魔王出現!?
翌日も僕らは歩き続けた。
ポメラニアンは相変わらず軽やかな足取りで、散歩を楽しんでいるかの様だ。僕は火魔石ランプで足下を照らしているけど、ポメラニアンは特に明かりもいらないみたい。
時たまここ掘れワンワンをする。え?魔剣?へー。凄いねー。僕は剣を振れないけどね!
剣は籠に放り込んだ。地上に出たら売ろう。
別層に向かう坂を見つけたのは、小休憩の後間も無くだった。
「あれ?上なんだ」
ここが元いた4層ではないだろうとは思っていたが、地下だったとは。魔窟の地下は危険度が高いと聞く。魔脈が近いからでは、と魔法を使う女戦士さんが云っていた。
じゃあ、上層は危険ではないのかというと、そんな事ない。8層は風の刃で攻撃してくる飛龍がいるらしいし。そんなのに遭遇して、よく逃げられたよね。
ポメラニアンは自信に満ちた足取りで坂を登っていく。道合ってるんだよね?信じるよ?
一つ上の階層は、岩のゴツゴツした洞窟の様だった。層が変わると景色もガラッと変わる事があると、戦士同士の会話を漏れ聞いてはいたが、この変化には驚いた。
「わん!」
呆けていたら、ポメラニアンが心配そうに鳴いた。
「……ああ、ごめん。ちょっとびっくりしたんだ。行こうか」
ポメラニアンが確かな足取りで先導する。……これ、ここから出たいという僕の願いも叶えてくれているのかな?凄いぞ、ポメ。
洞窟は迷路の様に曲がりくねり、二手・三手と道が別れていたが、ポメラニアンの足に迷いはなかった。魔物も出てはくるが、小さな蝙蝠が飛んでくる位で、何とか僕でも対応できている。ねずみ大のダンゴムシもどきとかいるけどね!気持ちワルッ!
急に開けた場所に出た。光ゴケがほんのり周囲を照らしてちょっと神秘的だ。
「あ、あれ薬草じゃないかな?採って行ったら売れる……あー、でも地上までは持たないかー」
岩にへばりつくように生えている草に見覚えがあった。小遣い稼ぎ位にはなる筈。でも、いつ地上に出られるか分からないからなー。自分かポメが怪我した時に使えるかな?そのままでも効力あるのかな?
「―――!?」
その時、ぞっと背中に悪寒が走った。
ポメラニアンが通路の奥に向かって唸っている。
僕は恐る恐るその通路を覗き見た。
大きい。何か大きい陰が動いている。
質量がある。地面が僅かに振動している。
近づいてくる。ゆっくりと。こちらに。
地響きに空気さえも震えた。
光ゴケがそれの輪郭を照らす。
「―――っ!!」
総毛立つ。
僕は声が出なかった。
息をするのさえも忘れた。
ゆらゆらと揺れる3つの首。小山の様な大きな身体。
「……さ、3頭龍?」
それは―――伝説でしか聞いた事のない魔物だった。
6つの目が僕とポメラニアンを捉える。縄張りを犯された怒りを表すように、その瞳は赤い。
龍が咆えた。音ですらない、それは音波の暴力だった。
動けない僕を、3頭龍はひたと睨みつけた。長い牙を見せつけるように赤い口を開ける。
ポメラニアンがそれに対抗するようにワンワン鳴いている。けれどそれは、大波の前の灯火に過ぎない。
僕は心底ポメラニアンを呼び出した事を後悔した。
家族が欲しいなんて望んだばかりに、孤独が嫌だとゴネたばかりに……。
僕はこの小さな生き物を、恐ろしい魔物に出会わせてしまったのだ。
口を開けた龍の首が僕らに伸びてくる。
僕はポメラニアンを咄嗟に胸に抱き寄せて、龍に背を向けた。
せめて恐ろしい魔物を見なくてすむように。
せめて少しでも痛みが和らぐように。
ごめんね、ポメ。こんな怖い思いをさせて。一緒に過ごせて、僕は楽しかった。
今度は僕ら、魔物なんていない世界で、温かい家族の元に産まれようね……。
生臭い息を感じた。僕はぎゅっと目を閉じた。
「わん!」
ポメラニアンがポンっと僕の腕から抜け出した。
「ポメッ!」
ポメラニアンが3頭龍に対峙している。
3頭龍の牙がポメラニアンに向かう。
「駄目だ!」
その時。
ポメラニアンが火を噴いた。
「わんわん!」
ポメラニアンが勝ち鬨を上げている。
僕の前では3頭龍が……こんがりと焼けていた。
「……え?」
何で3頭龍が丸焼きになってるの?
ポメ、君火を噴くの?犬なのに?
火魔法使うの?へぇ、凄いね……。
ポメラニアンが僕の前にちょこんと座って、褒めて褒めてと言わんばかり僕を見上げる。
「……あー、よしよし。偉いねー。凄いねー」
「わん!」
ポメラニアンが嬉しいそうに尻尾を振った。
……こえー。ポメこえー。龍と名のつく化け物を一撃だよ!
ありえない。ありえないからね?小型の地龍だって戦士が複数で倒すんだよ?
これ、伝説上でしか聞かない龍だから!吟遊詩人が、建国の英雄を讃える際の悪役だから!
大きな肉となった龍を僕は呆然と見上げた。
「わん!」
ポメラニアンはぴょんぴょんとその肉の周りを跳ね回ると、パッと齧り付いた。肉を引きちぎってハグハグする。
あー、食べるんだ。ポメラニアンが龍を食べるんだ。すげー。
ポメラニアンが僕を見て一鳴きする。僕にも食べろって?あー、そうね。ご相伴させてもらうね。
僕は小刀を出すと、肉を少し切り取った。口に運ぶ。
「―――っ!」
脳にガツンと衝撃がきた。
美味い!美味すぎる!
更に切り取って口の運ぶ。美味しさに脳内で花火があがるようだ。
スープに燻製肉を入れるくらいで、僕は殆ど肉を口にできなかった。そのせいも多分ある。まともな質と量の肉に、脳がフィーバーしている。
しばらく僕は夢中で肉を貪った。ポメラニアンは嬉しそうに、傍で肉を齧っている。
腹が膨れて食べるのをやめる。腹一杯なんて、いつぶりだろう?前世ぶり?しかし、全然肉は減った感じがない。
これどうしよう?勿体無いなー。けど持って行けないし。牙なんかも売れるんだけどなー。
できるだけ干物にする?時間かかるなぁ。早く地上には出たいし。
うんうん悩んでいると、ポメラニアンが齧りとった一塊の肉を持ってきた。
ん?どうしたの?今日の晩ご飯?……まぁ、これくらいなら持っていけるか。
僕はポメラニアンが持ってきた肉を籠に入れた。
ポメラニアンがまた一塊の肉を引きちぎって持ってくる。
え?入らないよ?いくらなんでも。それに、食べるまでに腐っちゃうでしょ?
僕が首を振っても、ポメラニアンは納得しなかった。籠の周りをうろうろして、わんわん鳴く。
しょうがないなぁ。入らない所を見せれば諦めるかな?よいしょ。……入ったよ。
「え?」
何で?どうして?はみ出しもしないよ?
ポメラニアンが次の肉塊を持ってきた。やっぱり籠に入る。
えー?どういう原理?この籠、マジックバックになっちゃったの?何で?
それからポメ、何でそんなにきれいに解体してるの?すっごいサクサク肉の山が肉のブロックになってるけど。牙も丁寧にとってくれてるし。
もう、なんか驚きすぎて、どういう感情になればいいのか分からなくなったよ……。
僕はポメラニアンが運んでくる龍だった物を、黙々と籠に詰めた。




