃべりをしながらヘラヘラと歩いている新入生を見た。
その姿が、どうしても許せなかった。ただ、貴族の威厳を示し、ガツンと一言分からせてやろうと思った。ほんの、それだけのきっかけだった。
しかし、そこから先は、抗うことのできない巨大な大波に呑み込まれていくような気分だった。
引き返すことすら許されぬまま、気づけば何百人もの観衆が見守る決闘場のリングに立たされ、家門の誇りと退学をかけて泥臭く戦う羽目になっていた。
あんなこと、しなければよかったのだろうか。
自分は、間違っていたのか。
これまで親や教師から教わってきた「貴族が平民を支配する」という世界の常識は、本当は間違っていたのだろうか。
分からない。
今のバーモンドには、何も分からなかった。不確定な時代の歪みの中で、何が正しくて何が間違っているのかなど、たかだか14歳の少年に答えが出るはずもなかった。
ただ、ぐちゃぐちゃになった思考の奥底で、たった一つだけ、本物の本音として強く思うのは──。
(この学校を、辞めたくない……。みんなと、ここに残りたい……)
けれど、泣くわけにはいかなかった。
どれほど心が張り裂けそうでも、名門貴族の子息である自分が、人前で簡単に、みっともなく涙を流すことなど絶対に許されない。
バーモンドは、すうっと息を吸い込むと、歪みそうになる口元を無理やり吊り上げた。
いつも厳格で、周囲を威圧していた厳格な父親の姿を真似て、不遜に、傲慢に、鼻で笑ってみせたのだ。
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