10.一人反省会
ああ、失敗したな。
ダリウスは頭を押さえて溜息をついた。
先日から誰もいないと、ついそれが頭に浮かんでくる。
セドリックも弾丸帰省でいないし、離宮には来るなと言われているので、久々に一人の夜だった。
エレナに、それはもうキッパリとフラれて、もう閉じ込める事も叶わないと諦めてから一年経つ。
王太子である自分が、伯爵の後継で自分の影のような存在だったセドリックに……出し抜かれ、負けた、というのを認めたくないと思っていたのかもしれない。
しかし、もうこの歳だ。妃を持たないという事は出来ない。母からは誰でもいいから聖女を選べと日々迫られ、条件に合う者に片端から会った。
エレナの親友だったという情報で、会う前から興味があったのは確かだ。でも会った時に、ああ、彼女が信頼していた理由もわかるなと思った。
対面しているのは王太子だと言うのに、全く恐れる様子もない。凛と真っ直ぐこちらを見ていた。
その目は疑いの色が隠しきれておらず、ツンとすまして貴族の娘のようにそつなく対応しながらも、ダリウスから何かを掴もうとしていた。
エレナの事を知りたいのだろうと思った。
教えてやりたいと思ったのだ。
生きていて、多分妃になるより幸せにやっていると。好きでもない男と必要もない婚姻をする覚悟があるなら、その覚悟を引き受けたいと思った。
トントン拍子で婚約の儀に至り、あっという間に決まってしまった。真心を捧げたはずなのに、疑いの眼差しのまま自分の手を取った彼女を見た時に、ふと、とんでもない事をしてしまったように思った。
お前は、それでいいのか?
子を数人。それは最低限の責務だ。リゼは当然のように了承した。せめて辛い思いをさせないようにしようと思った。
――私に、遠慮なさらず――
初めての時、普段強気で堂々としている彼女が不安そうな目をして、それでも強がっている姿に愛おしさを感じた。
プライドが高いリゼだから、無理に進めずに、彼女に合わせて少しずつ進めていこうと相当気を遣った。
何かを耐えるように眉を寄せて目を閉じた顔も、縋り付く細い腕も、噛み殺す声も、終わった後恥ずかしそうに目を逸らすのも、実は日に日に可愛くて仕方がなくなっている。
それなのに。
ダリウスは初めて寝室に訪れた日のことを後悔している。
父に聞いていたのだ。
「聖女はこちらの夢に化けるぞ」と。
あれはそろそろ聖女を選べと言われ始めた、16のころだ。
「親子ではなく、聖女を娶らねばならない同じ立場の人間として言う。聖女は魔女だ」
苦い顔をして父は言った。
「……私はな、お前の母と、寝た記憶が無いのだ。でもお前はどう見たって私の子だ。そうするとヴェロニカの様子がおかしかった夜しか心当たりがない」
「はあ」
なぜ父親からこんな話を聞かなければならないのか。ダリウスは苛立った。
「結婚する前から私にはヴェロニカがいたし、聖女との結婚は、王としての義務、お飾りの白い結婚で良いと言われていたのだ。……あの魔女が何かしたのだと思う。お前も気をつけろ、あやつらは精を搾り取る為ならなんでもやるぞ」
ダリウスは父を心底軽蔑した。
元からあまり良くは思っていなかったが、何を言い出すのだ。
「私は、私の聖女を愛しますよ」
「気をつけろよ、夢を見させる術は奴らの得意技だからな」
「……ご忠告、感謝します」
呆れはてたが相手にするのも馬鹿馬鹿しく、そう言って辞した。
何を言っているのだ。伴侶にそこまでさせるなど男として恥ずかしいと思わないのか。
そう思ったし、この時は初恋の彼女が目の前にやってくるのを心待ちにしていたので、自分には関係のない事だと思って忘れていた。
婚約の儀の夜、リゼの寝室に入ったらエレナがいた。
リゼの寝室に向かう時、確かにエレナの事を考えていた。本当だったら一年前、エレナとの初夜を迎えていたはずなのにと。
もしあの時アルバローザが咲いたら、夜まで我慢する気もなく、儀式の場から抱き上げて部屋に直行する算段だった。
王宮の自分の部屋と寝室で繋がっている部屋をエレナの居室として用意させていた。あの時はセドリックもいなかったし、エレナを守るためにも自分の側に囲い込んで、二度と外には出さないくらいのつもりだった。
あの気持ちが愛だと言うのなら、今ここで冷静に夜まで待って、手順通りに彼女の部屋に向かっているこの俺の気持ちはなんなのだろう。
そんな、センチメンタルな気持ちでドアをノックしたのは確かだ。
前に似たような事……寝室にエレナが献上されるということがあったから、ダリウスはエレナを見てもそこまで驚かなかった。またこいつは誰かに騙されたのか、と、思った。
セドリックを呼んでこようとしたら呼び止められた。エレナは生きているのかとエレナに聞かれて、ようやく何かおかしいと気づいた。
しっかりしろ、俺の伴侶はリゼだろうと強く思えば幻覚は消えたが、リゼは、俺がエレナを忘れていないと思っただろう。
もしも、エレナが生きている事も初恋が終わった事も知らなくて一年振り見た姿だったら、自分は父と同じクズに成り果てたかもしれない。
あの後、無事に済んだけれども、リゼには酷い事をした。初夜に相手に人違いされるなど、最悪だろう。
こんなに失礼な、好きでもない男に一生懸命に応えてくれた彼女には感謝しかない。
俺は、挽回できるだろうか。
ダリウスは、ツンとすました気の強そうな眼差しを思い出して、はあ、と深い溜息をついた。




