第99話 【伝線の結晶】 第3話 「未来からの断片」(3/10)
アーカイブ室は、0612エリアの地下にあった。
誰もが自由に使えるわけではない。でも――康介の許可があれば別だ。Eはカードをかざし、重い扉を押し開けた。
純が続く。
「どの辺りを探す?」
純が訊いた。Eは答えず、端末に向かって指を走らせた。数秒後、画面にいくつものログが並ぶ。
「これ。『あの数字』が現れた記録。時刻、場所、媒体はバラバラ。でも――」
「共通点がある」
Eはあるデータを拡大した。タイムスタンプ。
未来を示していた。
「そんなの、エラーか偽装じゃないの」
純の声が少し強くなる。Eは答えなかった。代わりに、そのデータを開く。中身はほとんど破損していた。読めない。再生できない。でも――
「……熱い」
Eが呟いた。画面なのに、指先が熱い。純も触れた。確かに、そこには「何か」があった。
その時、街のどこかで――
女子高生がスマートフォンを開いた。通知。誰からでもない。差出人不明。本文は数字だけ。
彼女はそれを何度も見つめて、結局消さなかった。理由はわからない。でも――なんとなく、消せなかった。
アーカイブ室に戻る。
Eはノイズデータの波形を表示した。規則的ではない。でも――繰り返しがある。同じ間隔で、同じ震え。
「これ、人の指先の動きに似てないか」
純が言った。Eはもう一度波形を拡大する。確かに――手がかりはそこにあった。
「データを送ったのは誰か。わからない」
Eは淡々と言う。
「でも――この熱は本物だ。誰かの震えが、ここにある」
純はもう一度、画面に触れた。熱い。その熱は、自分の指先の震えと同じリズムを刻んでいた。
誰かの――いや、もしかすると未来の誰かの。
別のデータ。映像の断片。解像度は低く、色は褪せている。でも――そこに映る「何か」は確かに動いていた。誰かが歩いている。誰かが何かを書いている。誰かが――
「止めて」
純が言った。Eが一時停止する。画面はノイズに覆われていた。でも――そのノイズの中に、かすかに数字が見えた。
「あの数字だ」
Eは拡大した。ピクセルが滲む。でも――そこにあった。
「これが、私たちが受け取った『伝線』の正体なのか」
純が呟く。Eは答えなかった。答えられるはずがなかった。
「わからない。でも――この熱は、私たちに何かを伝えようとしている。それが何かはわからない。でも――」
Eはそこで言葉を切った。
「私たちは、このノイズを受け取った。ならば――何か返さなければならないのかもしれない」
「返すって、誰に?」
純の問いに、Eは静かに答えた。
「未来に。過去に。それとも――自分自身に。わからない。でも――それが『伝線』というものなんじゃないか」
アーカイブ室を出る時、純はもう一度振り返った。
画面には、まだノイズデータが表示されている。壊れたまま。完成しないまま。でも――その熱だけは、まだ消えていなかった。
「次は、どうする?」
純が訊いた。
「集める」
Eは言った。
「この数字に触れた人の『感覚』を。データじゃない。記録でもない。ただの『感じたこと』を。それが、このノイズを『伝線』にする」
街のどこかで、誰かがまた立ち止まる。誰かの指先が熱くなる。誰かが「あれ?」と思う。
理由はわからない。説明もできない。
でも――その「わからなさ」が、確かに広がっていた。




