13話 ~Last~
「あっ!」
ブロッコリンが声をあげ、何かに気づいて視線を走らせた。その視線を追うと、夕闇の迫る道を、こちらに向かって必死に走って来る一人の小柄な生徒の姿があった。
「あいつ……」
バーモンドが呟く。
遠くから見ても一目で分かる、あのずんぐりむっくりとした、ちんちくりんなシルエット──それは、自分たちを打ち負かした張本人、ピーター・フランシスだった。
そのあまりにも場違いで必死な姿に、バーモンドの口元から、さっきまでの作り物ではない、本当の笑みが思わずこぼれ落ちた。
「……ハッ、何しに来たんだよ」
息を切らせて目の前に立ち止まったピーターに対し、意図せずぶっきらぼうな声が出た。ピーターは膝に手を置いて肩で息をしながら、少し照れくさそうに言った。
「もし泣いていたら慰めてあげようかなと思って……」
「こいつ……!」
バーモンドは気恥ずかしさを隠すように、反射的にピーターの肩へ軽い拳──肩パンを食らわせていた。
「痛っ! 痛いなぁ……!」
「最悪の門出だ。お前の顔なんか二度と見たくないと思ってたのによ」
口ではそう毒づいたが、本当はそんなこと、微塵も思っていなかった。考える余裕すらなかったのだ。だけど、これくらいの皮肉を言ってやらないと気が済まなかった。
「僕だったら情けなく泣いていると思ったから」
「お前なんかと一緒にするなよ?」
「ごめん、そうだよね」
こいつは何なんだ。恨むべき相手のはずなのに、その顔を見ていると不思議と笑ってしまう自分がいた。一言言ってやろう。バーモンドはピーターをまっすぐに見据え、一呼吸置いてから、静かに、しかし重い言葉を口にした。
「──騎士になれよ」
「え……?」
ピーターが虚を突かれたように目を見開く。
「俺たちは全員、本気で騎士になることを夢見てこの学校に入った。それをお前は奪ったんだ。……だったら、お前が騎士になれ」
「平民は騎士にはなれないよ。前例がないし……」
「なに弱気なこと言ってんだよ! お前だってそのつもりじゃなかったのかよ!」
バーモンドは頭がカッと熱くなった。
「……そう、だけど」
ピーターは視線を地面に落とし、消え入りそうな小さな声で呟いた。
「だったら、お前が平民で一番最初の騎士になれ。それは、この国の歴史に刻まれる偉業だ。俺たちの夢を奪ったんだから、それくらいのことはやってもらわないと困るんだよ。──なぁ、お前らもそう思うだろ?」
バーモンドは、左右に立つブロッコリーんとビョンビョーンの顔を見た。
実はさっきまで、彼らの顔をまともに見ることができなかった。もしかしたら、情けなく涙を流しているのではないか、と思って怖かったのだ。
だが、二人の表情を見て、バーモンドはハッとした。
「当然でしょ! 私たちの夢を終わらせたんですから、その分の責任は取ってもらいます!」
「そうだ! あなたは騎士になるべきだ、絶対。……絶対です!」
二人は、必死に強気な演技をしていた。このおかしな平民の下級生の前で、惨めで弱い姿を見せたくなくて、必死にプライドを取り繕っているのだ。
俺たちは貴族だ。
そんな二人の心意気を感じて、バーモントは胸の奥が熱くなった。
「ほらな! 分かっただろピーター! お前は騎士になるんだ。……俺たちと、ここで約束しろ!」
「……う、うん。一応、頑張ってはみるけど……」
「『一応』じゃない、約束しろ」
バーモンドは、迷いを振り切るように右手の拳を強く突き出した。少し遅れて、ブロッコリーんとビョンビョーンも、それぞれの拳を重ねるように突き出す。
ピーターは三人を見つめ、ゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めたように「うん」と頷いた。
「……分かった。約束する」
ぽつりと落とされた決意の声と共に、ピーターもまた、小さな拳を突き出した。
夕暮れの街頭の下、四人の少年の拳が、カツンと静かにぶつかり合う。
「ふっ、喧嘩の後の友情か。悪くないな」
不意にかけられた、聞き覚えのある涼やかな声に、ピーターが驚いて視線を向けた。
後ろには、いつの間にかあの女子先輩が腕を組んで立っていた。彼女はまっすぐにバーモンドたちを見つめると、静かに歩み寄った。
「もし、これからの生活で何か困ったことがあったら、いつでも私に相談しに来い」
「え……?」
バーモンドは耳を疑った。
「学校を辞めたからと言って、お前たちの人生のすべてが終わるわけじゃない。私にだって、きっと力になれることもあるはずだ」
「……ありがとう」
彼女とは同級生だが、今まで一度もまともに話したことはない。それはバーモント達が古くからの階級制度を守ろうとする体制派であり、彼女は身分制度を撤廃し新しい社会を作ろうとする改革派。
敵であるとすら思っていた。そしてそれは向こうも同じはずだった。それなのに、彼女はどうして自分たちを気にかけてくれるのか。彼女の表情にも言葉にも嘘は感じられない。それを受けとる自分の心は温かいものを感じている。
「……俺たち、もう行くよ」
バーモンドはピーターと女子先輩に、晴れやかな微笑みを向けた。そして、隣にいる二人の目をしっかりと見た。
予想もしていなかった状況に考えはまだ整理されていない。恨んでいるのかもしれないし、感謝しているのかもしれない。あるいはその両方か。
しかしながら、今はそれを表に出すべきではない。
美学がある。
貴族とは平民の手本でなくてはならない。
背を向けて歩きだしてたったの数歩で、溢れ出した涙が頬を伝って流れる。嗚咽は漏らさない。しっかりとを胸を張って堂々たる背中だけを見せつける。
格好良く去るべきだ。
「じゃあな………」
かつて感情のままに行動していた少年たちは、やるべきことをやっていた。敗戦を喫した彼らは明らかに成長したのだ。
「騎士………」
呟いたピーターにはオレンジ色に染まる三つの背中が見えている。
この世界の人々の中で、騎士という職業がどれだけ人々にとって特別であるのか、それはピーターにも分かっている。彼らが歩むはずだった騎士への道を閉ざしてしまったのは自分なのだ。
「彼らのためにも君は、騎士にならないといけないな」
肩に優しく置かれた手に、鼻の奥がツンとした。
涙を流すべきではない。彼らから騎士という道を奪ってしまった自分が泣いてはならない。卒業が出来たら御の字、そう思っていた。
平民史上初の騎士。
今までの歴史を変える。それは相当に難しい事だろう。だがしかし、本気で目指さなくてはいけない。少なくとも、恥ずかしくないだけの努力はしなければならない。
「がんばります………」
平凡な言葉だが、そこに嘘は無かった。ピーターは夕日に染まる背中を真っ直ぐに伸ばした。去り行く彼らを見習って。
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