28.ダリウスの想いは熱い
仕上げに、カレンデュラの花で傷跡一つ残さないように治した。
さすが王太子、そばかすやシミの心配もなく、もともとつやつやのお肌だった。筋肉が形よくついた身体を清潔な布で拭いて、まったくもとに戻ったのを確認する。
外傷は消したが、聖女の奇跡は植物の力を借りても自身の力も大きく使う。しばらく静養が必要だ。
「う…」
「!!」
ダリウスが微かにうめき声をあげた。
エレナは思わず乗り出してダリウスの顔を覗き込む。
眉根を寄せて、苦しそうな表情だ。エレナは思わず呼びかける。
「ダリウス殿下、ダリウス殿下! 気がつかれましたか!?」
「…ッ」
呼びかけに応えるように、ダリウスの目がゆっくりと動いた。薄く開いた瞼から、群青色の瞳が覗く。
その瞳がエレナを捕らえた。
「エレナ……?」
ダリウスの掠れた声に呼ばれて、エレナはぎくりとした。
立場を思い出す。エレナと呼ぶのはセドリックだけ。しかも一番見つかってはいけないのはダリウスでは無かったか。
「……人違いです。気付かれたのでしたら良かったわ。今医師を呼んでまいります」
咄嗟に顔を隠して、出て行こうとする。しかし足を踏み出した時、乱暴に手を掴まれて後ろに引き戻された。
寝台に座るように倒れ込むと、正面から熱い身体に抱き竦められた。ダリウスのむき出しの肩に鼻と口を塞がれて苦しい。何とか肩の上に顔を出すが、ヤロウの香りに交じって、汗と髪の匂いがして動揺した。
ダリウスはエレナの肩口に顔を埋め、泣きそうな声を出した。
「エレナ、エレナ。……幻か? 幽霊か? 何でもいい。会いたかった」
傷は塞いだが、血は随分流れていたし、まだ動ける状態では無い。現に触れている身体は不自然に熱い。それなのに、その力は強く苦しいくらいだ。
「人違いです……苦しい、は、離して」
「嫌だ、離さん。俺がエレナを間違えるわけが無いだろう」
エレナは身を捩るが腕は弛まない。何をされるのかと恐ろしくなった。
「……お前が死んだと聞かされても、狂う事も許されなかったんだぞ。……離せるものか」
「え?」
死んだ?
……もしかして、そういうことになっているのだろうか?
でも、逃がしてくれた神官は、ダリウスが落ち着いたら戻るというような口ぶりだった。
なので、エレナはダリウスが自分を許せば、教会に戻ることになると思っていたのだが。
セドリックが昨日、戻らなくても良いようにすると言っていたが……何か関係があるのだろうか。
「なあ、俺も死んだのか? それならお前と一緒になれるか? ……ここでも、花が咲かなければだめか?」
熱に浮かされた口ぶりで言葉を紡ぐ。それは王宮にいた時のダリウスとあまりにも様子が違い、エレナは戸惑った。
「ここは夢の中か? ならば暫く覚めないでくれ……頼むから」
混乱しているのか、様子がおかしい。
いつもダリウスは堂々としていて、まさに王となるべく生まれてきた存在のような威圧感を放っていた。正気のままで、エレナに縋るとか頼むとか、そのような事をするとは思えなかった。
弱弱しい様子に何とかしてあげたいという気持ちが出てくる。
……後で、ギースにラベンダーを分けてもらおう。ドライフラワーになっているのが部屋に下がっていたはずだ。
聖花のラヴェンダ・セレナータほどではないが、普通のラベンダーでも加護の力で効果を高めれば似たようなことはできる。今のダリウスならば熱が見せた夢か幻とできるだろう。
そう考えて、エレナはそっとダリウスの背を撫でた。
弱っている人は放っておけない。縁のあった人ならなおさらだ。それにダリウスは怖いが嫌いなわけではない。嫁ぐ覚悟もしていたのだ。
「落ち着いてください、ダリウス殿下。体に障りますよ」
「エレナ、どこにも行かないでくれ」
「行きませんから、横になってください」
駄々っ子のように嫌々と首を振る。ダリウスの解かれた長い髪がエレナの首筋をくすぐる。
「エレナ、……あんな言い方をしてすまなかった。怖かったよな。俺のことを怖がっていることは分かってたんだ。普段は気を付けていたんだが、あの時は頭が真っ白になって」
あの時、花が咲かなかった時の失望と怒りに染まった群青の瞳。雷鳴のように轟く怒号。
同じ人だとは思えないような弱った声でエレナに詫びる。
「大人になって、強くなったつもりだった。身体も心も揺らがない人間に……本当は……あの時のままだ」
ダリウスの身体が重くのしかかる。もう、自分で座っていられないのだろう。なのに腕は離さない。
「ダリウス殿下、横になってください」
「嫌だ、眠ってしまったら消えるのだろう」
エレナは何とかダリウスと自分の身体の間に手をねじ込み、苦労してダリウスをベッドに寝かせる。
横にするのは成功したが、結果押し倒すような格好になってしまい、腕から抜け出すのは失敗した。ダリウスはエレナを身体の上に抱き上げて離さない。
エレナの白い髪がダリウスの胸に広がる。ダリウスの高い鼻がつむじのあたりに押し付けられた。




