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11話 ~ゴング~

 

 異様なまでの興奮と熱狂、観客たちの放つアドレナリンがすり鉢状のスタンドを完全に支配した円形の決闘場。


 魔法で増幅された実況アナウンサー・タチルフの声が、いよいよ限界突破のボリュームで高らかに響き渡る!


「さあさあ、観客席のボルテージは早くも最高潮! 緊張のゴングまであとわずかと迫っております! ここで改めて今回のルールをおさらいしておきましょう。採用されましたのは王立士官学校の伝統に則った由緒正しきレギュレーション、すなわち三十分一本勝負! リングアウトは敗北です。そして死亡事故防止の観点から、魔武器を含むあらゆる真剣・真槍の武器使用は禁止となっております!」


 ピーターはリングの大きさをしっかりと目に焼き付ける。リングアウトは即敗北。これは重要なルールだ。


「さあ、リング中央、対峙します両雄がバチバチと視線の火花を散らしながらにらみ合っております! 今、審判が高らかに右手を真上にあげました!」


 ──カーーーンッ!!!


 非情なる鐘の音が鳴り響いた!


「さあ、歴史のトビラを開ける戦いのゴングが鳴らされたァーッ! おっと! さっそく動いたのは赤コーナー、上級生の意地を見せるかバーモンド君だ! 瞬時に魔法の詠唱に入ったァーッ!」


 観衆の視線が一気にバーモンドに集まった。


「見てください、彼の両手の間に濃密な魔力が集結! 暗雲を切り裂く線香花火のようなバチバチとした光を弾けさせ、出現いたしましたのは、バーモンド君の特殊魔法『火炎のファイヤーボール』!実況席にいましても魔力の臭いがしてくるぞ!」


 バーモンドが顔を上げ、標的に狙いを定めようとした。


「おーっと! しかしこれに対して青コーナーのピーター君、魔法の出現とほぼ同時、いや、コンマ数秒早くすでに背を向けて走り出しているゥーッ! バーモンド君の火力を完全に予期していたかのような、電光石火の脱兎の如きスタートダッシュだぁーっ!」


 観衆から大きな歓声が上がった。


「ジグザグ、ジグザグと! まるでサバンナを逃げ惑うガゼルのように、当てれるものなら当ててみろと言わんばかりの猛烈な蛇行を繰り返しながら、決闘場を広く使って逃げ回っています! ──さあ、この立ち上がり、どう見ますか? ゲスト解説のダブンチさん!」


 マイクを振られた解説のダブンチさんが、のんびりと口を開いた。


「あー、これはバーモンド君にとって非常に厄介な展開ですな。確かにあの火魔法は直撃すればなかなか強烈なのでしょうが、いかんせん、さすがに当たらないことにはどうしようもないですからな」


「なるほど、当たらなければどうということはない! まさにその格言を地で行くピーター君の韋駄天ダッシュ! 見た目のずんぐりむっくりからは想像もつかない軽快なステップで、貴族の誇りを文字通り煙に巻いていくぅぅううーっ!!」


「なるほど、当たらなければどうということはない! まさにその格言を地で行くピーター君の韋駄天ダッシュ! 見た目のずんぐりむっくりからは想像もつかない軽快なステップで、貴族の誇りを文字通り煙に巻いていくぅぅううーっ!!

 おおっと、バーモンド君投げられない! 完全にピーター君の不規則な残像に幻惑されているか、ファイヤーボールを構えたまま引き絞った右腕が完全に凍りついております!」


「これはもう、何とかして彼の動きを止めるしかないでしょうな」


 ダブンチさんが冷静に戦況を分析した、まさにその瞬間だった!


「おっとォーーッ! ここで動いた、赤コーナーの別動隊! ビョンビョーン君とブロッコリン君の二名が、一斉に牙を剥いて走り出したぁーっ! 左右から挟み込むようにして、ピーター君のあの変幻自在の動きを物理的に止めようとする、まさに狂乱のサンドイッチ作戦かァーッ!」


「あー……あれは良くない」


 突如、ダブンチさんが苦言を呈するように短く吐き捨てた。


「といいますと? 何が良くないんでしょうか、ダブンチさん!」


「見なさい、今ピーター君を追いかけるあまり、直線距離上に味方の二人が完全に被ってしまっている。あれでは後方にいるバーモンド君が、得意のファイヤーボールを投げることが出来ない」


「なるほどぉーっ! 射線上に味方の背中! 迂闊に放てば平民の星ではなく、味方の尻を黒焦げにしてしまうという身内テロの可能性が発生だァーッ!」


「しかもその間、バーモンド君は右手のファイヤーボールを維持し続けなければならない。魔力を練り続けるというのは、精神的にもかなりの負担のはずですよ」


 実況席の言葉を証明するかのように、戦場に劇的な変化が訪れる!


「あっと驚く急展開! バーモンド君、苦渋の選択か、いま右手のファイヤーボールをフッと消したぁーっ!!」


「これは完全な作戦ミスと言っていいでしょうな。大切な初期魔力を、ただの威嚇だけで無駄に使ってしまった」


「手ぶらになったバーモンド君、自らも回り込んで、直接ピーター君を捕まえようと猛ダッシュを開始いたします! しかしダブンチさん、上級生三人、どうにも足並みが揃っていないように見えますが!?」


「ええ、三人の連携があまりうまくいっていないようですね」


「それは一体なぜなのか!?」


「この観客席の異様な大歓声のせいでしょうな。バーモンド君がいくら大声で指示を出しても、前線を走るふたりには全く声が届いていないようです」


「なるほど、怒号と歓声が渦巻く血の円形リング! 音の壁に阻まれた貴族三人衆、まさにディスコミュニケーションのどん詰まりぃぃいいーっ!!」


 タチルフの実況が響き渡る中、解説のダブンチさんが冷静に、しかし冷酷に未来を予言した。


「とはいえ、これはピーター君が捕まるのは時間の問題でしょうな」


「おおっと、やはりそう思われますか! 見た目にたがわぬ驚異的な俊敏さを見せたピーター君でありますが、さすがに外周を囲まれ、三人に同時並行で追いかけられては一たまりも無いかァーッ!」


「ええ。捕まってしまえば決着は早いでしょうな」


「そうですね、なにせ一対三ですからね! 公平な戦いとは到底言えない、まさに理不尽の極み! しかし、悲しいかなこれがこの学校の、延いてはこの国のルールでありますッ! 貴族は平民の上に立つ存在なのですッ!!」


 タチルフが守旧派貴族を煽り立てるような実況を放った瞬間、観客席の半分──改革派の平民生徒たちから「ふざけるな!」「言い方に気をつけろ!」と猛烈なブーイングが巻き起こり、場内のボルテージは混沌を極めていく!


 その時、ダブンチさんが身を乗り出した。


「おや……? ピーター君が、何かしているようだ」


「んんっ!? なんでしょうかあれは、ピーター君がしきりに自分のお腹をペチペチと叩いているようですが、ダブンチさん、あれは一体何をしているのでしょうか? 緊張のあまり腹痛でも起こしたかァーッ!?」


「いや、魔力を練っているようだ。独特な波形ですね」


「な、何とォーッ! バーモンド君と同じく、あのずんぐりとした肉体の内側で魔力を練り上げ、何事かを仕掛けようとしている模様! もしかすると、ただ逃げ回っていたあの時間は、すべてこのために必要な時間を稼ぐための頭脳的ボディーワークだったというのかァーッ!?」


「しかし、一体何をするつもりだ……?」


 実況席が固唾を呑んだその瞬間、ピーターの足がピタリと止まった!


「おーっと! ここでピーター君が突然の急ブレーキ! 円形リングのまさにギリギリ、背水の陣となるエッジの際で立ち止まったァーッ! 一体何をするつもりだ、完全に包囲網が狭まっているぞ!?」


 正面からは、ここが勝機とばかりにバーモンド、ビョンビョーン、ブロッコリーンの三人が、猛烈な勢いで突進してくる!

 ピーターは迫り来る三人の狂気を受け止めながら、懐のカードから引き出した魔力を腹に集中させ、両手で思い切り己の腹を叩いた──。


 ──ドォォォォォォンッ!!!!!


 地響きのような、重低音の衝撃波を伴った音が決闘場全体に木霊した。


「たい、太鼓ーーーッ!? 一体全体、何をやっているんだピーター君は! 自身の腹を楽器の如く打ち鳴らしたァーッ!」


「なんと……!」


 ダブンチさんが驚愕の声をあげる。


 次の瞬間、突進していた貴族三人衆の動きが、不自然なほど完全に停止していた。


「これは……いったいどうしたことだ! バーモンド君たちの動きがピタリと止まっている!」


「どうやらあの腹太鼓の音波には、相手の動きを完全にフリーズさせる効果があるようだ」


「なんという特異な魔法だ! バーモンド、ビョンビョーン、ブロッコリーンの三名は、まるでいま作られたばかりの蝋人形の如く、リングの上で微動だにせず完全に停止しておりますッ!」


 ピーターは硬直した三人のうちバーモンドの目の前まで丸っこい体でトコトコと突進すると両手をバーモンドの胸元に添えた。


「ごめんっっっ!!!!」


 動けないバーモンドは、驚愕の目を見開いたままの姿勢で押し出され、背中から決闘場の場外へ落下した。






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