73話 鍛冶技術の獲得 3
-王都マハル 特別区-
食事を済ませて落ち着いたので露店を見て回る。あれだけ空いていたスペースに今は鍛冶師達がそれぞれ店を開いて商売に勤しんでいる。武器と防具の販売、修理の請負と忙しそうだ。
俺は彼らの店先に並べてある物を手に取って視て回る。店先に陳列している物を視れば彼らの腕の具合も分かる。口達者な者も中には居るだろうが、鍛冶師の場合は物を視た方が確実だ。重要なのは要求を正しく理解する頭とその要求を形に出来る腕。その点以外は正直どうでもいい。ついでに付き合い易い性格であれば望ましいという話だ。
数軒回って視てみたが、どこも腕前は大したことがない。置いてある物も悪くは無いが中級者向けの無難な出来の物ばかり。独立して店を構えていない者達ばかりだし、こんなものか。少し期待し過ぎたかな。考えて見れば彼らは鍛冶師の卵であって鍛冶師ではないのだからこれでも優秀な方なのだろう。
目に付くのは革工技能の低さだ。並べている物はどれも武具関連ばかりだが、刀身は良いとしても握りの部分がお粗末な造りの物が多い。鍛冶技術に集中するのは当然だが、作り出された物は人の手で使われる。観て楽しむ芸術品ではない。
鍛冶製品は基本的に使われて初めて価値を持つ物であり、そこに頭が至らない職人は造り方を勘違いする。残念だがここに集まった者達はそういう頭の者が多い様だ。
軽く失望を覚えつつ店を巡り続ける。武術大会の会場ということもあってどの店先にも武具関連しか置いていない。自分の技術を見せるなら武具以外の鍛冶製品も並べそうなものなんだがな。どこも武具関連しか置いていないのは鍛冶師の中では武具鍛冶が生活鍛冶よりも上と見られているからだろう。実際はそんなことは無いのだが、イメージとしてそういったものが在るのは分かる。
一通り露店を回ってみたがどこも似たような感じだった。残念だが誰を選んでも同じだろう。困った事になったな。こんな事態は予想していなかった。どうしたものか。
結局無駄に時間を使っただけだったかもな。あの中から少しでもマシな奴を選ぶしかない。俺にはどれも地雷にしか見えないが、居ないよりはマシだろう。
困り果てて宿へと戻る途中でカレンの姿が目に入った。買い物をしている様子だがあの辺りには食材売り場は無い。少し気になったので近づいて声を掛ける。
「カレンさん、こんなところで何をしているのですか?」
「あら、マリーナさんもお買い物かしら。良さげなお店を見つけたの。厨房で使えそうな物が無いかと探しに来ているのよ」
言われて見ると店先に並べてある物は包丁、鍋、食器と料理や生活関係の雑貨が多い。同じ鍛冶師でもここは武具関係は取り扱っていない様だ。ふと目に付いた包丁を手に取ってみる。握り易く動かし易い。全体の重心が良く考えられている。これなら長く使っても疲れにくいだろう。刃の出来も見事なものだ。切れ味も良さそうだな。
「お客さん、それ気に入ったのかい。安くしとくよ」
顔を上げるとそこには店主と思しき女性が座っていた。タニアと同じぐらいか、少し上かも知れない。おそらくこの女性が造った鍛冶師本人だろう。
「素晴らしい出来ですね。あなたは武具は造らないのですか?」
「折角造ってもすぐに壊される様な物は作りたくないね。丹精込めて造った物は大事に使って欲しいじゃないか。他はどうか知らないけど私はこっちのが性に合ってる」
なるほど、そういう考えなのだな。寧ろ俺達が探していた鍛冶師はこういう人が理想的だ。この辺りの職人なのだろうか。
「なかなか良い腕をしておられますね。良かったらお店の場所を教えていただけませんか。是非ともお伺いしたいので」
こいつは優良物件だ。必要なら大金使ってでも連れて帰る価値は有る。
「いやぁ・・・まだ自分の店は構えてなくてね。こういう小物や雑貨の行商をしたり修理を請け負ったりして何とかやってるところさ」
少しバツが悪そうに答えてくれた。確かに身なりは余裕が有る感じではない。これはひょっとすると上手く行く流れか?
「そうでしたか。私はマリーナと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ノーマだ。気に入ったなら贔屓にしてくれると助かるよ」
手を差し出すとすぐに握手をしてくれた。これは好印象だな。簡単には離さんぞ。
「ところでノーマさん、急なお話で申し訳無いのですが私に雇われて下さい」
彼女は何を言われているのか理解していない顔だ。だが、俺の表情から冗談の類ではないと察したらしい。次の言葉は彼女が少し落ち着くのを待とう。
「私は鍛冶師を求めて王都に来たのです。貴方の様な方を探していました。是非とも私にお力を貸していただけませんか。お願い致します」
出来るだけ丁寧に、真摯に話しをする。他にこれほどの適任者が現れるとも思えない。
俺はじっと彼女の目を見て返事を待った。握った手からは逡巡が伝ってくる。暫くして、彼女が口を開いた。
「そこまで求められて応えられるか分からないけど、いいよ。真剣だってことは伝わってきたからね。私に出来る事であればやってみせるよ」
彼女は強く握り返してきた。力強い手だ。心強い仲間を得られたことに感謝しよう。
「えぇっと・・・マリーナさん、お取込み中のところ申し訳無いのですけど・・・」
ふと振り返るとカレンが困った顔をしてこちらを見ている。そういや買い物の途中だったな。蚊帳の外にしちゃって何だか申し訳ない感じだ。
「お部屋の寝具を増やした方がいいのよね?少し狭くなるけど・・・」
全部聞いてたってことですよね。はい、お手間掛けます。スイマセン。
「なるほどね、お嬢が見込んだなら私らには文句は無いさ。タニアだ。よろしく」
「私はメリッサ。ノーマさんて年上なのかしら。これからよろしくお願いします」
「ミランといいます。よろしくお願いします」
宿に戻って皆にノーマを紹介すると反応はあっさりしたものだった。当のノーマ本人が一番困惑していたぐらいだ。
「いや、お嬢のやることにいちいち驚いていたらキリが無いからさ」
「そうだよね、そんなのもうとっくの昔に気にしなくなったよ」
この二人の達観した感じは何と言えばいいのか。ミランの何とも言えない表情が困る。全身で『話しかけないでくれ』と訴えている。ここは敢えて触れずにおくべきだろう。
「ノーマさんはここで寝泊まりして下さい。あと数日の間、この部屋を使います」
寝台を1つ増やしてもらった代わりに椅子と机が無くなったが特に問題は無い。元々使ってもいなかったしな。
ノーマに俺達の来歴は概ね伝えてある。細部は追々タニア達から伝わるはずだ。
彼女の仕事道具は俺達の馬車に移してある。だいぶ驚いていたがあれに乗って帰るのだから慣れてもらうしかないな。
「では私はモレットさんと少し話をしてきます」
後は彼女達で上手くやってくれるだろう。こればかりは任せるしかない。
階下に降りるとモレットは厨房で忙しそうにしていた。彼の仕事が一段落するまで大人しくカウンター横で待つ。余裕が出来た頃合いを見て話しかける。
「急なお願いで大変申し訳有りませんでした。対応有難うございます」
「ああ、カレンから聞いてたからね。これも仕事の内さ。構わないよ」
何だ?モレットが近くに寄るように手招きしている。
「正直ここまでとは思ってなかったよ。期待してるぞ、嬢ちゃん」
そういうことか。確かに開店資金がどうのと言ってたっけ。
さて、彼が賭けたのはどっちだろう。それとも両方かな。どちらに賭けていたとしても当たれば100倍以上、勝負師ならここは狙うはずだ。
店内の賭け率表を再確認すると俺の優勝が現状で3倍。ブラックロータス、ベルモンドと同じでほぼ鉄板と言って良い状態だ。決勝進出に至ってはほぼ等倍と賭けにもならない。準決勝でベルモンドには消えてもらうがね。確かにそれなりに強いが俺と渡り合える程ではない。手加減の幅が少し変化するだけだろう。往生際が悪い様なら少しばかり痛い目に遭ってもらうことになる。
大会も残り二日。賭け金の引き取りまでは待つことになるが、サマリード領への帰還はもうすぐだ。念願の鍛冶技術も得られたし、早く戻って領地開発に専念したいところだな。




