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【彼女の時空】「ずれ」は、人類最後の武器である。「静かなる最適化への、人類最後の反逆。カフェ「あおい」から連なる一本の伝線から始まった」  作者: Taku
『彼女の時空「3巻」:外縁の章』― 0612、社会への静かな侵食 ―

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第100話 【伝線の結晶】 第4話 「社会の綻び」(4/10)

瞳は、駅前の交差点に立っていた。


特に用事があったわけではない。ただ、なんとなく歩いていたら、ここに来た。信号が変わる。青。人々が渡り始める。誰も急いでいない。誰も遅れていない。最適なペースで、最適な間隔で。


でも――


信号の切り替わりが、ほんの数秒だけズレた気がした。気のせいかと思った。でも、隣にいた女性も、小さく首をかしげた。


「……今、ちょっとおかしかったよね」


「え?」


「いや、なんでもない」


女性はそう言って歩き出した。瞳はその後ろ姿を見送った。



田中は、街の様子を観察していた。


「観察」と言っても、特に何かを調べているわけではない。ただ、いつも通りに歩いているだけだ。でも――


SNSのタイムラインが、少しだけ「ずれている」ことに気づいた。いつもなら一番上に表示される「おすすめ」の投稿が、なぜか三番目に下がっている。エラーではない。バグでもない。ただ「いつもと違う」。


誰かが「なんとなく変だ」と投稿していた。理由はわからない。でも、いいねがやけに多い。


街の至る所に「あの数字」を見かけるようになった。


駅のホームの支柱。誰が書いたのかわからない落書き。地下街の壁。消されかけているのに、また誰かが書き足す。バスの座席の背もたれ。シールになっている。


それらは決して目立たない。気にしなければ、一生気づかない。でも――一度気づくと、どこにでもあるような気がしてくる。


女子高生たちが話していた。

「これ、知ってる?」

「ああ、あれね。意味は知らない」

「でも、なんか持ってると安心するんだよね」


「お守り」と誰かが言った。誰が最初に言い出したのか、誰も覚えていなかった。でも、その言葉が広がっていた。


瞳はカフェテリアで休んでいた。隣の席では、若いサラリーマンたちが話している。


「転職、どうする?」


「なんとなく、やめた」


「え、なんで? 条件いいじゃん」


「わからない。でも――なんか、違う気がして」


「条件がいいのに?」


「うん。でも――熱がないっていうか」


「熱?」


「自分の熱。これでいいのかなって、なんとなく」


その「なんとなく」を、瞳は聞き逃さなかった。



田中は、小さな書店の前に立っていた。


ベストセラーコーナー。ランキング一位の本。でも――彼の手は、その隣の地味な装丁の本を手に取っていた。理由はわからない。なんとなく、手が伸びた。


レジで並んでいると、前にいた女性が「0612」と書かれたストラップをつけていた。


「それ、どこで買ったんですか?」


田中が尋ねると、女性は笑った。


「誰かにもらったんです。意味は知らないんですけど、なんか手放せなくて」


「……わかります」


田中は答えた。本当にわかったかどうかは、自分でもよくわからなかった。でも――なぜか、そう言わずにはいられなかった。



瞳のスマートフォンに、見知らぬ番号からメッセージが届いた。


「集まりませんか。あの数字に『感じた』者たちで」


差出人は名乗らなかった。でも――彼女はそのメッセージを消せなかった。


理由はわからない。


でも――なんとなく。


街の空気が、ほんの少しだけ重くなった気がした。


誰のせいでもない。何のせいでもない。でも――確かに、何かが変わろうとしていた。



田中は自分の指先を見た。まだ熱い。その熱は、自分のものなのか誰かのものなのか。もうわからない。でも――彼はその熱を手放したくなかった。



瞳は窓の外を見た。誰かが立っている。誰かが見ている。気のせいかもしれない。でも――もし気のせいじゃなかったら。


その日、街のあちこちで、誰かが立ち止まった。誰かが考えた。誰かが「なんとなく」を口にした。


誰も説明できなかった。でも――それが「伝線」というものだった。

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